NHK土曜時代劇「桂ちづる診察日録」

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今年度の秋シーズンに放送されるNHK土曜時代劇の情報です。

番組のタイトルは「桂ちづる診察日録」(全14話)というもの―

物語の舞台は、文政8年(1825)の江戸・神田。

若き女医・桂ちづるは笑顔のよく似合う24歳。開業半年の新米だが、シーボルト直伝の蘭方医学、さらに大坂・中之島山崎の鼻辺りに在った華岡流大坂分校である合水堂ごうすいどうに学んで麻酔外科手術も習得している。また、江戸医学館(幕府が神田佐久間町に設けた漢方医学校)の教授方だった亡き父からもたっぷりと仕込まれており習熟している、といった感じ。その信条として、治療費はある時払いの催促なし、といった具合なので貧困にあえぐ弱者たちの味方でもある。

そんな彼女にある時、町奉行所からお呼びがかかり、牢屋敷の女囚たちの担当医になれとの事。

こうして、彼女は牢医師となり、罪を犯した女たちの半生にも関わるのだが…

というドラマ展開の模様ですね。ちづるが多くの仲間たちに支えられて日々成長していく姿を描いた、愛と涙の診療日誌が綴られるようです。

主な配役として、

  • 桂千鶴=市川由衣さん

  • 千鶴の異母兄で戯作者修業中の、陽太郎=高嶋政伸さん
  • 桂家の女中兼母親代わりで、医院の看護婦長も務める、お竹=キムラ緑子さん
  • 日本橋の呉服商「伊勢屋」の次女だが、千鶴の弟子として務めている、お道=松岡茉優さん

  • 牢屋敷(女牢)の牢名主、おたつ=戸田恵子さん

  • 牢屋同心、有田万之助=金子貴俊さん
  • 牢屋同心・鍵役、蜂谷古之進=陰山泰さん
  • お手先(岡っ引き)・猫目の甚八(通称“猫八”親分)=福田転球さん

  • 牢医師、川上太玄=中村太一さん
  • 牢医師、橘順庵=比留間由哲さん

  • 酔楽先生の飲み友達、旗本・下妻大和守直久=大谷亮介さん

  • 千鶴の亡き父・東湖=遠藤憲一さん
  • 父の親友で漢方医・酔楽先生=三宅裕司さん

  • 鶴屋南北(四代目、世に“大南北”と称される)=江原真二郎さん

が演じておられます。

原作は藤原緋沙子さんの『藍染あいぞめばかまさじちょう』シリーズで、各話タイトルはそれぞれ2話完結で、

  1. 牢医になる…第1巻『風光る』第2話「花蝋燭」がモチーフ
  2. 花ろうそく…同上
  3. 父の仇…第2巻『雁渡し』第4話「霧雨」がモチーフ
  4. 患者の身になる…同上
  5. 医者の務め…第2巻『雁渡し』第3話「月下恋」がモチーフ
  6. 月下恋…同上
  7. 酔楽の恋…第3巻『父子雲』第2話「残り香」がモチーフ
  8. 陽太郎の涙…同上
  9. おたつの罪
  10. もの言わぬ叫び
  11. ちづるの縁談
  12. 女の幸せ
  13. 恩人の死
  14. 父の夢(最終話)

となっています。

主題歌には馬場俊英さんの「私を必要としてくれる人がいます」が流れます。

― ◇ ◇ ◇ ―

このドラマはチョット期待度大!な感じです。牢医師というキーワードからは昔観た、藤沢周平氏原作で、中井貴一さん主演だったNHK水曜時代劇「立花登 青春手控え」(昭和57年=1982)を想い起こします。ただ、この時の立花登は長崎へ旅立つ、という流れだったから、桂ちづるはそれよりはシーボルト直伝の蘭方医学を駆使できるようですしね。

そういう設定を知っちゃうと、この時代に千鶴みたく女医さんは居なかったのかな?という疑問が生じちゃいました。鳴滝塾や合水堂において、女性の研修医ってホントに居たのか、居なかったのか調べる価値はありそうですね。(そーなると、塾生名簿とかが現存してると一番チェックしやすいけど…)

また、原作では法医学の知識を使って捕物的な要素もエキスとして入っているんですが、とりあえずは人情ものに脚本化されるのかな?どう演出されるか楽しみ!

  
  

水戸藩開藩400年映画「桜田門外ノ変」


水戸藩開藩400年を記念した映画「桜田門外ノ変」が制作されます。今年秋以降に全国公開予定だそうです。

原作である吉村昭氏の『桜田門外ノ変』にベースに、幕府の大老・井伊直弼襲撃の現場指揮者である主人公、関鉄之介の視点で桜田門外の変を描いた作品。

映画「桜田門外ノ変」 映画「桜田門外ノ変」

主な配役として、
  • 関鉄之介(水戸藩・北郡務方、桜田門外の変現場指揮者)→文久2年(1862)斬首
    =大沢たかおさん

  • 茅根ちのね伊予之介為宜(郡奉行奥右筆頭取小姓頭取)→安政6年(1859)安政の大獄で斬死
    =須賀貴匡さん
  • 野村常之介(水戸藩・北郡奉行、鉄之介の上司)
    =西村雅彦さん
  • 岡部三十郎忠吉(水戸藩・小普請役、桜田門外の変の際、検視見届役)→文久元年(1861)斬首
    =渡辺裕之さん

  • 高橋多一郎愛諸(水戸藩・奥右筆頭取)
    →安政7年(1860)自刃
    =生瀬勝久さん
  • 高橋荘左衛門諸恵(多一郎の息、弘道館諸生)
    →安政7年(1860)自刃
    =須賀健太さん
  • 金子孫二郎教孝(水戸藩・南郡奉行)
    →文久元年(1861)斬首
    =柄本明さん
  • 佐藤鉄三郎寛(水戸藩士)
    →国許より追放刑
    =渡部豪太さん
  • 桜岡源次衛門(常陸国久慈郡袋田村=現、大子町
    =大庄屋、鉄之介を匿う、のち天狗党に参加)=本田博太郎さん
  • 与一(袋田村大庄屋桜岡家の使用人)
    =温水洋一さん

  • 関ふさ(鉄之介の妻)
    =長谷川京子さん
  • 関誠一郎(鉄之介の息)
    =加藤清史郎さん
  • 滝本いの(関鉄之介の情人、元吉原谷本楼の妓滝本)
    →伝馬町牢で拷問により獄死
    =中村ゆりさん

  • 武田耕雲斎正生(水戸藩執政、のち天狗党首領)
    =榎本孝明さん

  • 稲田重蔵正辰(水戸藩・郡方、内元取締)
    →安政7年(1960)闘死
    =田中要次さん
  • 佐野竹之介光明(水戸藩・小姓組)
    →安政7年(1860)傷害死
    =颯太さん
  • 大関和七郎増美(水戸藩・大番組)
    →文久元年(1861)斬首
    =松本寛也さん
  • 有村次左衛門兼清(薩摩藩士)
    →安政7年(1960)自刃
    =坂東巳之助さん(10代目坂東三津五郎さんの長男)

  • 安藤龍介(水戸藩士、関鉄之介の捕吏指揮官)
    =北村有起哉さん
  • 坂口勇右衛門(薩摩藩の捕吏、金子孫二郎を捕縛)
    =沢井小次郎

  • 松平春嶽(越前福井藩主)
    =池内博之さん
  • 徳川慶恕よしくみ(のち慶勝)(尾張徳川家当主、尾張藩、のち尾張名古屋藩主)
    =川野太郎さん
  • 井伊直弼(幕府大老、近江彦根藩主)
    =伊武雅刀さん
  • 徳川斉昭(烈公、水戸徳川家当主、常陸水戸藩主)
    =北大路欣也さん

の皆さんが競演されます。

映画「獄に咲く花」―松陰先生と久子女史を描いた物語


幕末の思想家、松陰先生、吉田寅次郎矩方の没後150年を記念して制作された映画「ひとやに咲く花」がこの程完成しました。

米国への密航を試みるも失敗に終わった松陰先生が幽閉された萩の野山獄に投獄され、その獄中で出会った女囚・高須久子女史と心通い合わせた淡い恋物語を軸に、やがて安政の大獄によって刑死するまでを描いた作品となっています。

原作は下関市在住で直木賞作家の古川薫さんの小説『野山獄相聞抄―吉田松陰の恋―』。

主な配役として―

松陰先生を前田倫良さんが演じられます。前田さんといえば映画「長州ファイブ」で遠藤謹助を演じておられましたね。

また、高須久(劇中では久でいくらしい)女史には近衛はなさんが演じられるとか―

この近衛はなさん、俳優の目黒祐樹さんの長女との事。

って事は、お母さんは女優の江夏夕子さん。伯父さんは松方弘樹さん。お祖父さんは近衛十四郎さんって訳で、「近衛」の姓を受け継ぐんですね(笑)

ちなみに、目黒祐樹さんも野山獄司獄・福川犀之進役で配役されています。

映画「獄に咲く花」より1シーン

他の競演者の皆さんは、
  • 大深虎之允(松陰先生入獄時76歳)=下元年世さん
  • 吉村善作(松陰先生入獄時49歳)=神山繁さん
  • 弘中勝之進(松陰先生入獄時48歳)=勝村政信さん
  • 河野数馬(松陰先生入獄時44歳)=本田博太郎さん
  • 富永弥兵衛(松陰先生入獄時36歳)=池内万作さん
  • 孫助=大石昭弘さん
  • 源七=仁科貴さん

  • 松陰先生の母・瀧=赤座美代子さん
  • 松陰先生の兄・杉梅太郎=山﨑康一さん
  • 松陰先生の弟・杉敏三郎=江副悟史さん

  • 金子重之助=林憲太郎さん
  • 高杉晋作=南誉士広さん
  • 久坂義助=梅林亮太さん
  • 品川弥二郎=藤森周一郎さん

  • 長井雅楽=柴田善行さん
松陰先生の生誕180年に当たる来年春に公開される予定で、まず山口県内及び福岡県内で来年2月から先行上映され、4月以降に全国上映されるとの事。

― ◇ ◇ ◇ ―

松陰先生高須久子女史の野山獄でのエピソード、それに関連して野山獄での松陰先生が試みた“更生教育”もちょこっとでいいから描いてくれないかなぁ。勿論、富永有麟も登場願いたいし…(笑)

今回、どうしようか迷っています。映画「長州ファイブ」が上映された際は、居ても立っても居られずの心境で山口県内での先行上映を観に行ったのですが、今回はどないしよ?

― ◇ ◇ ◇ ―

※(参照)NHK大河ドラマ「花神」、新たに2話発掘される!
※(参照)NHK土曜ドラマ「遠雷と怒涛と」
※(参照)待ちに待った「風が燃えた」、33年ぶりの再放送!
※(参照)NHK大河ドラマ「花神」第19話「上海みやげ」
※(参照)その時歴史が動いた「奇兵隊~幕末に命を賭けた若き庶民たち~」
※(参照)映画「長州ファイブ」
※(参照)すべてはこの時から―昭和52年!

NHK土曜時代劇「咲くやこの花」

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来年度の1月から始まるNHK土曜時代劇の情報です。

番組のタイトルは「咲くやこの花」(全10話)というもの。

性格が地味で、目立たず生きる事こそが信条、というちょっと変わった娘・こい。

そんな彼女にも得意分野がある、それが“百人一首”でした。

ある日、そんな彼女に降ってわいたような出来事が巻き起こります。

こいの親が見栄をはってしまったがために、大江戸かるた大会に出場する破目になったのです。

しかし、あれよあれよと勝ち進むうちに優勝し、こいの存在は江戸町中の注目の的となります。

その評判がさらに広がり、江戸城内における大会に出場し、大奥代表と御前試合をする事になります。

また、仇討ちを志す浪人・由良と出会い、心を触れ合ううちに芽生えた恋心模様など―自分の変化に戸惑いながらも、前向きに、思い切り生きる事の大切さを知り、1人の女性として成長してく姿を描いた作品となっています。

主な配役は、
  • こい=成海璃子さん

  • 深堂由良=平岡祐太さん
    →由良は曽禰好忠が詠んだ「由良を/渡る舟人/梶を絶え/行方も知らぬ/恋の道かな」から来てるんでしょうね(笑)

  • こいの母、そめ=余貴美子さん…深川で漬物屋「ただみ屋」を営む。しのの父・信助とは幼馴染
    →「ただみ屋」って事は壬生忠見から来てるんでしょうね。そうだとすれば、「恋すてふ/我が名なはまだき/立ちにけり/人知れずこそ/思ひそめしか」って事ですかね、おそめさん!(笑)

  • 信助=佐野史郎さん…「ただみ屋」の隣に住み、うなぎ屋「金森屋」を営む。しのの父。こいの母・そめとは幼馴染だが、顔を合わせると喧嘩が絶えない
    →「かなもりや」は平兼盛から来てるんでしょうね。この兼盛は天徳4年(960)の「天徳内裏歌合」において壬生忠見と競い、勝利を呼び込みました。自分の立身出世をかけていた壬生忠見は、悲嘆にくれて絶食し、そのまま死んでしまったという故事をからめて、「ただみ屋」と「金森屋」は喧嘩が絶えない設定って訳ですね(笑)

  • しの=寺田有希さん…「金森屋」の一人娘
    →おしのちゃんは、平兼盛の「しのぶれど/色にいでにけり/わが恋は/物や思ふと/人のとふまで」から来てるのでしょう(笑)

  • 門田伯耆守稲葉=寺田農さん…芦川藩藩主で幕府若年寄。「大江戸かるた腕競べ」を企画する
    →門田の稲葉って事は、大納言経信(=源経信)が詠んだ「夕されば/門田の稲葉いなは/おとづれて/蘆のまろやに/秋風ぞ吹く」から来てますよね、ゼッタイ!(笑)

  • 百敷屋徳兵衛=大和田伸也さん…呉服屋「百敷屋ももしきや」の主人
  • 順軒(順之助)=内田滋さん…「百敷屋」の若旦那
    →「ももしきや」も順徳院が詠んだ「百敷や/古き軒端の/しのぶにも/なほ余りある/昔なりけり」から来たものでしょう(笑)しかも…徳兵衛さんの「徳」、順之助の「順」で順徳院を表してますもんね(笑)

  • こいの寺子屋(嵐雪堂)時代の先生、佐生さそうはな=松坂慶子さん
    →「さそう・はな」も「花さそふ」から来てると思うので、入道前太政大臣(=西園寺公経)が詠んだ「花さそふの庭の/ならで/ふりゆくものは/わが身なりけり」から来てるのが判ります。しかも「嵐」と「雪」→「嵐雪堂」ですもんね(笑)

  • 徳川家斉=寺泉憲さん
  • 語り・藤原定家=中村梅雀さん

脚本はNHK朝の連続テレビ小説「ちりとてちん」でお馴染みの藤本有紀さんだし、かなり期待できそうな感じ!

因みに、番組タイトルの「咲くやこの花」は、『古今和歌集』の序文に詠われた「難波津に/咲くやこの花/冬ごもり/今は春べと/咲くやこの花」から来ていて、7世紀頃の地層から発掘された、万葉かなで書かれた木簡にも「奈尓波ツ尓昨久矢己乃波奈」とある程で、最近では競技かるたの開始時に詠まれる「序歌」としても有名ですね。

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各話タイトルは、
  1. めぐりあひて
    →『源氏物語』を著した紫式部(越後守為時むすめ)が詠んだ「めぐりあひて/見みしやそれとも/わかぬ間まに/ 雲がくれにし/夜半の月つきかな」から来てますね!

  2. 君がため
    →光孝天皇が詠まれた「君がため/春の野のに出いでて/若菜つむ/我が衣手でに 雪は降ふりつつ」から来てるでしょう!

  3. 嘆きつつ
    →『蜻蛉日記』で有名な右大将道綱母(藤原道綱母)が詠んだ「嘆きつつ/独り寝る夜の/明くる間は/いかに久しき/物とかは知る」から来たものと…

  4. 嵐吹く
    →能因法師が詠んだ「嵐吹く/三室の山の/紅葉葉は/竜田の川の/錦なりけり」ですね…

  5. 来ぬ人を
    →勅撰集『新古今和歌集』や『新勅撰和歌集』の撰者であり、『明月記』を著した藤原北家御子左流、権中納言定家ていか(藤原定家さだいえ)が詠んだ「来ぬ人を/まつ帆の浦の/夕なぎに/やくや藻塩の/身もこがれつつ」ですね…

  6. 花さそふ
    →鎌倉時代の初期に幕府とのパイプ役(=関東申次)や太政大臣として朝廷に君臨し、絶大な権勢を誇った入道前太政大臣(=西園寺公経)が詠んだ「花さそふ/嵐の庭の/雪ならで/ふりゆくものは/わが身なりけり」ですね・・・お師匠さま(はな先生)がおこいちゃんの姿を見て何やら一念発起な予感!

  7. みをつくしても
    →平安時代の皇族で陽成院(上皇)の第一皇子(譲位、出家後の出生ですが…)である元良親王が詠んだ「わびぬれば/今はたおなじ/難波なる/みをつくしても/逢わむとぞ思ふ」から来てますね。この歌は、元良親王が寛平法皇(宇多法皇)の寵妃である藤原褒子(ふじわらのほうし)を想って詠んだものらしいです。因みに、寛平法皇(宇多法皇)は藤原褒子は六条京極に在った河原院に住まわせていたので京極御息所(みやすどころ)とか六条御息所と呼ばれていたそうです。六条御息所ってオイオイ!(笑)

  8. 恋ぞつもりて
    →陽成院(上皇)が詠まれた「筑波の/嶺より落つる/みなの川/恋ぞつもりて/淵となりぬる」から来てます。陽成院(上皇)は、清和天皇の第一皇子、母は藤原高子たかいこ。生後3か月で立太子、9歳で清和天皇から譲位され即位します。しかし、在位8年目に宮中で起こった殺人事件を理由に摂政・藤原基経によって“暴君”と噂されて退位を迫られ、病気という表面上の理由により退位します。

    陽成院(上皇)には、想いを寄せていた女性がおり、それが寛平法皇(宇多天皇)の妹宮、釣殿宮つりどののみや綏子やすこ内親王でした。その後、2人は陽成院(上皇)は譲位後に妃となるのです。

  9. 今日を限りの
    →平安時代の女流歌人で女房三十六歌仙に数えられる儀同三司母ぎどうさんしのはは(=高階貴子)が詠んだ「忘れじの/行く末までは/かた<ければ/今日を限りの/命ともがな」から来てます。

    高階貴子は中関白家・藤原道隆と結婚しますが、その長男として伊周が誕生します。道隆の死後、叔父の道長との抗争に敗れますが赦免され復権した際に准大臣(=大臣に准ずる待遇)を与えられたのを伊周が中国の後漢の時代、高級武官や皇帝の外戚に三司、すなわち三公(太尉・司徒・司空)と同等の待遇を与えた「儀、三司に同じくす」というエピソードを日本風に当て込み、自分も「三公(太政大臣・左大臣・右大臣)と同じ待遇」という意で「儀同三司」と自称したんですね。(公的には官途名の前大宰権帥(『日本紀略』)と呼ばれていたので、「儀同三司」はペンネームのようなもの…)その「儀同三司」の母なのでこのように呼ばれたようですね。・・・勝ち上がったおこいの相手は何と、おはな先生なんですが…

  10. 今は春辺と
    →最終回はやはり上述しました『古今和歌集』の序文であり、競技かるたの「序歌」である「難波津に/咲くやこの花/冬ごもり/今は春べと/咲くやこの花」から来ましたね。『古今和歌集』の歌全体のイメージってどちらかと言えば「希望」や「開拓精神」に満ちたものが多いのが特徴ですね。(これに対し、のちに編まれた『新古今和歌集』は古今への憧憬が多く、「あの頃は良かったなぁ」と詠嘆する様なイメージばかりなんですよね)そうすると、おこいちゃんにとっての“春”はどんな春が待っているのかな?

◇放送予定
・BSハイビジョンでは、 1月8日~ 毎週金曜 午後6時より
・総合・デジタル総合では、1月9日~ 毎週土曜 午後7時30分より

それぞれ放送スタートです!

― ◇ ◇ ◇ ―

この「咲やこの花」については、久々に観てもいいかな!と思える感じですね。これまで、「陽炎の辻」だったり、「オトコマエ!」だったりと男の時代劇ファンとすれば少々物足りなさを感じる作品(個人的にチャンバラものは大嫌い!なので…)が続いていましたので、ある意味新鮮な気持ちで観られるかな?)

それにしても、“百人一首”とは何と懐かしい!昔、学年別の大会で優勝した事があります。初めて買ってもらった“百人一首”がカセットテープ付きのヤツだったので、カセットを流しては、よく遊んだりもしましたし…。

高校の時の古文の授業(選択授業でした…)では、僕の配属されたクラスは端数(3クラ目の最後)で22名しかいなかったので、机を真ん中に集めて、周りを囲んで22名のみんなで“百人一首”をしたんですよ。楽しかったなぁー!(笑)

番組の公式サイトでの「作者のことば」の中で述べられた藤本有紀さんのことばにこんなのがありました。以下、引用です―

子どもの頃、お正月にはよく家族で百人一首かるたをしました。
家族それぞれになんとなく「好きな歌」があって、みんな、その札だけは取られまいとしていました。
スポーツでもなんでもそうだと思いますが、親となにかを競い合っていると、あるとき突然に、自分のほうが強くなっていることに気がつく瞬間があります。
わが家の百人一首でも、そのときが訪れました。
ある年のお正月、父のお気に入りの歌が読まれたのに、父はその札をいつまでも見つけられずに探しているのです。
私はとうの昔に見つけていましたが、身を乗り出して懸命に探している父を見ていると、先に手を出すことができませんでした。
やがて父が札を見つけて取りました。父はとても満足げで、私はどうしようもなく泣けてきました。
そのことを、どういういきさつだったか学校の国語の女の先生に話すと、先生は泣き出してしまいました。
その感受性に、私はひどく驚きました―

読み通してみて、私自身も泣けてきました。上記にもある様に私が初めて買ってもらった“百人一首”は実は母方の祖父に買ってもらったのですが、藤本有紀さんのお父さんと同じ状況が祖父にもあったのです。

実は、祖父は盛岡の寺の跡継ぎ(=長男)だったのですが、同郷の石川啄木に憧れて家を飛び出し、東京に出て来たという経歴があるのです。

東京に出た祖父は自然主義やプロレタリア文学に傾倒していて、身を起てようとしますが中々そう上手くは行かなかったようです。

祖母も東京の祖父の許に行くのですが、祖父の許には愛人さんが侍っていたのだとか…(昔語りでよく母や叔父、叔母などは「そういう所まで、真似んでもええのに!」って祖母が気苦労をした様子などを語っていました 笑)

折り悪く、関東大震災が発生し、祖父の夢は絶たれてしまうのですけどね…

私が小学校に入学した時、祖父は“百人一首”を買ってくれて、「じゃあ、皆でやろうよ!」って事で始めます。

やがて、祖父のお気に入りの歌が詠まれた際、同じ様に家族の皆がが祖父がその札を探し当てるまで待ちました。

そして見つけ出すと勿論、祖父は自慢げでしたし、周りのみんなもやんやの喝采でした。

その年の12月、祖父は亡くなりますが、でも私にとってはいつまでも大切な時間として記憶にとどめています。

そして何よりも“百人一首”を知ったおかげで、文学や歴史などを好きになった訳で、そんな世界に導いてくれた祖父の形見でもあり、大切な物でもあるんですよね…

ps.藤本有紀さんのことばで、話を聞いて泣かれたという国語の先生の感受性―私も共感できます。こうした感性はなくさずに持ち続けたいな!!

― ◇ ◇ ◇ ―


番組の主題歌になっている、初音さんが唄う♪また逢いたい♪というバラード調の曲、すごく親しみ易くて結構いい感じです!

映画「武士の家計簿」


平成22年(2010)公開の映画として「武士の家計簿」を製作するとの発表がありました。

原作となるのは、磯田道史氏著『武士の家計簿―「加賀藩御算用者」の幕末維新―』(新潮新書)。磯田氏が神田の古書店で偶然発見した『加賀藩猪山家文書 入払いりばらい帳・給禄証書・明治期書状他 天保~明治 一函十五万円』(『金沢藩士猪山家文書』)に残されていた詳細な「入払帳」、すなわち家計簿の記述を基に、贅沢とは無縁の生活を送る御算用者ごさんようもの(=会計処理の専門家)が、算盤そろばん1つで時代を生き抜いた生活ぶりを考察した作品です。

幕末・維新期を生き抜き、加賀前田家の下級武士で代々「御算用者」として藩の財政に携わってきた財政に携わってきた

猪山家の家計簿は、天保13年(1842)7月から明冶12年(1879)5月まで37年2か月間も書き続けられたもので、天保期の当主・綏之やすゆきから信之のぶゆき直之なおゆき成之しげゆきに至る4代の家計状況がつぶさに判ります。

製作発表では直之を主人公に充てて、

天保の大飢饉などで藩の財政状況が悪化の一途を辿る社会情勢を背景に、家財道具を処分しての倹約生活を余儀なくされながらも、 誠実に生きる夫と明るく献身的に家庭を切り盛りする妻の姿を軸に、一致団結して力強く生きていく様に焦点を当てる

といったストーリー展開をするような感じですね。

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主な配役として、

  • 猪山直之=堺雅人さん
    →加賀前田家御算用者、御蔵米勘定役を勤めた後、藩主・前田斉泰側近である御次執筆役に抜擢される
  • 直之の妻・お駒=仲間由紀恵さん
    →町同心・西永与三八の娘
  • 直之の子・直吉(のち成之)=伊藤祐輝くん→大八木凱斗くん
    →父・直之の生き方に反発し、軍務畑に進む
  • 直之の父、信之=中村雅俊さん
    →藩主・斉泰と徳川第11代将軍・家斉の娘・溶姫の婚礼の準備役を命ぜられた事=加賀藩邸に建てられた溶姫御殿の正門=現在の東京大学赤門の話=が常々の自慢

  • 直之の母、お常=松坂慶子さん
  • 信之の母、直之の祖母、おばば様=草笛光子さん
  • 成之の妻、お政(直之の姪=直之の姉の娘)=藤井美菜さん

  • 他に、
  • お駒の実父、西永与三八=西村雅彦さん
    →町同心で直之の剣術の師
  • 加賀前田家の重役、奥村丹後守栄実=宮川一朗太さん
    →加賀八家の1つ、奥村家第10代当主
  • 加賀前田家の役人、安部忠継=小木茂光さん
  • 加賀前田家の奉行、重永=茂山千五郎さん
  • 第12代藩主、前田斉泰=山中崇さん
  • 最後の(第13代)藩主前田慶寧=井手浩一朗さん
  • 猪山家が借財する商人、新保屋清次郎=谷口高史さん

  • 大村益次郎=嶋田久作さん(新政府軍の軍務指令官、成之を新政府軍の会計方に迎える)
が演じられます。

この「武士の家計簿」、まずは石川県内の映画館で11月27日から先行上映され、全国公開は12月4日からとの事。

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― ◇ ◇ ◇ ―

武士の世界では算術などは商人がやるものとして勘定方や会計方の役勤めをする者に対し「算勘しわき者」といった侮蔑の表現をするなどして軽視していました。

しかし加賀前田家では、数学や算術を大いに奨励していた風潮があった様です。

そうした加賀前田家の「御算用者」として務めていた猪山家は享保年間(1716~1736)に陪臣の身分から直参に出世します。以来5代にわたって幕末・維新期を経て廃藩置県で加賀前田家が消滅するまでその地位を、世襲ではなく能力によって維持したのです。

因みに信之は文政10年(1827)、徳川幕府第11代将軍・家斉の娘・溶姫やすひめが前田家当主・斉泰に輿入れした際の「婚礼方御用」(=婚礼の進行役)を務めています。

その子・直之は殿さまの御次執筆役(=秘書)を勤め、さらに直之の子である成之は江戸藩邸において「御主殿様御用人衆執筆加役人」(=奥向きの御用秘書)を務めているんですね。

幕末・維新期の動乱時、新政府方についた加賀前田家に対し、「徴士」が召集されます。

「徴士」とは、新政府が慶応4年(1868)1月から明治2年(1869))6月までに「諸藩ノ士及都雛有才ノ者公儀ニ執リ抜擢セラル則徴士ト命ズ」という形で、諸藩や一般庶民から有能な人材を召集して国政をあたらせた者をさします。

成之は藩命で、慶応4年(1868)7月、その「徴士」として新政府に出仕したところ、その能力を新政府の軍務官であった大村益次郎に認められ、会計方に推薦されます。

ちょうど、大村益次郎の愛弟子で大村暗殺未遂事件の際に大村の身代わりとなって殺害された安達幸之助が同じ加賀前田家出身だった事もあって、その才を聞いていた様ですね。

大村の下で、成之は戊辰戦争の期間中、新政府軍の後ろの備え=兵站を実質的に差配します。

大村の死後、成之は「海軍掛」となります。

同じ頃、直之ら猪山家も東京に上京し、前田家の家宰として「御家令席主簿」、つまり会計方の最高責任者となっています。

明治7年(1874)の時点で、成之は海軍省出納課長として年俸1235円(現在の3600万円相当)をもらっています。

代々、猪山家は「切米40俵」に過ぎなかったのが、家柄ではなくその能力で立身出世を成し遂げた結果でした。

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なお、成之は自分を推薦してくれた大村の恩顧に報いようと、自身が発起人となって完成をみたのが、靖国神社に建つ大村益次郎像なんですよね。

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※(参照)仕事は経理、小遣い6000円 東京で加賀藩士の家計簿見つかる 下級武士の暮らし伝え 磯田慶大非常勤講師が分析 2代37年、克明に記録(北國新聞2003-04-03)→
※(参考)「知るを楽しむ」 拝見・武士の家計簿→