ここ数日、肌寒い日々が続き、雪も吹雪いていますね。
ところで、雪の結晶を観た事がありますか?
江戸時代後期の天保の頃、雪の結晶を研究・観察した人物がいます。
下総国古河城主だった土井
土井
そんな彼のもう1つの功績として、自身が20年という歳月をかけて、丹念に観察してスケッチし続け、天保3年(1832)日本で最初の雪の結晶(→利位は雪の結晶を「
では、どのような方法で観察をしたのでしょう?
『雪華図説』によると、
- 雪が降りそうな夜に黒地の布を屋外に置いて冷却する。
- 降り落ちる雪をその布で受ける。
- 形を崩さないように注意し、手の温もりで雪が溶けない様ピンセットで採取して黒漆器に入れる。
- 吐息がかからない様注意しながら、「蘭鏡」(※1)で観察する。
といった感じで観察を試みた結果、183種にわたる「雪華」(『雪華図説』86種、『続雪華図説』97種)を図案化したのです。
※1 利位は観察に用いた顕微鏡の事を「蘭鏡」と記述しています。利位が使ったであろう顕微鏡は恐らく、天明元年(1781)に外国製顕微鏡を参考にして大坂で作られたカルペパー(Culpeper)型顕微鏡ではないかと云われています。
こうした利位の雪の結晶への探究心は何がきっかけだったのでしょう?
考えられる動機として以下の2つが挙げられます―
先ず、利位がこうした学究肌の人物だった事ではないでしょうか。そんな彼が興味を持ったきっかけではないかと思われるオランダの書物があります。
オランダの教育者ヨハネス・フロウレンチウス・マルチネット(Johannes Florentius Martinet)(※2)が著した『Katechismus der Natuur』(『格致問答』、1778年)という児童向けの教科書です。
実際、利位はこの書物に記載された雪に関する記述や雪の結晶のスケッチを『雪華図説』の参考文献或いは引用資料として取り扱っています。
※2 『雪華図説』の跋文に「西洋人瑪兒低涅多」と紹介されている。
また、当時の古河土井家家老だった鷹見泉石忠常の果たした役割が大きいと思われます。
泉石は蘭学者としても知られた人物で、語学・地理・歴史・兵学・天文・暦数などに精通し、利位の懐刀として“土井の鷹見か、鷹見の土井か”と称されるほどの逸材でした。
実のところ、『雪華図説』は、初めから刊行する予定ではありませんでした。
という事は、泉石が利位が成した20年に及ぶ実証研究の成果を刊行する必要性を利位に説いたのではないでしょうか。
こうした利位と泉石という雪の結晶に魅せられた2人の集大成が『雪華図説』によって結実したのです。
こうして刊行された『雪華図説』は学問としての発展だけでなく、実は文化にも大きな影響をもたらします。
現在、古河の街を散策すると、所々で雪の結晶をモチーフにしたデザインが見受けられます。
商店街の街灯、歩道ブロック、銀行のシャッターetc…
『雪華図説』や続編である『続雪華図説』は私家版であったので出版部数は限りがあり、書物としての普及はそんなにありませんでした。
後年の天保8年(1837)に越後魚沼郡塩沢で縮仲買商・質屋を営む鈴木牧之が著し、ベストセラーとなった『北越
人々は利位に対して親しみをこめて“雪の殿様”と呼び、雪の結晶をモチーフにしたデザイン文様の事を「雪華模様」とか、利位の官途名である大炊頭から「
毎年この時期から、古河歴史博物館の企画展として、「雪の殿さま・土井利位」展が催されますので、興味ある方は行ってみて下さい。
※(参考文献)小林禎作『雪華図説考』『雪華図説新考』(築地書館)

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