(トピックス)明智光秀、438年の時を経て出生地・明智荘に帰参を果たす‼

明智光秀のブロンズ立像

岐阜県可児かに市所縁の戦国武将・明智光秀のブロンズ像が完成し、光秀の命日にあたる13日、明智長山城・本丸跡(同市羽生ヶ丘)で除幕式がで行われました。


NHK大河ドラマ「麒麟がくる」が放送され、明智光秀の出生地と伝わっている「明智荘あけちのしょう」(現在の可児市北東部から可児郡御嵩町みたけちょう西部にかけて存在した荘園)などが注目を集める中で地元が誇る智将を次世代に伝えようと可児市が建立を計画。事業費は約3100万円で個人や法人からの寄付、ふるさと応援寄付金も活用されました。


光秀のブロンズ像は、像の高さが2・3mで高さ2mの台座の上に乗り、40歳ぐらいで甲冑に陣羽織を纏い、左手には火縄銃を携えて明智荘を見渡している立像姿になっています。


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「麒麟が来る」明智光秀

光秀の出自については諸説ありますが、通説では土岐氏の流れをくむ「土岐明智氏」の一族であるとされています。


土岐とき氏は美濃国土岐郡を本拠地とした氏族ですが康永元年(1342) に土岐氏庶流の土岐十郎頼兼が可児郡明智荘に明智長山城(同市瀬田長山)を築いて居城とし、以降「明智」の名字を名乗るようになったとされています。


同時代に禁裏御蔵職みくらしきであり、金融業を営んだ立入宗継の日記には、光秀「美濃国住人とき(土岐)の随分衆也 明智十兵衛尉」(『立入左京亮入道隆左記』天正7年〔1579〕6月10日条)と記載しています。


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今回のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」の放送が起爆剤となって、新たな発見が見つかるといいな!


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