NHK大河ドラマ「おんな太閤記」完全版DVD−BOX


NHK大河ドラマ「おんな太閤記」

昭和56年(1981)1月11日から12月20日まで全50話で放送された作品。橋田壽賀子さんの記念すべき大河ドラマ脚本第1作目で、豊臣秀吉を支えた良妻・ねねの生涯を中心に、戦国の世と豊臣家の栄枯盛衰を女性の視線で描いたドラマでしたね。

第1話「出会い」から第27回「東西和睦」までが収録されています。10月25日発売予定。

主な出演者には、

杉原ねね→浅野ねね→豊臣吉子:北政所→高台院(佐久間良子さん)
木下藤吉郎→羽柴=豊臣=秀吉(西田敏行さん)
小一郎→羽柴=豊臣=秀長(中村雅俊さん)
なか→大政所(赤木春恵さん)
とも→日秀尼(長山藍子さん)
きい→旭姫(泉ピン子さん)
浅野やや(浅茅陽子さん)
京極竜子→三の丸殿(松原智恵子さん)
浅井茶々→二の丸殿・淀殿(池上季実子さん)
浅野弥兵衛(長政)(尾藤イサオさん)
蜂須賀小六(前田吟さん)
織田信長(藤岡弘さん)
お市→小谷の方(夏目雅子さん)
浅井長政(風間杜夫さん)
前田犬千代(利家)(滝田栄さん)
まつ→芳春院(音無美紀子さん)
徳川家康(フランキー堺さん)

などの顔ぶれでしたね!

この作品では、何と言っても、西田的秀吉が佐久間的ねねに呼びかける際の「おかか!」という呼び方でしょうか。まぁ、「まん(北政所の「まん」)かか様」からきてる!のは目に見えてましたが!(笑)

もう1つ、この作品での考証は桑田忠親氏でしたが、桑田先生はどちらかと言えば親淀殿タイプだったらしく、佐久間的ねねを好印象にする上で池上的淀殿を悪く描く作風をかなり嫌がってらしたのだとか―


 

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「ちいさこべ〜若棟梁と九人の子〜」

9月7日(木)から始まるNHK木曜時代劇「ちいさこべ〜若棟梁と九人の子〜」(全5回)のキャスティング情報です。

原作は山本周五郎氏の『ちいさこべ』。

物語は、江戸の大火で両親他全てを失った大工の若棟梁・茂次(小澤征悦さん)は、火事で丸焼けとなった大留だいとめの店を建て直そうと四苦八苦。何とか人を頼りにしないで大工の店をきりもりしていこうとするが…

火事で母親を亡くし、天涯孤独となった幼馴染みのおりつ(上原多香子さん)を下働きで雇い、同じく火事で孤児となった子供たちを預かり共に世話をする。許嫁のおゆう(奥菜恵さん)は、自分には入り込めない茂次とおりつの関係に胸を痛める
というもの。

主な登場人物として、

 茂次…「大留」の大工の若棟梁=小澤征悦さん
 おりつ…「大留」の手伝い。茂次の幼馴染み=上原多香子さん
 おゆう…質両替商「福田屋」の娘。茂次の許嫁=奥菜恵さん

山本周五郎氏の作品だし、『柳橋物語』(若村麻由美さん主演で「柳橋慕情」としてドラマ化)や『かあちゃん』(TV版では市原悦子さんが、映画版では岸恵子さんが演じられましたね)っぽい雰囲気もでていそうなので、味のある作品に間違いなさそうだから、楽しめそう!

番組の公式サイトはこちら


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NHK大河ドラマ「篤姫」

平成20年(2008)のNHK大河ドラマの発表があり、篤姫あつひめと決まりました。

…となってくると、原作はモチロンあれでしょう!

すなわち、宮尾登美子さんの『天璋院篤姫』ですね。

幕末期徳川幕府第13代将軍・徳川家定に嫁いで、1年7か月後には23歳で未亡人となりながら、その後は大奥徳川家の救済に尽くした生涯が、激しい心理葛藤のうちにも活き活きと描かれている作品です。

― ◇ ◇ ◇ ―

ちょこっと、データファイル!

【天璋院篤姫】

江戸時代末期、徳川幕府第13代将軍(江戸殿)、徳川家定の第3番目の正室

実父=島津忠剛
養父=島津斉彬
養父=近衛忠煕

幼名は「おいち様」『仙波市左衛門日記』嘉永6年3月29日条)(※1)、「お市」『島津安芸家大凡』)(※2)、「於市様」『典姫様日記 寶印御方』嘉永6年4月5日条)(※3)などから「おいち」で呼ばれていたようです。

※1 仙波市左衛門は島津家の広敷(大奥)役人であるが、 彼の記した日記(=『仙波市左衛門日記』)の嘉永6年(1853)3月29日条に、江戸表から同月12日付の至急の飛脚が鹿児島に届き、「篤姫様」「御前様」の養女とするという記事があるのだが、その中で篤姫の事を「右ハ今和泉御嫡女様ニ而、おいち様と申」すと書き留めている。

※2 島津斉彬側用人だった竪山利武の公用控(日記)である『竪山利武公用控』の安政2年(1855)条の末尾に記された『島津安芸家大凡』の中で篤姫の実家である今和泉島津家の歴代当主が列挙されているのですが、現当主で篤姫の実父にあたる忠剛の項に「嫡女 お市 寅十九歳、母同断」と書かれている。

※3 尚古集成館(鹿児島県鹿児島市)所蔵の『典姫様日記 寶印御方』の嘉永6年(1853)4月5日条に「今和泉於市様事、今日篤姫様と被仰出候」と書かれており、篤姫と名乗る前の幼名が「於市」と書き留められている。


嘉永4年(1851)、老中阿部正弘の発案により、島津家に対し、徳川家との婚礼の意向が伝わります。

徳川家定には、既に天親院鷹司任子(有君)澄心院一条秀子(寿明姫)という2人の正室がいました。しかし、有君は26歳の時疱瘡で死去、寿明姫は婚儀の半年後に病没しちゃいます。このため、家定は公家出身の正室を持つ事を忌み嫌っていました。

そうした状況で、幕閣の者たちは島津重豪の娘・茂姫が第11代将軍・徳川家斉の正室となり、家斉が半世紀にわたって君臨し繁栄したことを振り返り、“公家の娘よりも武家の―有り体に言えば―島津家から嫁を貰えば徳川家も再興するかもしれないという願望の声が出ていました。

それで、幕府側から島津家へ懇願したというのが史実であり、とくに篤姫を!というのではありませんでした。

ともあれ、島津家の側もそうした意に添うように候補が選りすぐられ、

嘉永6年(1853)、18歳の時、島津斉彬の養女になり、名を篤姫あつひめと改まります。

嘉永7年(1854)2月、19歳の時、徳川家定との正室な婚姻が正式に決定します。

同年7月、近衛忠煕の養女となり、名を敬子すみこと改まります。

安政3年(1856)11月、江戸城に入り、12月、家定と婚姻を結びます。

安政5年(1858)7月6日、徳川家定が脚気により35歳で死去。篤姫は23歳で剃髪し、「天璋院」と号す。→家定と過ごした期間は僅か1年7か月でした。

慶応4年(1868)4月、徳川家の危機に当たっては侍女を大総督府に遣わして徳川家の存続と第15代将軍・徳川慶喜の救命を嘆願するなど、平穏無事に江戸城明け渡しを進めます。

維新後は徳川家を継いだ田安家達いえさとの養育と成長に専念します―

― ◇ ◇ ◇ ―

天璋院篤姫を主人公に扱ったドラマとしてはテレビ朝日系列で放送された「天璋院篤姫」(昭和60年=1985)がありましたね。主に和宮との確執を中心とした脚本でしたが…

天璋院篤姫(佐久間良子さん)・和宮かずのみや親子ちかこ内親王(秋吉久美子さん)・滝山(草笛光子さん)・島津斉彬(田村高広さん)・徳川家定(中村嘉葎雄さん)・徳川家茂(国広富之さん)・徳川慶喜(江守徹さん)…といった顔ぶれでした。

記憶に新しいところでは、大河ドラマ「翔ぶが如く」(平成2年=1990)ですね。富司純子さんが好演されておられましたね。

同じく大河ドラマ「徳川慶喜」(平成10年=1998)では深津絵理さんが演じておられましたが、印象はチョット薄かったかな…

放映回数は全49話。ドラマの配役などについては、来年春までに決定され、夏頃から撮影が始まるようです。

篤姫の役どころとしては、14〜49歳までを1人の女優が演じ切るとの事。

また、舞台設定としては、西郷隆盛勝海舟坂本龍馬も登場するようですが、今回は小松帯刀がよりクローズアップされそう―

小松帯刀「翔ぶが如く」以来ですね。大橋吾郎さんが演じておられましたが、第1部の江戸城明け渡しの時期から、第2部の始まりの廃藩置県の直前という、ほんの約1年の空白の間に亡くなっていたので、あまりピックアップされなかった感じの人物です。

さらに、ドラマの後半部分には和宮様も登場するでしょうから、そうなると『和宮様御留』も構成要素の中に含まれるかな?ちょっくら、期待!

◇主な配役は以下の通り―

  • 篤姫あつひめ(のち天璋院)=宮崎あおいさん


  • 肝付きもつき尚五郎(のち小松帯刀)=瑛太さん

  • 西郷吉之助(隆盛)=小澤征悦さん

  • 大久保正助(利通)=原田泰造さん

  • 大久保利世(利通の父)=大和田伸也さん

  • 大久保フク(利通の母)=真野響子さん


  • 島津忠たけ(篤姫の実父。島津家御一門、今和泉いまいずみ島津家の当主)=長塚京三さん

  • ゆき(篤姫の生母)=樋口可南子さん

  • 島津忠たか(篤姫の兄)=岡田義徳さん


  • 菊本(今泉島津家奥女中、篤姫のの乳母)=佐々木すみ江さん


  • 小松清猷きよみち=沢村一樹さん

  • ちか(小松清猷の妹。尚五郎を婿に迎えて結婚)=ともさかりえさん

  • 祗園の芸妓・琴花(お琴)(小松帯刀の妾)=原田夏希さん


  • 肝付兼善かねよし(尚五郎の実父。肝付家当主)=榎木孝明さん
  • →トリビア的な余談を1つ!「ドラえもん」の骨川スネ夫役や「銀河鉄道999」の車掌役などの声優をされていた肝付兼太かねたさん(本名=肝付兼正かねまささん)はこの肝付氏の末裔であったりしますよ。
  • 有馬新七=的場浩司さん


  • 島津斉彬=高橋英樹さん
  • →おぉー兄貴に昇格ですね(笑)…「翔ぶが如く」では久光でしたもんね!)
  • 島津久光(忠ゆき)=山口祐一郎さん
  • →山口さんと言えば、「葵・徳川三代」での島津豊久役が印象深いところです
  • 島津斉興=長門裕之さん

  • お由羅(島津斉興の側室、忠教(久光)の実母)=涼風真世さん
  • 「お由羅騒動」の元凶のこの女、そーいえば「風の隼人」では南田洋子さんがお由羅を演じてましたっけ…ね!
  • 調所笑左衛門(広郷)(島津家の家老)=平幹二朗さん
  • →何とも味わい深い笑左衛門になりそう…(笑)
  • 竪山武兵衛(斉彬の側近)=山本竜二さん


  • ひさ姫(斉彬の正室)=余貴美子さん


  • 小の島(江戸薩摩屋敷老女)=佐藤藍子さん

  • 広川(島津家、篤姫付き)=板谷由夏さん


  • 幾島(篤姫付き、教育係)=松坂慶子さん


  • 瀧山(大奥御年寄)=稲森いずみさん

  • 重野(御年寄、天璋院付き)=中嶋朋子さん

  • 唐橋(御年寄、篤姫付き)=高橋由美子さん


  • お美津の方(のち本寿院、家定の生母)=高畑淳子さん

  • 歌橋(上臈御年寄、家定の乳母、本寿院に近侍)=岩井友見さん


  • お志賀(のち豊倹院、家定の側室、御中臈)=鶴田真由さん


  • 和宮かずのみや親子ちかこ内親王(のち静寛院宮、孝明天皇の妹。徳川家茂の正室)=堀北真希さん

  • 橋本経子(のち観行院、和宮の生母)=若村麻由美さん

  • 庭田嗣子(和宮付きの典侍)=中村メイコさん

  • 村岡局(近衛家老女)=星由里子さん


  • 徳川家慶=斉木しげるさん

  • 徳川家祥いえさち(のち家定、篤姫の夫)=堺雅人さん

  • 徳川慶福よしとみ(のち家茂)=松田翔太さん


  • 阿部正弘=草刈正雄さん

  • 井伊直弼=中村梅雀さん

  • 堀田正睦=辰巳琢郎さん

  • 安藤信正=白井晃さん


  • 徳川(一橋)慶喜=平岳大さん

  • 徳川斉昭=江守徹さん

  • 松平慶永(春嶽)=矢島健一さん


  • 勝海舟=北大路欣也さん

  • ジョン万次郎=勝地涼さん

  • 坂本龍馬=玉木宏さん

  • 楢崎龍=市川実日子さん


  • 近衛忠熙=春風亭小朝さん

  • 月照=高橋長英さん

  • 大原重徳=木村元さん

  • 岩倉具視=片岡鶴太郎さん


  • 孝明天皇=東儀秀樹さん

作品タイトルは以下の通り―

  1. 天命の子

  2. 桜島の誓い

  3. 薩摩分裂

  4. 名君怒る

  5. 日本一の男

  6. 女の道

  7. 父の涙

  8. お姫様教育

  9. 篤姫誕生

  10. 御台所への決心

  11. 七夕の再会

  12. さらば桜島

  13. 江戸の母君

  14. 父の願い

  15. 姫、出陣

  16. 波乱の花見

  17. 予期せぬ縁組み

  18. 斉彬の密命

  19. 大奥入城

  20. 婚礼の夜

  21. 妻の戦

  22. 将軍の秘密

  23. 器くらべ

  24. 許すまじ、篤姫

  25. 母の愛憎

  26. 嵐の建白書

  27. 徳川の妻

  28. ふたつの遺言

  29. 天璋院篤姫

  30. 将軍の母

  31. さらば幾島

  32. 桜田門外の変

  33. 皇女和宮

  34. 公家と武家

  35. 疑惑の懐剣

  36. 薩摩か徳川か

  37. 友情と決別

  38. 姑の心 嫁の心

  39. 薩摩燃ゆ

  40. 息子の出陣

  41. 薩長同盟

  42. 息子の死

  43. 嫁の決心

  44. 龍馬死すとも

  45. 母からの文

  46. 慶喜救出

  47. 大奥の使者

  48. 無血開城

  49. 明治前夜の再会

  50. 一本の道(最終話)


― ◇ ◇ ◇ ―

※(関連)「(史料紹介)篤姫の実像に迫る日記を発見!」→
※(関連)「NHK大河ドラマ特別展『天璋院篤姫展』」→


   

posted by 御堂 at 23:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史:ドラマ

「日本沈没」

地球物理学者である田所雄介博士(小林桂樹さん)は、地震の観測データから日本列島に異変が起きているのを直感し、調査に乗り出す。潜水艇乗りの小野寺俊夫(藤岡弘、さん)、助手の幸長信彦助教授(滝田裕介さん)と共に伊豆沖海底に潜った田所は、深度7000mの日本海溝の斜面を走る奇妙な亀裂と、そこからもくもくと噴出している大規模な海底乱泥流の姿だった。

異変を確信した田所はデータを集め続け、1つの結論に達する―

“日本列島は最悪の場合、2年以内に地殻変動で陸地のほとんどが海面下に沈降する”

政府は秘密裡に公聴会を開いた。最初は半信半疑だった政府も、紆余曲折の末、日本国民と資産を海外へ脱出させる「D計画」を立案・発動するが、事態の推移は当初の田所の予想すら超えた速度で進行していた。

各地で相次ぐ巨大地震。ほとんど動きがなかった休火山までが活動を始める。ズタズタになっていく日本列島で、死に物狂いで押し進められる「D計画」だが…

事態は急を告げ、「D計画」も調査が目的のD−1から、日本民族の救出を目的としたD−2へとシフトしていった。

日本民族は日本列島からの脱出を開始した。船で、そして飛行機で―昼夜兼行、不眠不休でがむしゃらなまでの救出活動が続く…

果たして、日本列島は沈んだ。帰るべき国を失った日本民族の流浪の歴史が始まる―
昭和48年(1973)、小松左京氏によるベストセラー作品『日本沈没』(上・下巻)の大まかなストーリーです。

僕は当時、小学生だった頃で、原作と映画版はリアルタイムには観てませんでしたが唯一、TV版(昭和49年=1974=放送)だけは欠かさず観てました。

とは言っても、小さかったので、あまり詳しいことには理解できておらず、映像から来るインパクトの鮮明さが印象深く残っている作品です。

TV版では、原作や映画版と異なり、東京が最後まで無傷だったり…と独自のストーリーが展開されましたが、これはこれで独特の味わいがあったと思います。

マントル対流によって日本海溝が沈降、日本列島は海に沈むというシチュエーションを、小野寺(村野武範さん)が全国をまわって各地の名所が水没していく様を目の当たりにする(そう!とくに、京都人としては金閣が沈んでいく様は子ども心にあまりにも強烈過ぎました…笑)という形で描かれています。

「日本沈没」TV版(全26話)の各話タイトルは、
  1. 飛び散る海

  2. 海底の狂流

  3. 白い亀裂

  4. 海の崩れる時

  5. いま、島が沈む

  6. 悲しみに哭く大地

  7. 空の牙!黒い竜巻

  8. 怒りの濁流

  9. 海底洞窟の謎!!

  10. 阿蘇の火の滝

  11. 京都にオーロラが!?

  12. 危うし京の都

  13. 崩れゆく京都

  14. 明日の愛

  15. 大爆発!海底油田

  16. 鹿児島湾SOS!!

  17. 天草は消えた!

  18. 危機せまる小河内ダム

  19. さらば函館の町よ

  20. 沈みゆく北海道

  21. 火柱に散る、伊豆大島

  22. 折れ曲がる日本列島!!

  23. 海に消えた鎌倉

  24. 東京都民 脱出せよ

  25. 噫々東京が沈む

  26. 東京最後の日
のようになっています。

この『日本沈没』って、実はテーマがあり、“日本人が放浪の民族になったらどうなるだろう?”というものだそうです。

小松左京氏の構想の中に、続編として、国土を失い難民となって世界に散っていった日本人の行く末を描く第2部編(仮題『日本漂流』)というのがあるそうなのですが…

一部抜粋です―

日本沈没時、大量に発生した火山灰のため地球全体が寒冷化し、地球規模の食糧不足となり、そのような状況の元、世界各地に散らばった日本を離れた日本民族がどうなるか?を考えていたが、昨今の火山の噴火に伴う同様の状況の現出など、あまりに現実的すぎるテーマとなってしまい筆が進まないでいる」

うぅーん、宮城沖の地震といい、阪神・淡路大震災といい、頭の中に描いていた事が現実味を帯びて起きてしまってますからね!(大学時代の九州出身の友人に聞いた話ですが、このTV版が再放送された次の日、阪神・淡路大震災が起こって、放送は中止になったそうですよ…)

ドラマに使用された主題歌「明日の愛」は五木ひろしさんが唄ってはります
。YouTubeで見つけましたので、視聴してみて下さい!→こちら


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悪代官役、俳優の川合伸旺さん死去

“時代劇の名悪役”としての人気ぶりもあって製造された"限定商品「悪代官・川合伸旺」"

時代劇で悪代官や悪徳商人などを数多く演じられ、“時代劇の名悪役”として知られていた川合伸旺さんがお亡くなりになりました。享年74歳。ご冥福をお祈り申し上げます。

― ◇ ◇ ◇ ―

僕個人的には、“名悪役”で名の知れた川合さんの出演された作品の中にあって、唯一、お茶目な役どころといっても良かった「翔んでる!平賀源内」(平成元年)での北町奉行能勢甚四郎頼一役がすっごく印象的でしたね。

この能勢甚四郎頼一、実は「遠山の金さん」のエピソードの元ネタの人物だったりします。(随筆集『廿日草はつかぐさ』参照)

明治になって、能勢甚四郎頼一が活躍した話を全て遠山金四郎景元の話としてすり替えられちゃったんですよね。

実際のドラマ設定上は田沼意次側用人老中の時代ですが、現実に能勢甚四郎頼一が活躍した時代は一世代前の将軍・家重の時代で側用人大岡忠光の時代に北町奉行を勤めた人物なんですけどね。

そういう意味では、川合さん、あなたは最後に良き人物に光を当てて下さったのかも!!


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「虹を架ける王妃」

李方子を演じる菅野美穂さん 「虹を架ける王妃」の一場面から

日本が朝鮮半島を植民地化していた大正9年(1920)、「日鮮の架け橋」「日鮮融和の礎」として両国の親善の象徴としての政略結婚でありながらも固い絆で歩んだ朝鮮王朝最後の皇太子・ウンと皇太子妃・方子パンジャの激動の時代と運命を通した強い夫婦愛を描く「虹を架ける王妃〜朝鮮王朝最後の皇太子と方子妃の物語〜」がフジテレビ系列で特番ドラマとして制作されます。

李垠朝鮮王朝第26代国王高宗コジョン大韓帝国初代皇帝・光武皇帝、李熈)の第7王子で、初め、ヨン(親)王に封じられますが、第27代国王純宗スンジョン大韓帝国第2代皇帝・隆煕皇帝、李●)に子がなく、皇太子となります。

12歳の時に日本に連れて行かれ、日韓併合条約(隆煕4年=明治43年=1910)締結以後は、

日本国皇帝陛下ハ韓国皇帝陛下太皇帝陛下皇太子殿下並其ノ后妃及後裔ヲシテ各其ノ地位ニ応シ相当ナル尊称威厳及名誉ヲ享有セシメ且之ヲ保持スルニ十分ナル歳費ヲ供給スヘキコトヲ約ス
との規定から「王公族」の身分と日本の皇族に準ずる李王家りおうけが設けられ、王世子として李王垠りおうぎんと呼称します。

李方子梨本宮守正王伊都子妃の第1王女で、昭和天皇のお妃第1候補といわれていました。

しかし、「妊娠不能」という判定を受け、破談になり、代わりに李垠との間で大正5年(1916)に婚約が成立し、大正9年(1920)に結婚されます。

(この点、夫妻の間には何度かの流産もありますが、長男・ジン(=生後8か月で急死)、次男・が誕生したことは嬉しかったことでしょうね)

李垠は、大正15年(1926)に純宗(隆煕皇帝)が崩御すると、李王家を継承します。

日本の敗戦後の昭和22年(1947)、大日本帝国憲法から日本国憲法への改正、施行に伴い、皇族の特権の剥奪(臣籍降下)による身位喪失で「王公族」としての李王家の資格を失うどころか、無国籍扱いとなったために、以後は在日朝鮮人として外国人登録します。

帰国を試みますが、日本と韓国の間の国交は断絶状態である事や、大韓民国初代大統領・承晩スンマンによる妨害などもあり果たせず、そのまま在日韓国人として日本に留まります。

昭和35年(1960)李垠は脳梗塞で倒れます。

折りしも、李承晩は民主化革命によって失脚、代わって、クーデターに成功して権力を握ったパク正煕チヨンヒが、李垠の容態を案じ、韓国での生活費や療養費を韓国政府が保証する事を条件に帰国を許可します。

昭和38年(1963)、朴正煕大統領の計らいにより韓国国籍を回復・取得した李垠・方子夫妻は韓国に帰国を果たします。

李垠にとっては、皇太子として11歳で国を離れて以来、実に56年ぶり…方子は韓国国籍を取得し韓国・朝鮮人としての旅立ちです。

しかし、脳血栓と脳軟化症ですでに意識がなく、寝たきり姿となった李垠は、祖国の土を踏むことなく、そのまま入院生活を要しました。

それに、帰国することは許されましたが、王族としての地位・身分はもちろん、財産も没収されてしまっていたので、韓国政府から支給される経費は、李垠の入院費と生活費で費やしてしまいます。

そうした中で、方子は資金を稼ぐために、趣味で作っていた七宝焼を売って資金を集めたり、知的障害児や肢体不自由児の援護活動に情熱を注ぎ、知的障害児施設明暉園ミョンヒウォンの設立、知的障害養護学校である「慈恵学校」の創設に尽力するなど、多くの韓国国民から、“韓国障害児の母”として、「ウリ王妃」と敬称されるようになります。

そうして、李垠は昭和45年(1970)に、李方子は平成元年(1989)に薨去されます。

こうした50数年の李垠・方子夫妻の人生を描くってわけですよね。

主な配役として、確認できているのは、
  • 李垠=岡田准一さん(V6)

  • 李方子(梨本宮方子女王)=菅野美穂さん

  • 李垠と方子の二子、李玖=谷山毅さん


  • 方子の父宮、梨本宮守正王=古谷一行さん

  • 方子の母宮、梨本宮伊都子妃=原田美枝子さん

  • 方子の妹宮、梨本宮規子女王=福地亜紗美さん


  • 宮内大臣、波多野敬直=山本學さん

  • 韓国総督府 初代統監、伊藤博文=上田耕一さん

  • 韓国統監府 第3代統監、朝鮮総督府 初代総督、寺内正毅=赤星昇一郎さん


  • 伊藤博文を暗殺する、安重根=李鐘浩さん


  • 李王職長官、閔丙●(大の左右に百)=モロ師岡さん

  • 李王職事務官、高義敬=渡辺いっけいさん

  • 梨本宮侍女頭、中川たえ=広田レオナさん


  • 李垠の父宮、太皇帝(第26代・高宗)=キ・ヨンホさん

  • 李垠の母宮、厳妃=イ・へインさん

  • 李垠の兄宮、李王(第27代・純宗)=パク・サンウさん

  • 李垠の異母妹、徳恵妃=イ・イェリムさん


  • 李王の妃、尹妃=チャン・ジュヨンさん

  • 李王家の侍女、天喜=チョン・イクリョンさん
という顔ぶれのようですよ。

放送日時は、11月24日 午後9時〜

ストーリーの展開としては、李垠が伊藤博文に連れられて日本に留学に来る辺り(明治40年=1907)から始まる模様です。

まず最初のエピソードは、ハーグ密使事件?伊藤博文の暗殺?ですかね…

さぁーて、どんなシナリオ展開を見せるのかな?ただ単に李垠と方子の2人の絆を描くだけなのか、それとも、2人を通して―日韓関係を探れるような、考えさせてくれそうな、訴えかけるような―そんな展開に作ってくれているのかどうか、注目すると致しましょう!

― ◇ ◇ ◇ ―

そいうえば、テレビ朝日系列で、お隣の中国、大清王朝最後の皇帝・宣統帝であり、満州国皇帝・康徳帝だった愛新覚羅アイシンギョロ溥儀の弟・愛新覚羅溥傑と結婚した嵯峨ひろ(愛新覚羅浩)の人生を描いたドラマ「流転の王妃・最後の皇弟」がありましたね。

愛新覚羅溥傑を竹野内豊さんが演じ、さんを常盤貴子さんが演じられましたっけ。(僕は、愛新覚羅慧生えいせいさんのエピソードが好きなので大好きなんですよね!)


posted by 御堂 at 11:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史:ドラマ

「桃太郎侍」リメイク復活!

高嶋政宏的「桃太郎侍」

「ひとつ、人の世の生き血を啜り、」
「ふたつ、不埒な悪行三昧、」
「みっつ、醜い浮き世の鬼を退治てくれよう、桃太郎」

上記のセリフで有名な「桃太郎侍」が久し振りにリメイクで復活します。

この「桃太郎侍」は昭和21年(1946)に出版された山手樹一郎氏の時代小説で、江戸の浪人・鬼退治桃太郎こと新二郎=実は讃岐若木藩主の双子の弟=が御家騒動に巻き込まれるのだが、兄を助け、これを解決する、という勧善懲悪の物語です。

この原作をベースに映画化&テレビドラマ化された作品が幾つかみられます。(下記参照)

今回、高嶋政宏さん主演でテレビ朝日系で現在放送中の「名奉行!大岡越前」の後番組に放送が決まりました。

高橋英樹主演でのシリーズが昭和56年(1981)で終了以降、特番で平成6年(1994)を最後に制作されなくなり、それ以来、12年ぶりの復活になります。

今回の高嶋政宏さん的「桃太郎侍」では、

主人公の桃太郎侍こと桂木新二郎は、人情に厚く涙もろいが、剣には天賦の才がある浪人で、不自由な武士の生き方を嫌い、浅草の矢場で用心棒兼居候している。

そんな新二郎を「仕官して嫁をもらえ」と口うるさい母・千代(中村玉緒さん)とのコミカルなやりとりも描かれるのだそうです。

放送は、7月25日から毎週火曜日午後7時スタートです。

過去に放送された「桃太郎侍」のリスト(注.調べられた分のみ)

(映画版)
・「桃太郎侍」昭和32年(1957) 市川雷蔵さん主演
・「桃太郎侍 江戸の修羅王 南海の鬼」昭和35年(1960) 里見浩太朗さん主演
・「桃太郎侍」昭和38年(1963) 本郷功次郎さん主演

(テレビドラマ版)
・「桃太郎侍」昭和37年(1962)若杉恵之介さん主演
・「桃太郎侍」昭和42年(1967)尾上菊之助(現・尾上菊五郎)さん主演
・「桃太郎侍」昭和51年(1976)〜56年(1981) 高橋英樹さん主演

以降、高橋英樹さん主演の流れで、
・「桃太郎侍 狙われた将軍の首・帰って来た桃太郎、小田原−江戸−日光で怒りの鬼退治!」平成4年(1992)
・「桃太郎侍V 将軍と御落胤 八百万石に命を賭けた夫婦旅」平成6年(1994)

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「チェオクの剣」

「チェオクの剣」

昨年度、11月から2月までNHK−BS2で放送していた韓国ドラマ「チェオクの剣」(茶母)がNHK−BS2で再び集中再放送(2話連続)されます。チェオクの勇姿を再び!

放送スケジュールは以下の通り、
 第1話「偽金事件発生」
 第2話「生い立ち」   …7月10日(月)

 第3話「密偵の死」
 第4話「脱獄」     …7月11日(火)

 第5話「潜入」
 第6話「父の面影」   …7月12日(水)

 第7話「黒幕逮捕」
 第8話「討伐隊敗退」  …7月13日(木)

 第9話「免罪」
第10話「忘れえぬ人」  …7月18日(火)

第11話「追跡」
第12話「許されぬ愛」  …7月19日(水)

第13話「縁切り」
第14話「チェオクの最期」…7月20日(木)
放送の時間帯は、午後8時〜10時、です。

いやぁー本放送時に第3話「密偵の死」の録画を失敗してたので、待ちに待った再放送!って感じです。(謝謝!)


  

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「女人平家」

「女人平家」の1シーンから

スカイパーフェクTVホームドラマチャンネル「女人平家」が始まりました。

原作は吉屋信子さんで、昭和46年(1971)の作品で、全20話が進行します。(朝日放送の制作だからなのでしょうか、同時期に制作された「天皇の世紀」に雰囲気が似てます!)

「女人平家」というタイトルにもあるように、平家の、というよりは清盛の家族、妻、娘たちから見た、平家一門の栄枯盛衰を描いた作品です。(今回は、予習もかねて原作本を読破しておきました 笑)

主な配役として、
  • 平時子=有馬稲子さん

  •  佑子=吉永小百合さん

  •  典子=新藤恵美さん


  •  清盛=佐藤慶さん


  • 大江広元(佑子が恋慕っている)=浜畑賢吉さん


  • 汐戸(佑子の侍女)=田中絹代さん


  • 世尊寺伊行(姫たちの教育係)=下元勉さん
が演じられてます。

ストーリーは、主に平家の公達が中心な六波羅ではなく、西八条の別邸(現在の西大路通八条あたり…若一神社には清盛の銅像があります!)で進められて行きます。(その辺りで、「女人…」の意味がわかりますよね)

なかでも、注目すべき女性は時子佑子典子の3人―

時子(有馬稲子さん)は、清盛の妻となり、母となり、幼き帝の祖母となるなど、平家一門の栄枯盛衰をすべて見届けて最期は壇ノ浦の底に身を沈めます。

佑子(吉永小百合さん)は、清盛の妾腹の娘で、最初は外で育てられていたのを引き取られます。元から平家の家風に育(はぐく)まれていなかったので、聡明でしっかりとした考えの女性でした。

典子(新藤恵美さん)は、末娘らしく甘やかされて育ちますが、自分の意見をしっかりとストレートに表現する性格で、次第に典子佑子に対し慕い憧れるようになります。

佑子は漢詩の師である大江広元(浜畑賢吉さん)に淡い恋心を抱くのですが、叶わず別な男性の許に嫁きます。

典子は、親子ほど年の離れた男性に喜んで嫁ぎます。そうして、心優しい継息子と、継娘に囲まれて、平家滅亡後も、静かな日々を過ごす事になります。

物語のラストの方で、吉屋さんは典子の言葉としてこう締めくくります―

―「平家は女系によって今も滅びませぬ!」と…

各話タイトルは以下の通り―
  1. 対屋の姫たち

  2. 新珠

  3. 憧れの洛中

  4. 学びの友

  5. 流言蜚語

  6. かぐのこのみ

  7. 青春の幻

  8. 春雷

  9. 蝕まれた花

  10. あね、いもうと

  11. 徳子入内

  12. 春の象徴

  13. 彗星

  14. 風たちぬ

  15. 動哭

  16. さらばふるさと

  17. 明暗

  18. 京と鎌倉

  19. 壇の浦暮色

  20. 再会(終)


 

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「バルトの楽園」

映画「バルトの楽園 20060616yo2.jpg

第一次世界大戦中にドイツ兵が捕虜として収容されていた徳島県鳴門市にあった板東俘虜収容所を舞台にした映画「バルトの楽園」が来年6月に公開される予定だとか―

第一次世界大戦中、日本軍は日英同盟の記載条項に則り、中国大陸の山東省青島や赤道以北のドイツ領南洋諸島を占領します。その結果、約1000人のドイツ人たちが捕虜となり、彼らは日本各地に敷設された俘虜収容所に収容されるのですが、その中でも徳島県鳴門市大麻町にあった板東俘虜収容所を舞台にドイツ人捕虜の生活ぶりや地元住民との交流が描がれています。

同所は日本では年末の風物詩となったルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven)作曲の「交響曲第九番 合唱付き」(以下、「第九」)が日本で初めて演奏された場所で、映画では収容所の松江豊寿とよひさ所長の生き様を中心に、ドイツ人捕虜と収容所員や地元住民とが交流し合い、一緒に阿波踊りを踊るシーンや、ラストでドイツ人捕虜たちがそんな彼らたちへの感謝の念を込めて「第九」が日本で初めて演奏されるまでが描かれています。

この松江豊寿が非情な戦時下でも、人間の尊厳を頑なに守り続け、「ドイツ兵は愛国者であって犯罪者ではない」とドイツ兵捕虜を人道的に扱い、軍や地域住民との交流を積極的に進めた中で、大正7年(1918)に捕虜による「第九」の演奏が実現したのだとか―

こうした人道的な振る舞いの中で当時、板東俘虜収容所には約1000人のドイツ兵捕虜が収容されていましたが、英語や日本語などの語学講座が開かれたり、俘虜による音楽会もあったのだそうです。(「第九」の初演もそうですが、神戸の“異人館街”のパン屋さんでNHKの朝のテレビ小説「風見鶏」(昭和52年=1977=10月3日〜53年=1978=4月1日)のモデルとなったパン屋さん(フロインドリーブというお店です)もこうしたドイツ人捕虜との交流からでしたね…)

また、松江豊寿は旧会津藩士の子として生まれた人物だそうです。自身は明治5年(1872)生まれだから体験はしていないのでしょうが、たぶん親たちは明治政府軍に負けて捕虜になった体験もあるだろうし、斗南への強制移住や過酷な生活を経験したんではないでしょうか。

そうした親たちの(捕虜という身分での)苦労を聞かされていただろうし、そうした親や同じ会津の人たちの体験を“反面教師”としていたに違いないでしょうね。

― ◇ ◇ ◇ ―

主役である、その収容所の所長だった松江豊寿を演じるのは松平健さんです。松平健さんは「石井のおとうさんありがとう」での石井十次役でも感動しましたが、今回も期待できそう。

松江豊寿の妻・歌子に高島礼子さん(←お庭番から正妻に出世ですね…「暴れん坊将軍」ネタ 笑)。

同じ会津の出身で坂東俘虜収容所の所員・伊東光康に阿部寛さんが演じられます。

また、板東英二さんが板東俘虜収容所に比べ、ドイツ人捕虜たちが厳しい待遇受けることになる福岡県の久留米収容所の所長だった南郷巌を演じられます。

さらに、大杉漣さんが収容所があった地区の坂東小学校の校長・黒田校長を演じられます。

その他に―

収容所の副官で、松江豊寿所長の信頼が厚く、語学が堪能でドイツ兵捕虜たちとの間に入って通訳的役割を果たした高木繁に國村隼さん。

陸軍省俘虜情報局の局長で、松江豊寿所長と悉く意見の対立させる多田少将に泉谷しげるさん。

同じく情報局の島田中佐に勝野洋さん。

ドイツ人捕虜のうち、青島総督のクルト・ハインリッヒには、「ヒトラー最期の12日間」でアドルフ・ヒトラーを好演したブルーノ・ガンツさん。

同じくドイヅ人捕虜で、久留米の収容所で脱走経験があり、坂東に移送された後も再び脱走を試みようとした、パン職人のカルル・バウムにオリバー・ブーツさん。

同じく捕虜で、収容所内の新聞『ディ・バラッケ(Die Baracke)』の編集に携わる、ヘルマン・ラーケにコスティア・ウルマンさんが演じられます。

また、収容所がある村の人々も“収容所のドイツさん”と親しみのある呼び方でかれらに接するのですが、中でも―

脱走して逃げ込んだカルル・バウムに対し、傷の手当てや食糧を与えた女性・すゑに市原悦子さん。

ヘルマン・ラーケに対し、折り鶴を教えたり、やさしく接した娘・マツに中山忍さん。

ドイツ人の父と日本人の母を持つ少女、志を・フランツに大後寿々花さん(→たぶん、志をのエピソードは涙をゼッタイ誘うはず!)。

―など、多彩な配役陣です。

― ◇ ◇ ◇ ―

NHKアーカイブスにおいて板東俘虜収容所のエピソードをドキュメントした作品が放送されます。

放送のテーマは「日本とドイツの戦争秘話」と題して、平成6年(1994)7月26日放送のETV特集「俘虜たちのシンフォニー〜鳴門市・板東俘虜収容所〜」

以下、番組の概要です―

第一次世界大戦中、日本は当時ドイツ領だった中国・青島を攻め落とし多数のドイツ兵が捕虜として日本各地に送られてきました。当時徳島県鳴門市にあった板東俘虜収容所には約1000人が送られてきました。この収容所が他と大きく違うところは、捕虜たちへの人道的配慮により、2年10か月にわたり収容所内はもちろん塀の外でも地元民との温かい交流を続けていたことです。

特に音楽活動は盛んで、大正7年(1918)6月1日に日本で初めてルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン「第九番」の全楽章が収容所内の捕虜たちによって演奏されました。番組では収容所とドイツ兵との交流、そして戦後、ドイツ兵たちが残していった様々な技術や文化が地元の人たちに根付き、今も交流を深めている様子を紹介します
― ◇ ◇ ◇ ―

NHKアーカイブスで放送されたETV特集「俘虜たちのシンフォニー〜鳴門市・板東俘虜収容所〜」を観ました。

NHK徳島放送局の制作って事で、収容所が置かれた坂東の人たちとドイツ人捕虜との交流を中心に描かれていました。

収容所の捕虜たちから、後のラジオ体操に繋がる器械体操を教わったり、パンの製造技術を伝授されたり、県内の酪農技術を飛躍的に向上させるアドバイスを受けたり…

そんな収容所の捕虜たちの中には、坂東の人たちとの交流の中で日本に魅せられて、後々まで日本とドイツの友好や絆を深めた人物が3人程紹介されていました。

1人は、ヘルマン・ボーネル氏。

収容所からの解放後、一旦は青島に戻ったのですが、日本に再来日し、開校直後の大坂外国語大学のドイツ語学科の教授として日本で一生を終えられた方です。

“収容所の知性”と仲間たちからも敬愛されていた位、品行方正な人格の持ち主だったそうです。

収容所の生活の中で催された講座の中に「ボーネル(学)」みたいな授業もあったのだとか―

2人目は、クルト・マイスナー氏。

彼もまた日本に魅せられ、OAG(ドイツ東洋文化研究協会)の会長を務められたそうです。

彼は日本語が達者で、収容所では第一通訳として、収容所や警察、坂東の人たちと捕虜たちの間の架け橋となったそうです。

また、収容所での暮らしがスムーズにいくように、彼が講師となって日本語の文法や会話を習う手助けをしたのだとか―

また彼は、阿波(徳島)の民話や昔話に興味を持ち、坂東の人たちからの聞き書きとして『阿波狸合戦』の翻訳・研究を成したそうです。

最後は、ヨハンネス・バート氏。

彼は収容所解放後、ドイツに帰国したそうですが、晩年、(目を患っていたそうで)もう一度、収容所時代を懐かしく目に焼き付けるために、再来日され、鎌倉に居を置いたそうです。

彼は、鎌倉の事や、寄席・歌舞伎など江戸文化に興味を示し、こうした文化を紹介した本をドイツで出版したのだそうです。

まさに、日本とドイツの交流の一躍を担った方々ですね。

番組の最後に、収容所時代に亡くなったドイツ人捕虜の慰霊碑を清掃される地元・坂東の人たちの姿を映して番組は終わりました。

90年近くの歳月が経っても、絆は失っていない―そう映りました。

― ◇ ◇ ◇ ―

余談ですが…「第九」といえば、僕自身、学生の頃に父が残業などでFMで放送される「第九」のコンサートLIVEを録音しておいてくれ―と頼まれたのですが、昔は今みたいにオートリバーズじゃないので、A面からB面に裏返すタイミングとか、頼まれた以上は完璧にこなしたいという性格も手伝ってか、結局、約70分間の演奏をフルタイム聴いちゃっていて、1曲丸々覚えた!なんてことがすごく懐かしいです(笑)。

 

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フジ版「大奥」最終章は仲間由紀恵的絵島!

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仲間由紀恵さん主演でフジテレビ版「大奥」が映画化されます。

「大奥」幕末期天璋院篤姫を中心に描かれた)、「大奥〜第一章〜」(幕府草創期、春日局を中心に描かれた)、「大奥〜華の乱〜」元禄時代大奥を描いた)に続く、最終章に位置づけられた作品。

舞台設定は、実際に起きた大奥史上、最大のスキャンダルと呼ばれる「絵島生島事件」をモチーフに、これまで放送してきたTV版「大奥」の“女の愛憎劇”という要素を絡めた作品になりそう!?

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江戸幕府7代将軍・徳川家継の時代を背景に、歌舞伎役者と禁断の恋に落ちる大奥女中、絵島(仲間由紀恵さん)の波乱の生き様を描く、のだとか―

「絵島生島事件」とは、大奥の権勢を握っていた7代将軍・徳川家継の生母・月光院(井川遙さん)の勢力と、その失脚を狙う6代将軍・徳川家宣の正室・天英院(高島礼子さん)の勢力との政争に利用され、江島生島新五郎を含む関係者千数百名が処分された大事件を云います。

その後、この「絵島生島事件」明治以降になって歌舞伎などの演目として語り継がれ、大奥史上最大のスキャンダルとして流布され、世に知られる事になるのです。

― ◇ ◇ ◇ ―

さて、撮影には、琵琶湖の湖畔に東京ドーム1個分の広さで江戸の町を再現するセットを造る予定で、最終的には江戸の町に大火が起きる、というストーリーで燃やし尽くしてしまうそうですが、建設費用は1億円以上の算用の様相。

他に東映城(東映京都撮影所)にて中奥大奥をつなぐ「御鈴廊下」を再現するのだとも…

その「御鈴廊下」でのシーンとして、将軍が通る左右に侍る女中らを映し出すシーンがあるそうなんですが、作品を製作するフジテレビ系列全27局の女子アナウンサー(しかも、少なくとも各局1人ずつとか言ってる…)約30〜40人が出演するを出演させるそうですよ。

主な配役には―
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  • 絵島(大奥総取締)=仲間由紀恵さん


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  • 生島新五郎(江戸山村座の歌舞伎役者)=西島秀俊さん


  • 天英院(家宣の正室)=高島礼子さん

  • 月光院(家宣の側室、家継の生母)=井川遥さん


  • 間部詮房(家継の側用人、月光院の寵愛を受ける!)=及川光博さん
―といった顔ぶれに、ナレーションを梶芽衣子さんが担当されるそうです。

  

posted by 御堂 at 14:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史:ドラマ

NHK大河ドラマ「信長 KING OF ZIPANGU」完全版

平成4年(1992)1月5日から12月13日まで全49話放送されたNHK大河ドラマ「信長 KING OF ZIPANGU」の完全版第壱集が7月21日に発売されます。

大河ドラマ史上初の“織田信長”を主人公にした作品で、「うつけ者」と呼ばれた幼少期から、明智光秀によって本能寺で生涯を終えるまでを描いています。

第壱集は、第1話「ジパング」から第27回「対決」までが収録されたDVD7枚組。

織田信長を演じた緒形直人さん、初めて“濃姫”ではない名である帰蝶を演じた菊池桃子さん、最終回での信長の切腹する時間稼ぎのために矢玉に立ち往生した加納随天を演じた平幹二朗さん、不屈のキリスト教布教活動をしたロレンソを演じた稲川淳二さん、そして、物語のもう1つのキーマン、ルイス・フロイスを演じたフランク・ニールさん…

あと個人的に注目してたのが、細川玉を演じた、我らが“ひかりちゃん”(←アニメ「H2」ネタ!笑)今村恵子さんはこの作品がデビューでしたね。

また、今川義元を演じた柴田○(イ+光)彦さんは長年演じてきた「大草原の小さな家」のインガルス一家のお父さん・チャールズ・インガルスを演じたマイケル・ランドンさんの声を吹き替えておられたのですが、マイケル・ランドンさんが亡くなり、番組が終了してしまった直後のお仕事だったに思います。

声の印象がとても深い役者さんなので、別な意味で注目してたんですよね。(そういう役者さんって居ません?他に松橋登さんも印象深い声の役が多かったかな…「人形劇三国志」の趙雲の声を演じておられましたが―)

とは言いつつ、この番組で一番強烈に残ったのは番組のラストクレジットを飾るセリフで、ナレーションのランシュー・クリストフさんが語ったこの言葉―

“Ate breve,obrigado(アテ ブレーベ、オブリガード)”

ですね。スペイン語で、「また逢いましょう。お元気で!」という意味なんですよね。大河ドラマ「武田信玄」のラストでの大井夫人(若尾文子さん)のセリフ“今宵はここまでに致しとうございます”も強烈なインパクトがあったけど、この“Ate breve,obrigado(アテ ブレーベ、オブリガード)”も印象度大!な感じでした。

僕は番組の途中まで、このラストのセリフは、ルイス・フロイスが話してるんだ、と勘違いしてました(笑)。

だって、ドラマの展開上、ルイス・フロイスの著書『日本史』に添ってストーリー進んでいるし、監修に松田毅一氏の名があったので、ナレーションはフロイスだ、と思っていた節があったんですよね。

ともあれ、気がかりなのは、一昨年にCSのファミリー劇場で放送された際に「百姓」(→まさか、この時代に「農民」とは言えませんよね。ましてや、この時代は「百姓」=農民という固定概念など存在しないのだし…)とか「乞食」(→「こじき」はダメで、「こつじき」なら良いみたい…)といったセリフが消されてたりしたのですが、まさか完全版でそれはないよね?(チョット心配!)


posted by 御堂 at 17:12 | Comment(3) | TrackBack(0) | 歴史:ドラマ

NHK木曜時代劇「次郎長 背負い富士」

6月から始まるNHK木曜時代劇「次郎長 背負い富士」(連続10回)の主な配役情報です。

この作品は、

山本一力氏の原作『背負い富士』をベースに、清水の裕福な商人の息子として生まれた次郎長が、どのようにして街道一の親分といわれるようになったのか。次郎長が石松や大政、小政など個性豊かな子分たちとともに、仇敵・保下田の久六や都鳥一家を討ち果たし、荒神山で黒駒の勝蔵と雌雄を決するまでの活躍を描く痛快時代劇だそうです。
主な出演者の顔ぶれは、
  • 清水次郎長=中村雅俊さん

  • お蝶=田中美里さん

  • 石松=山本太郎さん

  • 大政=草刈正雄さん

  • 小政=水橋研二さん

  • 小富=白鳥哲さん

  • 江尻の大熊=信太昌之さん

  • 吉良の仁吉=安田顕さん

  • 宏田和尚=神山繁さん

  • 実父・三右衛門=小林稔侍さん

  • 次郎長(青年時代)…忍成修吾さん

  • 最初の妻・きわ…松尾れい子さん

  • 養母・ふな…烏丸せつ子さん

中村雅俊さんは映画「次郎長青春篇 つっぱり清水港」以来、24年ぶりとなる次郎長役だそうです。どんな次郎長のイメージができるでしょうね!


 

posted by 御堂 at 06:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史:ドラマ

NHK大河ドラマ「花の生涯」

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伝説のNHK大河ドラマ第1作目「花の生涯」の映像が観られますよ!

4月から始まった新番組で、NHK−BS2で放送されている「週刊お宝TV」で大河ドラマ第1作目の「花の生涯」が特集されれます。この番組は、毎回ゲストを迎えて、ゲストの記憶に残る懐かしいテレビ番組を取り上げて、その魅力に様々な角度から迫る―番組なんだとか。

もう今日になりますが今回のゲストがNHK大河ドラマ「徳川家康」で徳川家康を演じられた滝田栄さん。

滝田さんが取り上げる番組が「花の生涯」ということです。

NHKの番組紹介欄を見ていると、滝田さんのほかに「花の生涯」で村山たかを演じられた淡島千景さんの名もありました。

今や伝説となっているこの「花の生涯」

原作は舟橋聖一氏の『花の生涯』で、昭和38年(1963)4月7日から12月29日まで全39話放送されました。

主人公である幕末大老井伊直弼には尾上松緑さん(2代目)、直弼の側近である長野主膳に佐田啓二さん、そして直弼の愛人であり、密偵として働いたとされる村山たかに前述の淡島千景さんが演じられました。


私自身、第1回目の放送「青柳の糸」についてはNHKが制作したビデオで「NHK想い出倶楽部U〜黎明期の大河ドラマ編〜」というのがあって、その中に第1回目の放送分として含まれており、1セット買いをした友人にダビングさせてもらいました。


第37話「君消ゆる」か第38話「狂乱の章」のどちらかの回(←番組のラストでちょうど井伊直弼が殺されてしまう桜田門の変のシーンでしたので、これが最終回だとずっと思ってたんですが、どーやら違ってました!淡島千景さん演じる村山たかが生き晒しの刑に処される回が後に続いていたそうですから…この「花の生涯」の主人公はやはり直弼・たか・主膳の3人なんだなと感じます!)については、以前にNHKがテレビ放送開局何十周年目かの特集番組の折に教育テレビで放送されたのを、まだビデオがなかった時代でしたから、視聴した記憶があります。(だいぶうろ憶えなんですが…)

大河ドラマ以外に「花の生涯」に触れた機会が一度だけあります。

昭和63年(1988)に放送されたテレビ東京系の12時間超ワイドドラマ「花の生涯」で、井伊直弼を北大路欣也さん、村山たかを島田陽子さん、長野主膳を三浦友和さんが演じられました。再放送も含め2度観た事があるのですが、この番組で「花の生涯」の全体像をやっと把握できたんですよね。

このリメイク作品が印象深いのには理由があって、主題歌を来生たかおさんが唄われていて、その曲である「時を咲かせて」が今でも映像が浮かんでくると、メロディを口遊めるほど、イメージしやすかったんですよ…

とりもなおさず、再び「花の生涯」の雰囲気を映像から味わうことにします。要チェックですよ!

※(参照)大河ドラマの名作たちが甦る!―時代劇専門チャンネル「大河ドラマ・アーカイブス」→


  

posted by 御堂 at 07:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史:ドラマ

NHK−BS日曜ドラマ「藏」

ドラマ「藏」から田之内烈(松たか子さん)

日本映画専門チャンネル「藏」を一挙放送していたので、録画がてら全話観ました。宮尾登美子さんの原作をドラマ化したもので、今から11年前の平成7年(1995)6月4日からNHK−BS2でBS日曜ドラマとして全6話で放送された作品です。

新潟県亀田の大地主であり造り酒屋を経営する旧家を舞台に、大正から昭和へ、病気のため失明する運命にある美しい少女・田之内烈と、常に彼女を見守り、支える叔母の佐野佐穂を軸に、戦前の社会規範でもある「家」を中心にその生き様を描いた作品です。(「家族社会学」的アプローチなんかしてみたら面白そうかも!)

ドラマでの主人公・田之内烈には、8歳までを井上真央さん、14歳までを河野由佳さんと続き、以降は松たか子さんが演じます。

叔母にあたる佐野佐穂には檀ふみさんが、父親の田乃内意造には鹿賀丈史さん、母親の田乃内賀穂に高橋恵子さん、祖母の田乃内むらに香川京子さんが好演されています。

に関していえば、松たか子さんも好演されていましたが、河野由佳さんの演技がそれとなく好印象な感じです。

河野由佳さんって、東宝ミュージカル「レ・ミゼラブル」にコゼット役で出てらっしゃるんですよね。「レ・ミゼラブル」にはエポニーヌ役で個人的に声優で一番好き(歌ってる彼女が一番好きだけど…)な坂本真綾さんも出てるから余計応援したくなりますね(笑)

松たか子さんもNHKではちょうど大河ドラマ「花の乱」(平成6年=1994)の日野富子役、翌年はこの「藏」の田之内烈役、翌平成8年(1996)の大河ドラマ「秀吉」の浅井茶々(=淀殿)役と続いた役どころですが、後々、“松たか子”というカラーが全面に出てしまう傾向の作品(とくに民放系の…)ばかり続いたのに比べ、この作品では「田之内烈」というキャラクターが“松たか子”というカラーを封じていた分、良い出来栄えだったかな―とは思います。

壇ふみさん演じた佐穂さんは、の母・嘉穂の妹であり、意造に対して密かな愛情を抱いている―という役どころ。病弱な姉・賀穂に代わって幼い頃からの面倒を見、その一生をの支えとしていきます。

物語のラストでは、前田耕陽さんが演じた、田乃内家に酒造りに来ている杜氏の青年・坂下涼太が結婚し、田乃内家の酒造業を引き継ぎ、子供の輪太郎が生まれます。

涼太は戦争で亡くなりますが、輪太郎を育てつつ酒造業を盛り立てて行き、

それらを見守りながら、意造が亡くなると、追うように佐穂さんも亡くなり、二人は同じ墓に眠る―

といった感じのストーリーです。原作とは違った演出ですが、これはこれで楽しめます。

佐穂さんを演じた檀ふみさんのキャラが一層引き立っていた感じです。(現在放送中の大河ドラマ「功名が辻」の千代さんのイメージも、以前にテレビ朝日系列で放送した際に壇ふみさんが演じられた千代さんが一番印象的だったし臓こういう役どころはピッタリって感じなのかな?)

あと、香川京子さんの役どころもこの後に同じ宮尾登美子さん原作の「一絃の琴」で演じられた澤村袖の役にかぶって繋がっていくのかな―と改めて思います。


 

posted by 御堂 at 13:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史:ドラマ

日立ドラマスペシャル「熱い嵐」

スカイパーフェクTVTBSチャンネルにて「熱い嵐」を観ました。

その昔、今から27年前の昭和54年(1979)2月26日に放送されたTBS系列の日立ドラマスペシャルの作品です。(その当時の番宣用の新聞記事を切り抜きして残しておいたのですが、行方不明です…泣)

原作は放送時期に刊行されたと思われるのですが、松浦行真氏の『熱い嵐 高橋是清の生涯』(集英社)で、明治から昭和初期の激動の時代を大胆なアイデアや判断力で乗り切った財政家・高橋是清の波乱万丈の生涯と、彼を取り巻く人間群像を描いた作品です。

主人公は“ダルマ大臣”高橋是清で青年時代を国広富之さんが、晩年期を森繁久彌さんが演じられました。

主な内容は―

幕府御用絵師の私生児として生まれた是清が、慶応3年(1867)、13歳の時に仙台藩の命を受けて留学したアメリカで知らぬ間に奴隷契約書にサインをさせられてしまいます。

様々な苦労を経て帰国した是清森有礼(竹脇無我さん)と出会い文部省に入省しますが、売れっ子芸者・桝吉(大原麗子さん)と恋に落ち、放蕩三昧の生活をします。

桝吉と別れた後、前田正名(藤岡弘、さん)の紹介で品子(竹下景子さん)と再婚し、銀山開発のためペルーに向かうのですが銀山は廃鉱同然とわかり破綻。しかし、楽天家な是清は挫けることなく、やがて日本銀行に入ります。

日露戦争が勃発し、軍費調達のための外債募集に成功した是清(森繁久彌さん)は日銀総裁から原敬(岡田英次さん)内閣の大蔵大臣に、続いて原内閣倒閣後は首相となるなどの出世します。

家庭においては、妻となった品子(森光子さん)との間に生まれた子供たちも大きく成長しますが、先妻の子である是光(柴田恭兵さん)との意見の対立があったり、ぎくしゃくして品子は頭を悩ませます。

昭和2年(1927)の金融恐慌が発生した不手際で総辞職した若槻礼次郎内閣に代わって組閣した田中義一内閣田中首相(鈴木瑞穂さん)の三顧の礼でもって大蔵大臣に請われて就任し、全国の金融機関へ緊急勅令としてのモラトリアム(支払猶予令)を出して騒動を沈静させます。

世界恐慌の煽りで日本経済が不況に陥った際には、日銀引き受けによる赤字国債発行や金輸出再禁止などでいち早く不況から脱出させて危機を脱しました。

犬養毅内閣から岡田啓介内閣にかけての時期には、軍部の台頭期と重なり、インフレを抑制するために軍事費予算縮小の考えを頑として譲らなかったために、軍部の怒りを買い、運命の昭和11年(1936)2月26日、青年将校たちに惨殺される―という、まさに七転び八起き(=計7度の大蔵大臣就任を引っかけてる?)な、波乱万丈の生涯を描いています。

― ◇ ◇ ◇ ―

さて、この3時間枠のドラマは、日本で最初の長時間ドラマで、当時としては画期的な事でした。(それ以前には編成上からしても3時間というドラマ枠はありませんでしたから―)

この「熱い嵐」以外にも―

「海は甦える」 昭和52年(1977)8月29日放送(原作:江藤淳『海は甦る』

山本権兵衛の半生を、日露戦争でバルト海(バルチック)艦隊を撃ち破るまでを描いた作品。山本権兵衛を仲代達矢さんが、広瀬武夫中佐を加藤剛さんが演じられたの憶えています。

「風が燃えた」 昭和53年(1978)3月6日放送(原作:松浦行真『風が燃えた』

伊藤博文の生涯を、松下村塾入塾からハルビンで暗殺されるまでを描いた作品。伊藤博文を三浦友和さん・平幹二郎さん、井上馨を森田健作さん・宍戸錠さん、伊藤の妻・梅子を山口百恵さん・三田佳子さん、各々ダブルキャストで演じられています。
 
→長州贔屓な僕としては、昭和52年(1977)のNHK大河ドラマ「花神」以降、ひさびさに長州を扱った作品として記憶が鮮明です。加藤剛さんの吉田松陰先生。山口崇さんの高杉晋作。竹脇無我さんの桂小五郎などの配役も懐かしい!

「獅子のごとく」 昭和53年(1978)8月21日放送

森鴎外の生涯を描いた作品。森鴎外を江守徹さんが演じ、鴎外の友人で鴎外の臨終を看取り、遺言である「余ハ石見人森林太郎トシテ死セント欲ス…(中略)…墓ハ森林太郎墓ノ外一字モホル可ラス」を聞書きした親友の賀古鶴所を緒形拳さんが演じておられましたっけ!

どうか、TBSチャンネルさん、是非とも放送してくれへんやろか?


    

posted by 御堂 at 03:59 | Comment(4) | TrackBack(0) | 歴史:ドラマ

「不射之射」

「不射之射」01 「不射之射」02

川本喜八郎さんをご存知でしょうか?アニメーション作家であり、人形芸術家でもある川本さん。

僕が初めて知ったのはNHK人形劇「三国志」(昭和57〜59年)です。劉備や関羽、張飛、趙雲、諸葛亮など…僕に「三国志」の世界に導かせてくださった作品でもあります。

番組放送時、徳間書店から文庫版として『三国志演義』(全8巻)を買いました。立間祥介さんが訳された内容で、各巻の表紙を川本さんが作られた人形たちが飾っているのです。

番組自体は諸葛亮が五丈原で亡くなり、「死せる孔明、いける仲達を走らす」を描いて、その後の歴史をナレーション説明で終わらせたのですが、文庫版の第8巻の表紙には、ちゃんと三国時代を終焉させた晋の皇帝・司馬炎の人形が飾っているんですよね。

これは貴重でしょ!(文庫版は絶版だとか…)

この人形劇「三国志」の後も数々の人形アニメーション映画を次々と発表されておられますが、「平家物語」(平成5〜7年)も記憶に新しいところ―

さて、今回、そうした川本さんの人形アニメーションの仲でも短編ですがすごく印象に残っていた作品に再び巡り合えました。

その作品とは「不射之射」(昭和63年)というものです。ほぼ18年ぶりに視聴したのかな…

この「不射之射」は、中国との合作による作品で、中島敦氏の『名人伝』を作品化したもので、大筋はこんな感じ―

春秋戦国時代の中国の趙という国の都・邯鄲という所に紀昌という弓の名手がいました。

彼は天下一の弓使いを目指すために飛影という弓の名手に師事をし、厳しい修練を重ね、ついには百発百中の腕前になります。

ある時、紀昌は“天下一の弓使い”になるには師の飛影が邪魔という邪念にかられ、勝負をしますが、両者の放った矢が相撃ちとなり引き分け―

師の飛影は紀昌に甘蝿老師という古今稀な弓の名手を訪ねるよう勧めます。

紀昌は甘蝿老師を訪ね、教えを請います。

甘蝿老師は弓も矢も持たずに石の上に立ち、矢を射る真似をすると、空から鳶が落ちてきました。これを“不射之射”といい、“射之射”ではなく“不射之射”を知らなければならない―と諭します。

紀昌はそれを極めようと修練を積み、ついに、弓を使わずとも矢を射る、という究極の奥義“不射之射”を身につけるのです。

修行が終わって下山してきた紀昌はそれ以降、決して弓矢を射ることをしなくなりました。

ある夜、彼の家宅に泥棒が塀を登って侵入しようとします。

紀昌は“不射之射”でもってその泥棒を塀の外に追いやるのです―
ナレーションはもちろん、登場人物全てのセリフを担当した橋爪功さんの上手さもストーリーを際立たせていたと思います。


posted by 御堂 at 20:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史:ドラマ

NHK水曜時代劇「いのち燃ゆ」

「いのち燃ゆ」

スカイパーフェクTVホームドラマチャンネル「いのち燃ゆ」の放送が開始されました。

この番組は昭和56年(1981)4月から半年間、全23話にわたってNHK水曜時代劇(午後8時〜)の枠で放送されました。

ビクトル・ユーゴーが著した名作『レ・ミゼラブル』幕末の日本に舞台を置き換えて、波乱万丈のストーリー展開にオリジナルな部分を絡ませたモノとなっています。

舞台の始まりは、大塩平八郎の乱最中の大坂、どん底の生活の中で飢えた妹のために小さな盗みを働いてしまった主人公・丈吉は、天草に流罪となります。そして10年、島抜けに成功した丈吉でしたが、その時、島の庄屋殺しと間違われ、その息子から父の敵と狙われる身となってしまいます。やがて鉄山師として世に出た丈吉に執拗な追跡の手が伸びるのでした―

キーとなる登場人物や(結構うろ憶えですが)主な登場人物のポイントはこんな感じ!
  • 主人公の丈吉には柴俊夫さん

  •  →鳥取では鉱山師・小松屋幸吉
     →自首して隠岐に流罪となる
     →赦免の後、伏見で米屋備前屋を営む

  • 庄屋・嘉右衛門には加藤嘉さん

  •  →実は隠れキリシタン)
     →臨終の際に竜安によって、銭貨を使って胸の上に十字架を作らせるシーンが印象的!

  • 庄屋の息子・作次郎に石橋正次さん

  •  →実は流人と島の女との間に生まれた子供
     →最初は父の敵討ち&自身の結婚のために丈吉を付け狙う
     →新選組に入ってからは立身出世を目論む!

  • 庄屋の娘・お豊に神崎愛さん

  •  →庄屋である父に丈吉を婿にと考えていた(お豊自身も丈吉を好いていた)
     →兄の作次郎と丈吉を追跡するが、丈吉自首後は京都で小料理屋を営む 

  • 長崎の蘭学医・竜安に高橋幸治さん


  • 長崎の蘭学医・シーボルト・イネに早乙女愛さん


  • 丈吉の父・多吉に財津一郎さん


  • 丈吉の母・お咲に高森和子さん


  • 丈吉の妹・お志麻→女掏摸“風車のお志摩”に新井春美さん


  • 幼馴染みの米問屋の娘・おりんに吉本真由美さん

  •  →芸者に身を窶すが、丹波屋に身請けされる
     →しかし、おりんは不治の病にかかっていた
     →丈吉との間に娘(お雪)をもうける
     →銀の燭台にはお雪の出生の秘密があった

  • お雪に斎藤友子さん

  •  →丈吉とおりんの間に生まれた子供
     →出生直後から丈吉によって竜安や楠本イネに預けられていた

  • 丹波屋に山田吾一さん


  • 鉱山師・小松屋の女将・おこうに南田洋子さん


  • おこうの娘・おみつに曽根千香子さん

  •  →丈吉の妻
     →丈吉と仲睦まじかっただけに、いじらしかった!

  • 長州藩士の岡田彦馬に金田賢一さん

  •  →丈吉の娘・お雪と祝言を挙げる

  • 土方歳三に栗塚旭さん

物語は「天草編」「長崎編」「大坂編」「鳥取編」「京都編」って感じで、クライマックスは「鳥羽・伏見の戦い」になってます。各話のタイトルは次のとおり―
  1. 南海の涯に

  2. 不運な男

  3. 銀の燭台

  4. さらばオランダ坂

  5. 愛と憎しみの街

  6. 翔んで翔んで夢の中

  7. 夢去りし町角

  8. 生々流転

  9. 一輪でも花にて候

  10. 噂の男

  11. たった一夜の涙花

  12. お豊・作次郎流れ旅

  13. 砂に埋れし幸福の日々

  14. 白日夢

  15. お雪哀しや鈴が鳴る

  16. 京都の恋

  17. 祇園囃子が聞こえる

  18. 相呼ぶ魂

  19. 聖母の子守唄

  20. お志麻恋ぐるま

  21. 作次郎乱れ斬り

  22. それ京洛の花と咲く

  23. ある晴れた日に(最終話)

― ◇ ◇ ◇ ―

さて、この「いのち燃ゆ」での登場人物を原作でもある『レ・ミゼラブル』の登場人物で照応して見ると、
  • 丈吉→ジャン・ヴァルジャン

  • 竜安→ミリエル司教

  • 作次郎→ジャヴェール警部

  • お豊→エポニーヌ

  • おりん→ファンティーヌ

  • お雪→コゼット

  • 岡田彦馬→マリユス
って感じでしょうかね?

この「いのち燃ゆ」は僕自身が高校1年生の時の放送で、今回25年ぶりの視聴が叶います。

この番組の視聴のきっかけは、おりん役の吉本真由美さんにつられたんですよね(笑)

この当時、吉本さんは当時「2時のワイドショー」のアシスタントもなさっていて、ちょうど学校から帰ると、母がこの番組を観ていたので、一緒に観ているうちに大好きになっちゃいました(爆)

その吉本さんが出演されるってんで、欠かさず観ていた番組でもあります。

― ◇ ◇ ◇ ―

PS.
番組開始を前に予備知識とし図書館に『グラフNHK』を閲覧しに行ってきました。ところが、「日本巖窟王」「風神の門」は特集ページを組んでいたのにこの「いのち燃ゆ」は組んでいた形跡がありませんでした。ちょっとショックです。こーなりゃ、放送をじっくりと視聴しましょう!

posted by 御堂 at 20:02 | Comment(1) | TrackBack(0) | 歴史:ドラマ

「助左衛門幻影〜大阪・堺〜」


NHK大阪放送局が制作している「かんさい想い出シアター」という番組で「新日本紀行『助左衛門幻影〜大阪・堺〜』を放送していたので、チェックしました。

4月1日に政令指定都市になった大阪府堺市の、28年前の姿を記録した番組なんですが、伝説の豪商・呂宋るそん(納屋)助左衛門の面影を求め、その子孫の方や所縁の品々などを紹介していました。

この番組が放送されたのが、昭和53年(1978)5月、ちょうど大河ドラマ「黄金の日日」城山三郎氏の原作『黄金の日日』)が放送中の時期です。

番組の冒頭で拓ぼん(川谷拓三さん)演じる杉谷善住坊(←そーいえば、「功名が辻」にも信長狙撃シーンで出てましたね。やはり僕にとっては、川谷拓三さん演じた善住坊の方が強烈ですが…)が堺の通りを「助左〜」と叫びながら走っていきます(笑)

今から想うと、「黄金の日日」でちょうど5月28日が「善住坊処刑」の回だったので、余計インパクトあったでしょうねぇー。

さて、呂宋助左衛門は、戦国時代に和泉国堺で活躍した貿易商人で、正式には、納屋助左衛門と言います。

安土桃山時代にルソンに渡海し、貿易商を営む事で巨万の富を得、豊臣秀吉の保護を受けて日本でも豪商として活躍しました。

文禄3(1594)7月20日、ルソンより持ち帰ってきた、生きた麝香獣2匹、壺50個、唐傘、香料、蝋燭などを秀吉に献上します。

(例)『太閤記』での呂宋助左衛門に関する記述―

泉州堺津菜屋助右衛門(助左衛門か?)と云し町人、小琉球(フィリピン)呂尊へ、去年の夏相渡り、(文禄甲午)七月二十日帰朝せしが、其此堺之代官は、石田杢助(正澄)にてありし故、奏者として、唐の傘、蝋燭千挺、生たる麝香二疋上奉り、御礼申上、則真壺五拾、御目に懸けしかば、事外御機嫌にて、西之丸の広間に並べつつ、千宗易(利休)などにも御相談有て、上中下段段に代を付させられ、札をおし、所望の面々誰々によらず執候へと仰せ出だされしなり。之に依て望の人々、西丸に祗候いたし、代付にまかせ、五六日之内に悉く取候て、三つ残りしを取て帰り侍らんと、代官の杢助に菜屋申ければ、吉公其旨聞召、其代をつかはし取て置候へと仰されしかば、金子請取奉りぬ。助右衛門五六日之内に、徳人と成にけり(『太閤記』巻第16「呂尊より渡る壺之事」)

その生活は豪奢を極め、堺の戎町の邸には、その居室に七宝をちりばめ、庭園には珍奇な花卉を植え、狩野永徳の筆になる丹精をこらした襖絵で飾ったほどでした。

しかし、慶長3年(1598)、その余りに豪奢な生活ぶりが秀吉に忌み嫌われて、邸宅没収の処分を受ける事になりますがそれに屈せず、その壮麗な邸宅や財産を菩提寺である大安寺(大阪府堺市南旅籠町)に寄進し、日本人町のあるルソンへ脱出したのだとか―

番組では助左衛門の子孫の方(納屋氏)が出ておられて、その方が過去帳などから調べたのであろう先祖の由緒書というか系図が映し出されました。

しかし、その系図の中には助左衛門の名はありません。慶長期のご当主の方の名は「よそざえもん」とあります。

にも変わらず、代々、子孫の方々は“助左衛門の子孫”と言い伝えられてきたのだそうです。

助左衛門の根本史料とも言うべき史料を京都大学国史研究室が所蔵されており、それは慶長12年(1607)にカンボジア国王が肥前佐賀城主(鍋島氏?)に宛てた書簡なのだそうです。

そこには「日本船主助左衛門為有忠厚志誠作事有規矩本国…国頭目…」の文言が…(画面から読み取っただけなので、全体が把握できませんが…)

助左衛門は、慶長12年(1607)、イスパニア(スペイン)が柬埔寨国(カンボジア)に介入した後にルソンからカンボジアに渡海し、そこでカンボジア国王の信任を得て、日本から渡航する貿易商人を管理する元締の地位―港務長兼税関長(シャパンダール)―や日本人宰領の任にあったとその書簡は伝えています。(カンボジアにあったオランダ商館長の記録などに依れば、朱印船貿易時代のプノンペンやピニャールの日本人町には300〜400人の日本人が住んでいたらしいです)

助左衛門がもう10〜20年存命だったのならば、江戸幕府鎖国=海禁政策による余波をどう受け止めたでしょうね。

「黄金の日日」でのラストみたいに新たな新天地に向けて船出を試みるでしょうか!あるいは、山田長政のような悲劇に遭ったでしょうか!?

※(参考)「『黄金の日日』完全版」→


posted by 御堂 at 03:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史:ドラマ

大河「功名が辻」…宇治が舞台―槇島城の合戦

大河「功名が辻」、今日は第12話「信玄の影」でしたね。舞台は元亀4年(1573)の出来事でした。

室町幕府第15代将軍・足利義昭(三谷幸喜さん)も最後の反抗を試みますが、織田信長軍の前に屈しちゃいます。

哀れ、征夷大将軍足利義昭。息子の義尊を人質とし、京より追放の憂き目に―

…って感じの歴史舞台の場面ですが、宇治市に住む者の1人として槇島城がどう描かれるのかなぁーと思ったのですが、案の定、スタジオセットで義昭の最後の抵抗のみでしたね(笑)

もうこれで、昌山公としての再登場もこのドラマに関してはなさそう!(→大河「秀吉」での玉置浩二的義昭みたく、蹴鞠に遊興する昌山公も傑作の1つなんですが…)

― ◇ ◇ ◇ ―

さて、槇島城ですが、

築城されたのは、承久の乱直前で、長瀬左衛門が築城しました。そして、京への防御ラインとして足立左衛門尉親長が城に入りますが、後鳥羽院方は敗北を喫します。

それから後、槇島城が登場するのが、応仁・文明の乱の騒々しさが覚めやらぬ文明10年(1478)、畠山政長義就の抗争の中で登場したり、細川政元畠山尚順政長の子)の抗争の中で登場します。

そして、そんな中での明応8年(1499)9月28日、細川政元方の赤沢宗益槇島館を陥落しちゃうんです。(『後法興院記』明応8年9月28日条)

この時期の城主は真木島氏で、元は槇長者、宇治離宮八幡宮(現在の宇治神社と宇治上神社)の神官の身分だったようです。それが時代を経るに従い、荘園管理者(荘官)と同等の身分となり、五ヶ庄一帯の土豪(在地領主)になったと考えられています。

真木島氏畠山尚順に付き、細川政元に抗したため、槇島館を落とされてしまったようです。

この抗争の背景には、足利義澄を擁立する細川政元畠山尚順が味方する将軍足利義材との抗争という要素がありました。

真木島氏は将軍直臣団に加わっており、室町幕府奉公衆の地位にあったようですね。

例1) 足利義尚第1次六角征伐の軍に従軍している
→長享元年(1487)9月12日 「常徳院御動座当時在陣衆着到」

例2) 足利義材第2次六角征伐の軍にも従軍している
→延徳3年(1491)8月27日 「蓮成院記録」

つまり、主である将軍足利義材と手を組んでいたのが畠山尚順だったが故に細川政元に抗したのですね。

『大乗院雑事記』によれば、この合戦は、公方(将軍)細川氏の対立―と言っています。

興味深いのは、明応8年(1499)の段階で明応2年(1493)に細川政元がクーデターを起こし、足利義材を廃して足利義澄を擁立したにも関わらず、足利義材公方(将軍)と認識している点です。

その結果、槇島城細川政元の属城となり、以降、文亀3年(1502)10月まで4年間、政元槇島城において政務を執ります。まさに、この期間、槇島城は日本の政治の中心だったわけです。

細川政元槇島城に拠った4年間で、槇島城はそれまでの「館」的機能からから「城」的機能へと変貌します。

しかも、それは『東寺百合文書』ツ函にある(明応9年=1500=から文亀年間に記されたであろう?)5月2日付、志賀定景書状に拠れば、南山城に所領を持たない東寺に対し、城の修築に必要な用材を催促しているようで、「山城国」に必要な用件として催促しているケースと考えられますよね。

それから時代は下って、前述した元亀4年(1573)7月の足利義昭による槇島城の合戦が歴史の舞台に登場するのです―

これ以降の槇島城主はというと―

 元亀4年(1573)7月21日
  細川昭元(信良)が槇島城に入城
 天正2年(1574)5月3日
  細川昭元に代わって塙(原田)直政が山城守護(但し、その支配地域は宇治川以南の久世・綴喜・相楽郡の南山城地域一帯)として入城
 天正4年(1576)5月3日
  原田直政、石山合戦の摂津木津において狙撃死する
 天正4年(1576)6月6日
  原田直政の戦死による敗戦で、一族郎党が織田信長よって粛清され、代わりに井戸良弘が入城
 天正10年(1582)6月15日
  井戸良弘、明智光秀方に味方したために城を退去し、筒井順慶に城を明け渡す
 天正10年(1582)10月19日
  浅野長吉(長政)が入城
 天正12年(1584)
  一柳末安(直末)が入城
 文禄3年(1594)
  槇島城が破却される

ちょっと悔しいのは、ドラマのラストに「功名が辻」紀行と題して所縁の土地や史跡を紹介していますよね。

槇島城も紹介されてましたが、よく見ると、最初に設置された石碑でした。

槇島城の石碑は平成16年(2004)8月1日に宇治市槇島町の皆さんが祝って、新しい石碑ができ、その横には合戦の様子をわかりやすく説明したパネルも設置されたというのに、紹介された石碑は古い方のものでした。

しかも、この古い方の石碑も前にあった場所ではなく、別な場所に移動しているのです。移動されて違う場所に設置されているものを紹介するのってあまり意味をなさないと思いませんか?

→(参考)歴史と文化の礎、現代へ 宇治市・槇島城顕彰会 地元住民らで立ち上げ(洛南タイムス2004-03-13)

― ◇ ◇ ◇ ―

最後に、真木島昭光について―

足利義昭が京より追放後も幕臣の1人として付き従い、紀伊由良・泊から備後鞆の浦に至るまで同行し、帰洛後も出家した昌山公(義昭)に出仕し、昌山公(義昭)卒去に際しては葬儀の一切を取り仕切っています。

その後は豊臣家奏者番として出仕。大坂の陣にも出陣するが、豊臣家滅亡後は細川忠興に招かれ豊前にて1000石を給され、中津城御留守居役を務めています。

なお、それ以前の歴代の真木島氏が、光則(文明12年=1480=当時)、光通(山城国一揆当時)、光基(永正17年=1520=当時)のように代々、「光」の字を名に冠しているのに対し、昭光という名からして、義昭の「昭」の字を偏諱され賜っていることが分かりますね。


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