長浜城歴史博物館(滋賀県長浜市公園町)と長浜市曳山博物館(滋賀県長浜市元浜町)が合同で調査を行ったところ、江北(北近江)を支配した戦国大名・浅井家の第2代当主・久政が家臣に宛てた書状が約100年ぶりに再発見されたと発表されました。
小谷山城は、近江国東浅井郡湖北町伊部(現、滋賀県長浜市湖北町伊部)に築かれた浅井家3代(亮政・久政・長政)にわたる居城です。
浅井氏は、小谷山(伊部山)西麓の丁野(近江国浅井郡丁野郷=現、長浜市小谷丁野町)を本拠とした国人領主で、近江国守護・京極氏の被官(「根本当方被官」『江北記』)でした。
大永5年(1525)5月、京極氏の家督争い(京極騒乱)に端を発した内部抗争に乗じた亮政が国人一揆の盟主として勢力を伸ばそうとした際に南近江・半国守護の六角定頼が江北(北近江)に侵攻します。
その際には小谷山(伊部山)の最高峰に位置する大嶽城(のち大嶽丸)に築かれていたようです。
小谷山城の築城年代は『 浅井三代記』によると、
小谷山に普請可然と相談一圖に決定して九月二十八日より領分の人數を出し小谷山に普請を初められけり…(中略)…十日計の間にはや惣構堀土手出來すれは…(中略)…十月二十日迄に大形城のかたち出來候、(『浅井三代記』4、亮政淺井郡小谷山に城を取建上坂の城今濱の城破却の事)
と、永正13年(1516)9月28日に着工、10月20日に完成したとの記載が見られますが、『 浅井三代記』の記述には疑問点も多く、前述の六角定頼による江北(北近江)侵攻の際、亮政が大嶽城に籠城していた点から、大永3年(1523)~大永5年(1525)の期間には築かれていたと思われます。
同(大永)五年、定頼公浅井城大津見江発向、九月浅井亮政没落、(『長享年後畿内兵乱記』)
による記述から、亮政によって構築された初期の小谷山城であることが知られています。
─ ◇ ◇ ◇ ─明日備前守衆引付て、我等人數悉申付候間、今夕至二于大谷一、御自身人數悉被二召連一、可レ有二御越一候。明曉寅刻、長政可二罷出一之由候間、聊不レ可レ有二御油斷一候。恐々謹言。
五月七日
下野守
久政(花押)(『東浅井郡志』巻4、金光寺文書、〔元亀四年〕浅井久政催促状)
この書状は、浅井家などについて触れた古文書の1通として、昭和2年(1927)に刊行された、滋賀県東浅井郡(現、長浜市の一部)の歴史や地理を記録・編纂した『東浅井郡志』に「金光寺文書」の所蔵として掲載されていましたが、その後所在が不明となっていたところ、令和7年(2025)9月、調査依頼を受けた長浜市内の商家の所蔵品から再発見されたのです。実に、約100年ぶりの発見となりました。
今回、再発見された久政から家臣に宛てて送られたとされる書状には、織田信長の襲来に備えて、小谷山城を囲む石垣の増強工事について、「石引き」(石垣用の石を運ぶ作業)を行う際、家臣たちに協力を命じた内容が含まれており、当時の緊迫した状況を裏付ける貴重な史料として注目を集めています。
書状は、縦13・1㎝、横36・5㎝。冒頭には「明日備前守石引付て」という文言、「五月七日」という日付と久政の花押がありました。
書状の作成時期については不明ですが、久政から家督を相続した後に長政が名乗った「備前守」や、差出人である久政が永禄3年(1560)10月頃、長政に当主を譲った後に名乗っていた「下野守久政」の記載があることから永禄4年(1561)から小谷城落城に伴って自刃した天正元年(1573)の間に出されたものと推定されます。
また今回の再発見で『東浅井郡志』では「衆引」と読まれていた書状の1行目最下段の文字が「石引」と判明し、再発見後の調査で石垣に関する書状だったことが判明したそうです。
小谷山城の増築に関する古文書はこれまで確認されておらず、城が徐々に増強されていく過程を実証できる史料とみなしています。
長政が元亀元年(1570)4月に織田信長から離反して以降、信長の小谷山城攻めに備えた可能性、あるいは信長が同年6月に小谷山城を一時包囲したが堅固で退却した際に再びの織田信長軍の来襲に備えて居城の石垣を増強した可能性、姉川の戦い後に織田信長軍の来襲に備えて居城の石垣を増強した可能性、などが推測できるそうです。
戦国時代の石垣に関する文書はほとんど残されておらず、小谷山城が総石垣(ほぼ全域が石垣で覆われた構造)の城であった可能性が高いことが最近の研究でも判明されているので、小谷山城が「総石垣」であったことが裏付けられる大きな発見といいます。
この書状から小谷山城での石垣構築の様子が具体的に記載されているので、それが文献によっても裏付けられる極めて重要な発見といえそうですね。
─ ◇ ◇ ◇ ─今回発見された書状は、4月24日(金)から5月11日(月)まで小谷城戦国歴史資料館(小谷郡上町)で催されるテーマ展「浅井長政と小谷城」の中で一般公開される予定です。詳細は長浜城歴史博物館まで。