(トピックス)九鬼家が拠点とした「綾部陣屋」を冊子にて紹介:綾部市観光協会

江戸時代の幕藩体制期に綾部藩を治めた九鬼くき家が拠点とした「綾部陣屋」を紹介した冊子を綾部市観光協会(京都府綾部市)が2千部ほど作成されました。


令和7年(2025)10月に初めて開催された「九鬼氏ゆかりのまちサミット in 綾部」を契機に企画されただそうです。


このサミットでは、綾部藩九鬼氏の末裔で現在は熊野本宮大社くまのほんぐうたいしゃ(現、和歌山県田辺市本宮町本宮)の宮司を務める九鬼家隆さんのほか、九鬼氏ゆかりのまちである鳥羽市(現、三重県鳥羽市)や三田さんだ市(現、兵庫県三田市)の関係者などが招かれ、九鬼家菩提寺の隆興寺(綾部市神宮寺町)や正暦寺(同市寺町)など市内の九鬼氏ゆかりの地を巡ったそうです。


綾部藩九鬼氏の歴史資源を活用し、ゆかりのまち相互の交流等を進めることにより、綾部市の魅力を発信する事と観光振興などにつなげることが目的だったようです。


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綾部藩は丹波国何鹿いかるが郡のうち8か村・天田あまた郡のうち19か村、両郡27か村を幕府より拝領して立藩した藩で、藩庁には陣屋(綾部陣屋)が置かれました。


藩を治めたのが、志摩国答志とうし郡鳥羽城(現、三重県鳥羽市鳥羽)から綾部藩に転封し、幕末まで治めた九鬼家──


大名家としての九鬼家は嘉隆よしたか守隆もりたかと続いたが、守隆の三男・隆季たかすえを支持する一派と五男・久隆ひさたかを支持する一派との間に御家騒動おいえそうどう(九鬼騒動)が起こり、徳川幕府の裁定によって鳥羽を追われ、隆季は丹波綾部に、久隆は摂津三田にに転封されます。この結果、綾部・鳥羽・三田の3市は、九鬼を介しての貴重なつながりができる訳ですね。


なかでも、綾部藩は寛永10年(1633)3月5日に立藩。翌11年(1634)11月4日に綾部に入部した初代綾部藩主・隆季が綾部庄下市場しもいちば・堀の内付近(現、綾部市川糸町堀ノ内)に居館(前期綾部陣屋)を構えますが、その後、大火災に遭って焼失したため、慶安4年(1651)、南方の本宮山の西麓にあたる上野(現、同市上野町)の台地に新たな陣屋(後期綾部陣屋)を築き、その後、版籍奉還や廃藩置県を経て綾部藩が消滅するまでこの地を城地としたのです。


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冊子「綾部陣屋」はオールカラーのA4判で4ページ。戦国武将の織田信長や豊臣秀吉に仕えた九鬼家の歴史や陣屋の変遷、九鬼家ゆかりの地などが紹介されています。


綾部市役所やあやべ観光案内所(綾部駅南口を出てすぐ)などのほか、九鬼家とゆかりが深い三重県鳥羽市と兵庫県三田市でも無料配布されています。


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