水戸藩開藩400年映画「桜田門外ノ変」


水戸藩開藩400年を記念した映画「桜田門外ノ変」が制作されます。今年秋以降に全国公開予定だそうです。

原作である吉村昭氏の『桜田門外ノ変』にベースに、幕府の大老井伊直弼襲撃の現場指揮者である主人公、関鉄之介の視点で桜田門外の変を描いた作品。

映画「桜田門外ノ変」 映画「桜田門外ノ変」

主な配役として、
  • 関鉄之介(水戸藩・北郡務方、桜田門外の変現場指揮者)=大沢たかおさん→文久2年(1862)斬首


  • 茅根ちのね伊予之介為宜(郡奉行奥右筆頭取小姓頭取)=須賀貴匡さん→安政6年(1859)安政の大獄で斬死

  • 野村常之介(水戸藩・北郡奉行、鉄之介の上司)=西村雅彦さん

  • 岡部三十郎忠吉(水戸藩・小普請役、桜田門外の変の際、検視見届役)=渡辺裕之さん→文久元年(1861)斬首

  • 高橋多一郎愛諸(水戸藩・奥右筆頭取)=生瀬勝久さん→安政7年(1860)自刃

  • 高橋荘左衛門諸恵(多一郎の息、弘道館諸生)=須賀健太さん→安政7年(1860)自刃

  • 金子孫二郎教孝(水戸藩・南郡奉行)=柄本明さん→文久元年(1861)斬首

  • 佐藤鉄三郎寛(水戸藩士)=渡部豪太さん→国許より追放刑

  • 桜岡源次衛門(常陸国久慈郡袋田村=現、大子町=大庄屋、のち天狗党に参加)=本田博太郎さん

  • 与一(袋田村大庄屋桜岡家使用人使用人)=温水洋一さん


  • 関ふさ(鉄之介の妻)=長谷川京子さん

  • 関誠一郎(鉄之介の息)=加藤清史郎さん

  • 滝本いの(関鉄之介の情人、元吉原谷本楼の妓滝本)=中村ゆりさん→伝馬町牢で拷問により獄死


  • 武田耕雲斎正生(水戸藩執政、のち天狗党首領)=榎本孝明さん


  • 稲田重蔵正辰(水戸藩・郡方、内元取締)=田中要次さん→安政7年(1960)闘死

  • 佐野竹之介光明(水戸藩・小姓組)=颯太さん→安政7年(1860)傷害死

  • 大関和七郎増美(水戸藩・大番組)=松本寛也さん→文久元年(1861)斬首

  • 有村次左衛門兼清(薩摩藩士)=坂東巳之助さん(10代目坂東三津五郎さんの長男)→安政7年(1960)自刃


  • 安藤龍介(水戸藩士、関鉄之介の捕吏指揮官)=北村有起哉さん

  • 坂口勇右衛門(薩摩藩の捕吏、金子孫二郎を捕縛)=沢井小次郎


  • 松平春嶽(越前福井藩主)=池内博之さん

  • 徳川慶恕よしくみ(のち慶勝)(尾張徳川家当主、尾張藩、のち尾張名古屋藩主)=川野太郎さん


  • 井伊直弼(幕府大老、近江彦根藩主)=伊武雅刀さん


  • 徳川斉昭(烈公、水戸徳川家当主、常陸水戸藩主)=北大路欣也さん
の皆さんが競演されます。


  

posted by 御堂 at 21:32 | Comment(4) | TrackBack(0) | 歴史:ドラマ

NHK大河ドラマ「草燃える」、時代劇専門チャンネルにて全話放送決定!


現在では完全版もすぐ販売されているNHK大河ドラマですが、第1作目の「花の生涯」から第13作目の「元禄太平記」及び第15作目の「花神」については全話数残っていません。

嘗ての放送用ビデオテープは大変高価で、かつ貴重なものであったため、NHKにおいては放送を終えた作品のテープに別の作品を重ね撮りして再利用されていたのです。

CSの時代劇専門チャンネルが今年の正月から7月にかけて「大河ドラマ・アーカイブス」と題して、懐かしい大河ドラマ作品の中で現存している話数を放送しました。(現在、再放送が放映中!)

その中で、思わぬ進展がありました!

昭和54年(1979)放送のNHK大河ドラマ第17作目「草燃える」(全51話)も残存していた14話数分だけ放送されたのですが、それをきっかけとして、一般視聴者の方や「草燃える」の監修を担当されていた元NHKディレクターの大原誠さん、元NHKエグゼクティブディレクターで演出家の伊豫田静弘さん、番組で大姫の幼少期を演じた斎藤こず恵さんのお母さんである山口いづ世さんなどが所有された録画テープがNHKに寄贈され、なんと全話揃ったのです。

寄贈された作品はNHKのライブラリーで保存される事となりました。そして、これを受け時代劇専門チャンネルにおいて「草燃える」(全51話)全話放送が決定したのです。

放送予定ラインナップは以下のとおり!(黒太字は既放送済、が今回追加される話数)
  1. 蛭が小島の流人

  2. 恋文

  3. 二人義経

  4. 政子略奪

  5. 婿殿・舅殿

  6. 密使は走る

  7. 頼朝起つ

  8. 石橋山の合戦

  9. 頼朝再起

  10. 鎌倉へ

  11. 兄の涙 弟の涙

  12. 飢餓亡者

  13. 若君誕生

  14. 政子狂乱

  15. 愛のかたみ

  16. 人質

  17. 義経出陣

  18. 亀裂

  19. 京の白拍子

  20. 壇の浦

  21. 義経凱旋

  22. 鎌倉の刺客

  23. 都の盗賊たち

  24. 静の舞

  25. 頼朝上楽

  26. 法皇崩御

  27. 義時の妻

  28. 富士の巻狩

  29. 曾我兄弟

  30. 大姫錯乱

  31. 黒いつむじ風

  32. 頼朝の死

  33. 姫君毒殺

  34. 頼家乱行

  35. 梶原景時の滅亡

  36. 悪禅師全成

  37. 北条の陰謀

  38. 比企滅亡

  39. 頼家追放

  40. 修善寺

  41. 華燭

  42. 畠山討伐

  43. 父と子

  44. 後鳥羽院頌歌

  45. 小夜菊

  46. 和田合戦

  47. 幻の船

  48. 船霊

  49. 実朝暗殺

  50. 三浦義村の策謀

  51. 承久の乱
放送時間は12:00〜と24:00〜の2回です。お見逃しなく!

なお、時代劇専門チャンネルが視聴できない方でも最寄りのNHK放送局の番組公開ライブラリーなどで無料での観覧利用が可能ですよ。

― ◇ ◇ ◇ ―

※(関連)大河ドラマの名作たちが甦る!―時代劇専門チャンネル「大河ドラマ・アーカイブス」→


posted by 御堂 at 20:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史:ドラマ

映画「獄に咲く花」―松陰先生と久子女史を描いた物語


幕末の思想家、松陰先生、吉田寅次郎矩方の没後150年を記念して制作された映画「ひとやに咲く花」がこの程完成しました。

米国への密航を試みるも失敗に終わった松陰先生が幽閉された萩の野山獄に投獄され、その獄中で出会った女囚・高須久子女史と心通い合わせた淡い恋物語を軸に、やがて安政の大獄によって刑死するまでを描いた作品となっています。

原作は下関市在住で直木賞作家の古川薫さんの小説『野山獄相聞抄―吉田松陰の恋―』

主な配役として―

松陰先生を前田倫良さんが演じられます。前田さんといえば映画「長州ファイブ」遠藤謹助を演じておられましたね。

また、高須久(劇中ではでいくらしい)女史には近衛はなさんが演じられるとか―

この近衛はなさん、俳優の目黒祐樹さんの長女との事。

って事は、お母さんは女優の江夏夕子さん。伯父さんは松方弘樹さん。お祖父さんは近衛十四郎さんって訳で、「近衛」の姓を受け継ぐんですね(笑)

ちなみに、目黒祐樹さんも野山獄司獄・福川犀之進役で配役されています。

映画「獄に咲く花」より1シーン

他の競演者の皆さんは、
  • 大深虎之允(松陰先生入獄時76歳)=下元年世さん

  • 吉村善作(松陰先生入獄時49歳)=神山繁さん

  • 弘中勝之進(松陰先生入獄時48歳)=勝村政信さん

  • 河野数馬(松陰先生入獄時44歳)=本田博太郎さん

  • 富永弥兵衛(松陰先生入獄時36歳)=池内万作さん

  • 孫助=大石昭弘さん

  • 源七=仁科貴さん


  • 松陰先生の母・瀧=赤座美代子さん

  • 松陰先生の兄・杉梅太郎=山ア康一さん

  • 松陰先生の弟・杉敏三郎=江副悟史さん


  • 金子重之助=林憲太郎さん

  • 高杉晋作=南誉士広さん

  • 久坂義助=梅林亮太さん

  • 品川弥二郎=藤森周一郎さん


  • 長井雅楽=柴田善行さん
松陰先生の生誕180年に当たる来年春に公開される予定で、まず山口県内及び福岡県内で来年2月から先行上映され、4月以降に全国上映されるとの事。

― ◇ ◇ ◇ ―

松陰先生高須久子女史の野山獄でのエピソード、それに関連して野山獄での松陰先生が試みた“更生教育”もちょこっとでいいから描いてくれないかなぁ。勿論、富永有麟も登場願いたいし…(笑)

今回、どうしようか迷っています。映画「長州ファイブ」が上映された際は、居ても立っても居られずの心境で山口県内での先行上映を観に行ったのですが、今回はどないしよ?

― ◇ ◇ ◇ ―

※(参照)NHK大河ドラマ「花神」、新たに2話発掘される!→
※(参照)NHK土曜ドラマ「遠雷と怒涛と」→
※(参照)待ちに待った「風が燃えた」、33年ぶりの再放送!→
※(参照)NHK大河ドラマ「花神」第19話「上海みやげ」→
※(参照)その時歴史が動いた「奇兵隊〜幕末に命を賭けた若き庶民たち〜」→
※(参照)「長州ファイブ」→
※(参照)すべてはこの時から―昭和52年!→


 

posted by 御堂 at 05:15 | Comment(0) | TrackBack(1) | 歴史:ドラマ

NHK土曜時代劇「咲くやこの花」

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来年度の1月から始まるNHK土曜時代劇の情報です。

番組のタイトルは「咲くやこの花」(全10話)というもの。

性格が地味で、目立たず生きる事こそが信条、というちょっと変わった娘・こい。

そんな彼女にも得意分野がある、それが“百人一首”でした。

ある日、そんな彼女に降ってわいたような出来事が巻き起こります。

こいの親が見栄をはってしまったがために、大江戸かるた大会に出場する破目になったのです。

しかし、あれよあれよと勝ち進むうちに優勝し、こいの存在は江戸町中の注目の的となります。

その評判がさらに広がり、江戸城内における大会に出場し、大奥代表と御前試合をする事になります。

また、仇討ちを志す浪人・由良と出会い、心を触れ合ううちに芽生えた恋心模様など―自分の変化に戸惑いながらも、前向きに、思い切り生きる事の大切さを知り、1人の女性として成長してく姿を描いた作品となっています。

主な配役は、
  • こい=成海璃子さん


  • 深堂由良=平岡祐太さん

  • →由良は曽禰好忠が詠んだ「由良を/渡る舟人/梶を絶え/行方も知らぬ/恋の道かな」から来てるんでしょうね(笑)

  • こいの母、そめ=余貴美子さん…深川で漬物屋「ただみ屋」を営む。しのの父・信助とは幼馴染

  • →「ただみ屋」って事は壬生忠見から来てるんでしょうね。そうだとすれば、「恋すてふ/我が名なはまだき/立ちにけり/人知れずこそ/思ひそめしか」って事ですかね、おそめさん!(笑)

  • 信助=佐野史郎さん…「ただみ屋」の隣に住み、うなぎ屋「金森屋」を営む。しのの父。こいの母・そめとは幼馴染だが、顔を合わせると喧嘩が絶えない

  • →「かなもりや」は平兼盛から来てるんでしょうね。この兼盛は天徳4年(960)の「天徳内裏歌合」において壬生忠見と競い、勝利を呼び込みました。自分の立身出世をかけていた壬生忠見は、悲嘆にくれて絶食し、そのまま死んでしまったという故事をからめて、「ただみ屋」と「金森屋」は喧嘩が絶えない設定って訳ですね(笑)

  • しの=寺田有希さん…「金森屋」の一人娘

  • →おしのちゃんは、平兼盛の「しのぶれど/色にいでにけり/わが恋は/物や思ふと/人のとふまで」から来てるのでしょう(笑)

  • 門田伯耆守稲葉=寺田農さん…芦川藩藩主で幕府若年寄。「大江戸かるた腕競べ」を企画する

  • →門田の稲葉って事は、大納言経信(=源経信)が詠んだ「夕されば/門田の稲葉いなは/おとづれて/蘆のまろやに/秋風ぞ吹く」から来てますよね、ゼッタイ!(笑)

  • 百敷屋徳兵衛=大和田伸也さん…呉服屋「百敷屋ももしきや」の主人

  • 順軒(順之助)=内田滋さん…「百敷屋」の若旦那

  • →「ももしきや」も順徳院が詠んだ「百敷や/古き軒端の/しのぶにも/なほ余りある/昔なりけり」から来たものでしょう(笑)しかも…徳兵衛さんの「徳」、順之助の「順」で順徳院を表してますもんね(笑)

  • こいの寺子屋(嵐雪堂)時代の先生、佐生さそうはな=松坂慶子さん

  • →「さそう・はな」も「花さそふ」から来てると思うので、入道前太政大臣(=西園寺公経)が詠んだ「花さそふの庭の/ならで/ふりゆくものは/わが身なりけり」から来てるのが判ります。しかも「嵐」と「雪」→「嵐雪堂」ですもんね(笑)

  • 徳川家斉=寺泉憲さん


  • 語り・藤原定家=中村梅雀さん
脚本はNHK朝の連続テレビ小説「ちりとてちん」でお馴染みの藤本有紀さんだし、かなり期待できそうな感じ!

因みに、番組タイトルの「咲くやこの花」は、『古今和歌集』の序文に詠われた「難波津に/咲くやこの花/冬ごもり/今は春べと/咲くやこの花」から来ていて、7世紀頃の地層から発掘された、万葉かなで書かれた木簡にも「奈尓波ツ尓昨久矢己乃波奈」とある程で、最近では競技かるたの開始時に詠まれる「序歌」としても有名ですね。

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各話タイトルは、
  1. めぐりあひて

  2. →『源氏物語』を著した紫式部(越後守為時むすめ)が詠んだ「めぐりあひて/見みしやそれとも/わかぬ間まに/ 雲がくれにし/夜半の月つきかな」から来てますね!

  3. 君がため

  4. →光孝天皇が詠まれた「君がため/春の野のに出いでて/若菜つむ/我が衣手でに 雪は降ふりつつ」から来てるでしょう!
      
  5. 嘆きつつ

  6. →『蜻蛉日記』で有名な右大将道綱母(藤原道綱母)が詠んだ「嘆きつつ/独り寝る夜の/明くる間は/いかに久しき/物とかは知る」から来たものと…

  7. 嵐吹く

  8. →能因法師が詠んだ「嵐吹く/三室の山の/紅葉葉は/竜田の川の/錦なりけり」ですね…

  9. 来ぬ人を

  10. →勅撰集『新古今和歌集』や『新勅撰和歌集』の撰者であり、『明月記』を著した藤原北家御子左流、権中納言定家ていか(藤原定家さだいえ)が詠んだ「来ぬ人を/まつ帆の浦の/夕なぎに/やくや藻塩の/身もこがれつつ」ですね…

  11. 花さそふ

  12. →鎌倉時代の初期に幕府とのパイプ役(=関東申次)や太政大臣として朝廷に君臨し、絶大な権勢を誇った入道前太政大臣(=西園寺公経)が詠んだ「花さそふ/嵐の庭の/雪ならで/ふりゆくものは/わが身なりけり」ですね・・・お師匠さま(はな先生)がおこいちゃんの姿を見て何やら一念発起な予感!

  13. みをつくしても

  14. →平安時代の皇族で陽成院(上皇)の第一皇子(譲位、出家後の出生ですが…)である元良親王が詠んだ「わびぬれば/今はたおなじ/難波なる/みをつくしても/逢わむとぞ思ふ」から来てますね。この歌は、元良親王が寛平法皇(宇多法皇)の寵妃である藤原褒子(ふじわらのほうし)を想って詠んだものらしいです。因みに、寛平法皇(宇多法皇)は藤原褒子は六条京極に在った河原院に住まわせていたので京極御息所とか六条御息所と呼ばれていたそうです。六条御息所ってオイオイ!(笑)

  15. 恋ぞつもりて

  16. →陽成院(上皇)が詠まれた「筑波の/嶺より落つる/みなの川/恋ぞつもりて/淵となりぬる」から来てます。陽成院(上皇)は、清和天皇の第一皇子、母は藤原高子たかいこ。生後3か月で立太子、9歳で清和天皇から譲位され即位します。しかし、在位8年目に宮中で起こった殺人事件を理由に摂政・藤原基経によって“暴君”と噂されて退位を迫られ、病気という表面上の理由により退位します。

    陽成院(上皇)には、想いを寄せていた女性がおり、それが寛平法皇(宇多天皇)の妹宮、釣殿宮つりどののみや綏子やすこ内親王でした。その後、2人は陽成院(上皇)は譲位後に妃となるのです。

  17. 今日を限りの

  18. →平安時代の女流歌人で女房三十六歌仙に数えられる儀同三司母ぎどうさんしのはは(=高階貴子)が詠んだ「忘れじの/行く末までは/かた<ければ/今日を限りの/命ともがな」から来てます。

    高階貴子は中関白家・藤原道隆と結婚しますが、その長男として伊周が誕生します。道隆の死後、叔父の道長との抗争に敗れますが赦免され復権した際に准大臣(=大臣に准ずる待遇)を与えられたのを伊周が中国の後漢の時代、高級武官や皇帝の外戚に三司、すなわち三公(太尉・司徒・司空)と同等の待遇を与えた「儀、三司に同じくす」というエピソードを日本風に当て込み、自分も「三公(太政大臣・左大臣・右大臣)と同じ待遇」という意で「儀同三司」と自称したんですね。(公的には官途名の前大宰権帥(『日本紀略』)と呼ばれていたので、「儀同三司」はペンネームのようなもの…)その「儀同三司」の母なのでこのように呼ばれたようですね。・・・勝ち上がったおこいの相手は何と、おはな先生なんですが…

  19. 今は春辺と

  20. →最終回はやはり上述しました『古今和歌集』の序文であり、競技かるたの「序歌」である「難波津に/咲くやこの花/冬ごもり/今は春べと/咲くやこの花」から来ましたね。『古今和歌集』の歌全体のイメージってどちらかと言えば「希望」や「開拓精神」に満ちたものが多いのが特徴ですね。(これに対し、のちに編まれた『新古今和歌集』は古今への憧憬が多く、「あの頃は良かったなぁ」と詠嘆する様なイメージばかりなんですよね)そうすると、おこいちゃんにとっての“春”はどんな春が待っているのかな?
◇放送予定
・BSハイビジョンでは、 1月8日〜 毎週金曜 午後6時より
・総合・デジタル総合では、1月9日〜 毎週土曜 午後7時30分より

それぞれ放送スタートです!

― ◇ ◇ ◇ ―

この「咲やこの花」については、久々に観てもいいかな!と思える感じですね。これまで、「陽炎の辻」だったり、「オトコマエ!」だったりと男の時代劇ファンとすれば少々物足りなさを感じる作品(個人的にチャンバラものは大嫌い!なので…)が続いていましたので、ある意味新鮮な気持ちで観られるかな?)

それにしても、“百人一首”とは何と懐かしい!昔、学年別の大会で優勝した事があります。初めて買ってもらった“百人一首”がカセットテープ付きのヤツだったので、カセットを流しては、よく遊んだりもしましたし…。

高校の時の古文の授業(選択授業でした…)では、僕の配属されたクラスは端数(3クラ目の最後)で22名しかいなかったので、机を真ん中に集めて、周りを囲んで22名のみんなで“百人一首”をしたんですよ。楽しかったなぁー!(笑)

番組の公式サイトでの「作者のことば」の中で述べられた藤本有紀さんのことばにこんなのがありました。以下、引用です―
子どもの頃、お正月にはよく家族で百人一首かるたをしました。
家族それぞれになんとなく「好きな歌」があって、みんな、その札だけは取られまいとしていました。
スポーツでもなんでもそうだと思いますが、親となにかを競い合っていると、あるとき突然に、自分のほうが強くなっていることに気がつく瞬間があります。
わが家の百人一首でも、そのときが訪れました。
ある年のお正月、父のお気に入りの歌が読まれたのに、父はその札をいつまでも見つけられずに探しているのです。
私はとうの昔に見つけていましたが、身を乗り出して懸命に探している父を見ていると、先に手を出すことができませんでした。
やがて父が札を見つけて取りました。父はとても満足げで、私はどうしようもなく泣けてきました。
そのことを、どういういきさつだったか学校の国語の女の先生に話すと、先生は泣き出してしまいました。
その感受性に、私はひどく驚きました―
読み通してみて、私自身も泣けてきました。上記にもある様に私が初めて買ってもらった“百人一首”は実は母方の祖父に買ってもらったのですが、藤本有紀さんのお父さんと同じ状況が祖父にもあったのです。

実は、祖父は盛岡の寺の跡継ぎ(=長男)だったのですが、同郷の石川啄木に憧れて家を飛び出し、東京に出て来たという経歴があるのです。

東京に出た祖父は自然主義やプロレタリア文学に傾倒していて、身を起てようとしますが中々そう上手くは行かなかったようです。

祖母も東京の祖父の許に行くのですが、祖父の許には愛人さんが侍っていたのだとか…(昔語りでよく母や叔父、叔母などは「そういう所まで、真似んでもええのに!」って祖母が気苦労をした様子などを語っていました 笑)

折り悪く、関東大震災が発生し、祖父の夢は絶たれてしまうのですけどね…

私が小学校に入学した時、祖父は“百人一首”を買ってくれて、「じゃあ、皆でやろうよ!」って事で始めます。

やがて、祖父のお気に入りの歌が詠まれた際、同じ様に家族の皆がが祖父がその札を探し当てるまで待ちました。

そして見つけ出すと勿論、祖父は自慢げでしたし、周りのみんなもやんやの喝采でした。

その年の12月、祖父は亡くなりますが、でも私にとってはいつまでも大切な時間として記憶にとどめています。

そして何よりも“百人一首”を知ったおかげで、文学や歴史などを好きになった訳で、そんな世界に導いてくれた祖父の形見でもあり、大切な物でもあるんですよね…

ps.藤本有紀さんのことばで、話を聞いて泣かれたという国語の先生の感受性―私も共感できます。こうした感性はなくさずに持ち続けたいな!!

― ◇ ◇ ◇ ―


番組の主題歌になっている、初音さんが唄う♪また逢いたい♪というバラード調の曲、すごく親しみ易くて結構いい感じです!


   

posted by 御堂 at 23:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史:ドラマ

映画「武士の家計簿」

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平成22年(2010)公開の映画として「武士の家計簿」を製作するとの発表がありました。

原作となるのは、磯田道史氏著『武士の家計簿―「加賀藩御算用者」の幕末維新―』(新潮新書)。磯田氏が神田の古書店で偶然発見した『加賀藩猪山家文書 入払いりばらい帳・給禄証書・明治期書状他 天保〜明治 一函十五万円』(『金沢藩士猪山家文書』)に残されていた詳細な「入払帳」、すなわち家計簿の記述を基に、贅沢とは無縁の生活を送る御算用者ごさんようもの(=会計処理の専門家)が、算盤そろばん1つで時代を生き抜いた生活ぶりを考察した作品です。

幕末・維新期を生き抜き、加賀前田家の下級武士で代々「御算用者」として藩の財政に携わってきた財政に携わってきた

猪山家の家計簿は、天保13年(1842)7月から明冶12年(1879)5月まで37年2か月間も書き続けられたもので、天保期の当主・綏之やすゆきから信之のぶゆき直之なおゆき成之しげゆきに至る4代の家計状況がつぶさに判ります。

製作発表では直之を主人公に充てて、

天保の大飢饉などで藩の財政状況が悪化の一途を辿る社会情勢を背景に、家財道具を処分しての倹約生活を余儀なくされながらも、 誠実に生きる夫と明るく献身的に家庭を切り盛りする妻の姿を軸に、一致団結して力強く生きていく様に焦点を当てる
といったストーリー展開をするような感じですね。

主な配役として、

  • 猪山直之(加賀前田家御算用者、御蔵米勘定役を勤めた後、藩主・前田斉泰側近である御次執筆役に抜擢される)=堺雅人さん

  • 直之の妻・お駒(町同心・西永与三八の娘)=仲間由紀恵さん

  • 直之の子・直吉(のち成之、父・直之の生き方に反発し、軍務畑に進む)=伊藤祐輝くん→大八木凱斗くん

  • 直之の父、信之(藩主・斉泰と徳川第11代将軍・家斉の娘・溶姫の婚礼の準備役を命ぜられた事=加賀藩邸に建てられた溶姫御殿の正門=現在の東京大学赤門の話=が常々の自慢)=中村雅俊さん

  • 直之の母、お常=松坂慶子さん

  • 信之の母、直之の祖母、おばば様=草笛光子さん

  • 成之の妻、お政(直之の姪=直之の姉の娘)=藤井美菜さん


  • 他に
  • お駒の実父、西永与三八(町同心で直之の剣術の師)=西村雅彦さん


  • 加賀前田家の重役、奥村丹後守栄実(加賀八家の1つ、奥村家第10代当主)=宮川一朗太さん

  • 加賀前田家の役人、安部忠継=小木茂光さん

  • 加賀前田家の奉行、重永=茂山千五郎さん

  • 第12代藩主、前田斉泰=山中崇さん

  • 最後の(第13代)藩主前田慶寧=井手浩一朗さん


  • 猪山家が借財する商人、新保屋清次郎=谷口高史さん


  • 大村益次郎=嶋田久作さん(新政府軍の軍務指令官、成之を新政府軍の会計方に迎える)
が演じられます。

この「武士の家計簿」、まずは石川県内の映画館で11月27日から先行上映され、全国公開は12月4日からとの事。

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― ◇ ◇ ◇ ―

武士の世界では算術などは商人がやるものとして勘定方や会計方の役勤めをする者に対し「算勘しわき者」といった侮蔑の表現をするなどして軽視していました。

しかし加賀前田家では、数学や算術を大いに奨励していた風潮があった様です。

そうした加賀前田家「御算用者」として務めていた猪山家は享保年間(1716〜1736)に陪臣の身分から直参に出世します。以来5代にわたって幕末維新期を経て廃藩置県加賀前田家が消滅するまでその地位を、世襲ではなく能力によって維持したのです。

因みに信之は文政10年(1827)、徳川幕府第11代将軍・家斉の娘・溶姫やすひめ前田家当主・斉泰に輿入れした際の「婚礼方御用」(=婚礼の進行役)を務めています。

その子・直之は殿さまの御次執筆役(=秘書)を勤め、さらに直之の子である成之は江戸藩邸において「御主殿様御用人衆執筆加役人」(=奥向きの御用秘書)を務めているんですね。

幕末維新期の動乱時、新政府方についた加賀前田家に対し、「徴士」が召集されます。

「徴士」とは、新政府が慶応4年(1868)1月から明治2年(1869))6月までに「諸藩ノ士及都雛有才ノ者公儀ニ執リ抜擢セラル則徴士ト命ズ」という形で、諸藩や一般庶民から有能な人材を召集して国政をあたらせた者をさします。

成之は藩命で、慶応4年(1868)7月、その「徴士」として新政府に出仕したところ、その能力を新政府の軍務官であった大村益次郎に認められ、会計方に推薦されます。

ちょうど、大村益次郎の愛弟子で大村暗殺未遂事件の際に殺害された安達幸之助が同じ加賀前田家出身だった事もあって、その才を聞いていた様ですね。

大村の下で、成之戊辰戦争の期間中、新政府軍の後ろの備え=兵站を実質的に差配します。

大村の死後、成之は「海軍掛」となります。

同じ頃、直之猪山家も東京に上京し、前田家の家宰として「御家令席主簿」、つまり会計方の最高責任者となっています。

明治7年(1874)の時点で、成之は海軍省出納課長として年俸1235円(現在の3600万円相当)をもらっています。

代々、猪山家は「切米40俵」に過ぎなかったのが、家柄ではなくその能力で立身出世を成し遂げた結果でした。

― ◇ ◇ ◇ ―

なお、成之は自分を推薦してくれた大村の恩顧に報いようと、自身が発起人となって完成をみたのが、靖国神社に建つ大村益次郎像なんですよね。

― ◇ ◇ ◇ ―

※(参照)仕事は経理、小遣い6000円 東京で加賀藩士の家計簿見つかる 下級武士の暮らし伝え 磯田慶大非常勤講師が分析 2代37年、克明に記録(北國新聞2003-04-03)→
※(参考)「知るを楽しむ」 拝見・武士の家計簿→


   

posted by 御堂 at 23:30 | Comment(0) | TrackBack(1) | 歴史:ドラマ

実録「岸辺のアルバム」―狛江水害(多摩川水害)


現在、CSのTBSチャンネルにて「岸辺のアルバム」という作品を放送しています。

この作品が放送されたのが昭和52年(1977)6月〜9月までの1クール(全15話)で、ちょうど小学校6年生の時期でした。

実に32年ぶりの視聴って事になります…

原作及び脚本は山田太一さん。

作品全体のテーマとしては、平凡でちょっと倦怠期を迎えた夫婦と、大人への成長過程を迎えた子供たちが苦悩し、やがて家族が崩壊してゆく―といった様子が描かれた作品で、最後にその拠り所であった家が水害によって崩壊する―といったもの。

この水害ってのが、現在いまから35年前の昭和49年(1974)年9月に現在の東京都狛江市猪方地先の堤防が決壊し、19戸の家屋が多摩川の濁流に呑み込まれて崩壊・流出したという狛江水害(多摩川水害)なのですが、ドラマの最終回で主人公たちが避難勧告ギリギリの中で、母親の「家族の想い出がいっぱい詰まった写真アルバムを持ってきてほしい!」という台詞がタイトルに反映している訳です。

実際、この水害で家を失った人々が家を失った事以外に家族が写った写真アルバムを失った事がとてもショックだったという被災者の話を山田太一さんが受け止め、そこからドラマの構想が生まれたそうです。

当時の社会的規範を上手く映し出した脚本・演出で、家庭や家族の絆を繋ぐもの―一方が“マイホーム”すなわち家だとすると、もう一方はアルバムだとしているんですね。(今や現代っ子には、解り得ない考え方になっちゃいましたね…それ故、ドラマをリメイクするとしても、作り手も演者も当時の社会的規範に対し、ピンと来ない世代たちですので、しっくり来ないと感じます。ましてや、現代風にアレンジすればする程、原作の主張からは程遠い、全くの別作品となるのが必至ですね!)

この作品をさらに惹き立たせているのが、OPに流れるジャニス・イアンさんの♪Will You Dance?♪のメロディです。その背景には被災時の報道映像と共に多摩川の上流から下流への空撮が映されていました。

子供心に脚色なのか?ドキュメンタリーなのか頭の中で混同しちゃいましたから…

では、このようにインパクトを与えた狛江水害(多摩川水害)とは一体どんなものだったのでしょう?

― ◇ ◇ ◇ ―

昭和49年(1974)年8月26日、サイパン島付近で台風16号が発生します。この台風は発達しながらも次第に北上します。

同時に日本近海で発生した台風17号も、16号の影響を受け、弱い熱帯低気圧となって北上します。

関東一帯は30日22時頃から雨が降り始め、31日19時頃から強雨となりました。

多摩川流域での総雨量は、上流部、西多摩郡奥多摩町の小河内で495o、氷川で527・9oを記録、一方中流部の立川では113o、下流部の田園調布では86oと、多摩川上流域に集中した強雨が降った事が判ります。

多摩川最上流に在り、実は取水専用で治水機能を果たせない小河内おごうちダムでも貯水限界量を遥かに越えてしまい、最高時で毎秒700tという、通常時に比べて35倍もの非常放水を始めました。

この日、狛江市の消防署・消防団・市職員は防災訓練を予定していましたが、それを水防活動に切り替え、目に見えて増え続ける多摩川の出水に合わせ、状況把握を始めました。

建設省京浜工事事務所(建設省京浜工事事務所(現、国土交通省京浜河川事務所)・警視庁なども出動し、必死の水防活動を行いますが、二ヶ領宿河原堰に妨げられた水流は次第に勢いを増し、左岸の堤防目掛けて直撃を始めます。

14時頃、東京都狛江市猪方地先にある「二ヶ領宿にかりょうしゅく河原堰」の付け根部分の小堤防が洗堀(集中した水流に削られる事)を始めます。

多摩川の堤防が決壊した地点 多摩川の堤防が決壊した地点

水流の妨げとなった「二ヶ領宿河原堰」は、二ヶ領用水を取水するための施設で、古い竹蛇籠たけじゃかご(丸く細長く荒く編んだ竹の籠の中に、石などを詰めたもので、河川工事の護岸や水制などに用いる)の堰を、昭和22年(1947)から神奈川県営事業として、コンクリート製に改築、翌々年の同24年(1949)8月に完成したものです。その後、昭和25年(1950)3月、神奈川県から川崎市へと管理が引き継がれ、現在まで川崎市が施設の維持・点検・操作・災害復旧などを行っています。

被災前の構造は、全長270m、右岸から順に、鉄筋コンクリート造りの固定部50m、5連ゲートの放水門35m、舟通し魚道12m、固定部200mで、この固定部が河川敷の途中まで嵌入かんにゅうし、左岸の河川敷には小堤防が設置されていました。

この小堤防は、古くからあった堤防を二ヶ領宿河原堰改築の際に補強したもので、流水を右岸側の固定部に導流するために設置されていた厚さ15cm程の植石コンクリート造りの全体的に脆く弱い構造でした。その小堤防が案の定崩壊したのです。

また水位の上昇に伴い、堰が妨げとなって発生した迂回流が、嵌入部によって堤防を直撃し易くした上、堰下流部の河床の洗掘がその流れを速めました。

更に堰下層の固いシルト層(砂と粘土の中間の細かさを有する土の層)も、流れを横へ広げる原因の一端となり、堤防の洗掘は徐々に進んでいったのです。

台風16号によって多摩川堤防が決壊、濁流に呑まれる民家

9月1日21時45分―

遂に堤防が長さ5mにわたって決壊、0時19分には、必死の水防活動も空しく、民家が倒壊流失し、翌2日の朝までに、次々と10件の家屋が多摩川の激流に呑み込まれていきました。

堤防を直撃する激流の方向を変えるため、2日9時15分、自衛隊によって二ヶ領宿河原堰の固定部を爆破する事が決定しました。

2日14時37分―

爆破によって破壊口が開きますが、水の流れに殆んど変化はみられませんでした。逆に、コンクリートの破片によって付近の住宅や住民が被害を受けました。その後、更に7件の民家が流出。

3日、建設省(現、国土交通省)は、再度、堰体爆破の検討をし始めます。

14時6分、共同住宅が流出。その約1時間半後の16時30分、建設省による1回目の爆破、更に1時間後の17時30分に2回目、20時55分3回目と爆破を試みますが、殆んど効果はなく水の勢いは依然衰えません。

4日10時30分―

3日とは違う場所を爆破。更にその後、12時30分、14時45分、16時と立て続けに爆破。この間、無情にも大雨洪水注意報が発令されますが、20時にこの日6回目の爆破。

4日20時15分―

2日からの合計13回に及ぶ爆破で幅約12m、深さ約2mの破壊口が開き、約50tの水が流れ始めた。

9月5日20時―

小河内ダムに毎秒40tから5tの放水減少の要請をし、警察・消防・自衛隊延べ1万5000人余りが出動して、迂回流の締め切作業を急ピッチで進めました。

6日午前7時25分―

8tブロックと砕石の大量投入によって締め切り作業が完了し、その日の正午、一部を除いて漸く避難命令が解除、ほぼ1週間にわたった水害は一応のピリオドを打った。

―結果として、約260mに及ぶ堤防の決壊、家屋の崩壊流失19棟、宅地や家財などの流失被害33世帯という被災状況でした。

こうした一連の様子は一部始終テレビで放映され、水害の恐ろしさを全国に見せつけました。

ましてや、関東大震災から51年目の9月1日(=「防災の日」)に起きた大水害であったのは皮肉っぽい話ですね。

― ◇ ◇ ◇ ―

被災から2年後の昭和51年(1976)、家屋を失った住民の皆さんが多摩川を管理する国を相手に損害賠償請求の訴訟を起こし、約16年に及ぶ「多摩川水害訴訟」が始まります。

裁判は4回にわたり、一審では住民側が、二審では国が勝訴。住民側はこれを不服とし、上告審で破棄差戻しとなります。平成4年(1992)、高裁における差戻控訴審で住民側が勝訴が確定、国側が上告を断念し結審しました。

多摩川決壊の碑

決壊した堤防の跡(狛江市猪方四丁目)には、被害に遭ってしまった方々の強いご希望により、この水害の教訓を後世へ伝えるという使命を持って「多摩川決壊の碑」が建てられました。

― ◇ ◇ ◇ ―

何故、「岸辺のアルバム」がすごく印象に残っているかというと、僕が現在住んでいる京都府宇治市は昭和28年(1953)8月から9月にかけて起こった大水害(=南山城水害)で宇治川が決壊した事があります。(ちなみに、決壊し水が溢れた場所付近には現在、団地が建っています。住民たちはその場所が危険地帯である事さえ知らないでしょう!)

僕は未だ生まれていませんが、母が高校生の時で、その時に家屋の1階部分が床下浸水をしたのだそうです。また叔母(母の兄嫁)はその大水害で両親を亡くしたそうです。

そうした被害を防ごうと、天ヶ瀬ダムが着工され、現在に至っています。また、それだけではなく、そうした教訓を伝えていこうと、宇治川の水害の歴史や、嘗て遊水地だった巨椋おぐら池の機能、その巨椋池の干拓の歴史や排水施設(←ほとんどの方々が「干拓」の意味を埋め立て地と間違えていて、"もう水に浸かる事はない"と思っている人が多いようですが、「干拓」地はあくまで土壌から水分を抜いているだけであって、この排水施設が壊れたら、極端な話、あっという間に巨椋池が復活って事もある訳ですよ、ホントに!)の見学など、治水の必要性などを僕の学年だけは小学生の時に習いました。(今現在では、宇治市内のどの小学生も習っていないとか―知っておいたらいざという時に役立つのにね!)

また、大学の時に受講していた歴史地理学では現地実習という形で岐阜県大垣市の輪中地域土嚢どのうなどの堤防で囲まれた構造集落)に行ったのですが、自然災害の対抗する人的役割の重要性を改めて教わりました。(大垣市内のある企業で、上述のコンクリート堤防の様に、コンクリートの輪中堤防を造ったら、鉄砲水で木っ端微塵に破壊されたそうです。自然って恐ろしいですね!)

また、群馬県に流れる渡良瀬川なども遊水地の機能を現在も有している河川として有名ですね。(過去の宇治川の水害や治水を理解するのに、この渡良瀬川をモデルに使っていたりしてます)

それ故、僕にとってこの「岸辺のアルバム」は、ドラマの脚本の魅力とは別に、このように人の力では成す術のない“自然の力”を忘れないようにと認識させてくれた作品でもあるのです。

― ◇ ◇ ◇ ―

※(参照)津波に消えた豊後沖ノ浜→
※(参照)生死を分けた15段―天明3年の浅間山大噴火において→
※(参照)安政の大地震とその被災記録→


posted by 御堂 at 01:37 | Comment(4) | TrackBack(1) | 歴史:ドラマ

NHK古代史ドラマスペシャル「大仏開眼〜1300年を見つめた瞳〜」

「大仏開眼」

NHK大阪放送局制作で「聖徳太子」「大化改新」に続くNHK古代史ドラマスペシャルの第3段として「大仏開眼〜1300年を見つめた瞳〜」が平成22年(2010)の春にNHK総合で放送されます。

この「大仏開眼」は、平城京に都が遷されて平成22年(2010)で丁度1300年にあたるのに合わせて恰好でNHK大阪放送局が制作するものです。

ドラマでは東大寺の大仏建立を命じた聖武天皇の皇女でで、盧舎那仏像(大仏)の開眼法要を取り仕切った孝謙・称徳天皇や、学者として孝謙・称徳天皇に仕えた吉備真備まきび、そして、この2人と権勢を競う、藤原仲麻呂を主な登場人物として、盧舎那仏像(大仏)建立に至る当時の世相と人間模様を描くという事です。

脚本はNHK古代史ドラマ「聖徳太子」や、NHK大河ドラマ「太平記」などを手がけられた池端俊策さんが担当されるようです。

主な配役としては、
  • 下道しもつみちの真備(吉備真備)=吉岡秀隆さん

  • 阿倍皇女ひめみこ→阿倍内親王→孝謙天皇→称徳天皇=石原さとみさん

  • 恵美えみの押勝おしかつ(藤原仲麻呂)=高橋克典さん


  • 葛城王→橘諸兄もろえ=草刈正雄さん


  • 藤原武智麻呂むちまろ(藤原南家、仲麻呂の父)=苅谷俊介さん

  • 藤原乙麻呂おとまろ(仲麻呂の弟)=浜口望海さん

  • 藤原巨勢麻呂こせまろ(仲麻呂の弟)=南圭介さん

  • 藤原房前ふささき(藤原北家)=門田裕さん

  • 藤原宇合うまかい(藤原式家)=井ノ上チャルさん

  • 藤原広嗣(宇合の長男)=波岡一喜さん

  • 藤原麻呂(藤原京家)=田村ツトムさん


  • 大伴牛養うしかい=谷口高史さん

  • 大伴家持やかもち=中山麻聖さん


  • 玄ム=市川亀治郎さん

  • 行基=笈田よしさん


  • 藤原宮子(聖武天皇の母、光明皇后の異母姉)=江波杏子さん

  • 安積親王(聖武天皇の第二皇子)=中村凛太郎くん


  • 光明皇后=浅野温子さん

  • 聖武天皇=国村隼さん


  • 吉備真備の母・楊貴やぎ氏=宮下順子さん

  • 吉備由利(吉備命婦、真備の妹)=内山理名さん
が演じられます。

放送日時は、

NHK−hiにて
 前編−3月27日(土)17:30〜18:59
 後編−4月 4日(日)16:30〜17:59

NHK総合にて
 前編−4月 3日(土)19:30〜20:59
 後編−4月10日(土)19:30〜20:59

に放送されますよ!

― ◇ ◇ ◇ ―

この古代史ドラマスペシャル、次は何が来るのかな?と期待感を込めていましたが、とどのつまりは平城京遷都1300年に便乗したようですね。諸々の予想では、これで“打ち止め”感がありあり!です。

「聖徳太子」「大化改新」と来たから、次は壬申の乱辺りを扱って欲しいな、という希望は見事に裏切られました(例えば、『天上の虹』とかね…笑)

さて、吉備真備が主人公ですか!ベースとすれば、里中満智子さんの『女帝の手記〜孝謙・称徳天皇物語』にまともに重なる分があるんですけどね。

ドラマの最大の見せ場は恵美押勝の乱って事になるでしょうね!!

― ◇ ◇ ◇ ―

「大仏開眼」 「大仏開眼」

あまり私見を述べるのは好きじゃないですが、このドラマを視聴してみて、チョット感動してしまった自分がいます。

なかでも一番印象的だったのは、行基の存在感でしょうか!

この行基って人物、高校での授業や受験時の参考書では太字で書かれた(=試験に出題されそうな)重要人物の1人としか認識してませんでした。ましてや、大学での講義などでも自分からは触れなかった感じ(ましてや中世史選んだもので…)です。

初めて、行基という人物の存在に触れたのが、大学の事務職に就職し、そこで“仏教福祉”という学問を知ったのがきっかけでした。

その中で、行基こそ治水・灌漑事業を通して日本で初めて公的扶助の必要性を説いた人物と聴いたのです。

ドラマのシーンの中で、行基のことばとして真備に「何故、橋を作るのか」と問われた際、

天の事象ことは見ている他ない。しかし、この地上の事象ことは、手を下せば思いが叶う―

手を下す他ない、この国の有り様を見れば…
と言わしめています。このセリフを聴いた時、私は「このセリフ、このドラマの主題やね」と家族に呟いちゃいました。

まさに、仲麻呂のやり方は「国を1つに統一して」とか国家レベルの物の考え方で「治国平天下」的なまさに“上からの見方”にすぎないのに対し、行基の持つ思想は「救国済民」的な“下からの見方”な訳です。

ドラマの後半で玄ムや行基が真備に対し、大仏建立を見届けてくれと伝えたのは、真備が常に「救国済民」の気持ちで政事に接していたからなのでしょうね。

現在に至っても、この思想は日本には浸透していないと感じます。ドラマはそれを暗に訴えていたのかな?


posted by 御堂 at 06:36 | Comment(2) | TrackBack(0) | 歴史:ドラマ

「青燕―あおつばめ―」

「青燕―あおつばめ―」

スカパー衛星劇場映画「青燕―あおつばめ―」を観ました。

2005年に公開された作品で 朝鮮人初の民間人女性パイロットであるパク敬元キョンウォン(Pak,Kyongwon)さんの生涯を描いた作品です。主なあらすじはこう―

幼い頃から空を飛ぶのが夢だったパク・キョンウォン(チャン・ジニョンさん)は、丘の上から、大きな鳥のような飛行機を初めて見た日に、飛行士になる事を決心する。彼女は飛行士になるために日本に渡航し、飛行学校に通うようになるが、学費を捻出するためにタクシーの運転手になる。そんなある日、キョンウォンのタクシーに、韓国人留学生ハン・ジヒョク(キム・ジュヒョクさん)が乗車する。ジヒョクは、堂々としていて、自分の夢のために努力するキョンウォンに惹かれるが、父に叱責され、やむを得ず軍に入隊する。

「青燕―あおつばめ―」

数年後、キョンウォンは初飛行を無事に終え、有名な2等飛行士になる。故国の朝鮮にまで広く名前が知られたキョンウォンは、彼女に憧れて日本へやってきたジョンヒ(ハン・ジミンさん)と、実の姉妹のように暮らす。ジヒョクは、キョンウォンがいる飛行学校の将校に志願し、キョンウォンと再会し、互いの愛を確認する。飛行大会への出場を目指していたキョンウォンは、日本最高のモデルで、外務大臣という強固な後ろ楯を持つ木部雅子(※)(ユミン=笛木優子さん)のために飛行大会に出場できなくなる。キョンウォンは、実力を競う練習試合の途中で事故に遭った木部を助け、それ以後木部は、キョンウォンの友人であると同時に強固な後援者となる。キョンウォンは木部に出場権を譲ったが、同僚操縦士セギ(キム・テヒョンさん)の不慮の事故により、高度上昇競技に代わりに出場し、危険な飛行で難関を潜り抜け、大会で優勝する。キョンウォンは、故国訪問飛行の基金を準備するために募金運動を始め、木部は、そんなキョンウォンを支援する。1人の男の為に、女として生きるには、夢への希望が大きかったキョンウォンは、ジヒョクの求婚を断る。ジヒョクは、愛よりも、恋人よりも、空に向けた夢をより大切にするキョンウォンを理解しながらも、辛い想いをする。

いよいよ一生の夢だった故国訪問飛行を目前にしたキョンウォン。だが、彼女にはどうする事もできない問題がたくさん起きていた。愛、友人、同僚、全てのものを失ったキョンウォンに残されたのは飛行だけ。全ての事を忘れるために、夢を叶えるために、キョンウォンは悲しみを打ち破り、彼女の飛行機「青燕あおつばめ」に乗り、青い空へ力強く翼を向ける―
― ◇ ◇ ◇ ―

パク敬元キョンウォンさんは、光武5年(1901、明治34)6月、慶尚キョンサン北道ブット大邱テグ府徳山町(現、大邱広域市に生まれ、大正2年(1913)に信明シンミョン女学校に入学。同4年(1916)同校高等科に入学しますが、同5年(1917)には中退。横浜技芸学校に入学して自動車の運転をマスターするなどして、同9年(1920)に同校を卒業します。同年、大邱の慈恵医院助産婦看護婦学校に入学。同11年(1922)同看護婦学校を卒業の後、インターンとして2年間務める。

大正13年(1924)日本飛行機学校自動車部に入学。更に、同15年(1926)に日本飛行機学校立川分校操縦科に入学。

昭和2年(1927)1月に3等操縦士免許資格を取得し、 朝鮮の民間人女性としては初めての女性パイロットとなったのです。

更に翌3年(1928)には日本で3番目の2等操縦士免許(女性には1等操縦士免許が認められていませんでした)を取得します。

彼女は数々の競技大会にも参加して入賞するなど、その優れた技量を示したと云います。なかでも、昭和3年(1928)5月に代々木練兵場で開かれた競技大会では3位入賞を果たしました。

折しも、時代は世界各地で女性が飛行機で空を開拓する事が話題になっていた頃でもあって、昭和5年(1930)11月、イギリスの女性パイロット・ヴィクター・ブルース(Victor,Bruce)さんが単独操縦での世界一周を計画・実行された折に来日された時、日本を代表してブルースさんを出迎えるウエルカム・フライトを担当したのも彼女で、歓迎式典ではブルースさんと並んで記念撮影をされています。

ここまで見ると、彼女は当時を代表していたモガ(モダンガール)の1人で裕福な家庭に育った女性の様に感じますが、実のところは苦学生だったらしく、看護婦時代に働いて貯めた僅かな資金だけでは、やっていけず、親類・縁者に援助を求めてもソッポ向かれる有り様でした。

そうした彼女の苦境を見かねた朝鮮の新聞社(東亜日報や京城日報)が3回にわたって「朝鮮初の女性飛行士をめざす朴嬢を助けよう!」という記事を書きました。すると…

僅かながらも寄付金が集まったり、中には内密に支援してくれる人が現れたのです。

その人は旧李王朝の皇太子の李垠殿下でした。しかも、殿下に彼女への援助を懇願されたのは、方子まさこ殿下だったと云います。

そして、前述の3位に入賞した競技大会での賞金を元手にして、昭和6年(1931)9月、陸軍払い下げの中古だが、フランスで設計されたという、当時最新鋭の機体を購入します。この機体の名前は朝鮮の伝説で“幸せを運ぶ”と云われている青い燕に因んで「青燕号」と名付けられました。

彼女は常々パイロットの免許を取ったら、海峡を越えて祖国の空を飛びたいという夢がありました。

その想いは日満親善・皇軍慰問飛行という形で実現し、昭和8年(1933)8月7日、東京から満州の新京(現・長春)まで約2500kmの距離を操縦する、女性としては初の横断飛行に挑みました。

ところが、午前10時35分に離陸してから50分位経った頃、彼女が搭乗した「青燕号」は静岡県田方郡多賀村(現熱海市)の玄ヶ獄山辺りでそのまま墜落死したのです。

朴敬元機の墜落現場

その日、8月7日の羽田の東京飛行場近辺は、雨が降ったり止んだり、とかなり気象条件が悪かったようです。ましてや、当時はレーダーなどなく、目視だけが頼りの飛行技術であったので、相当な困難が予想されました。

しかも、夏場の伊豆半島付近の山脈帯は強い下降気流が発生するらしく、視界を覆う様な気象条件に強い下降気流の中で、「青燕号」は方向を見失い、山に近づき過ぎたため、無残にも斜面に叩き付けられてしまった様です。

午前11時17分、箱根測候所で機体の爆音が確認されています。

翌8日午前8時10分、静岡県田方郡多賀村玄ヶ獄山中で大破した機体が発見されました。

当時の状況を熱海市が市制施行60周年記念で製作した『熱海歴史年表』の記述を参考にすると、

昭和8年8月8日の朝、多賀村の人々は快晴の玄岳山頂付近に光るものを見つけた。すぐ、前日東京飛行場を発った飛行機ではないか、ということになり警鐘が鳴らされた。小松勇次村長の指揮の下、消防団、青年団に網代からの応援も加わり現場にたどり着くと、操縦席でハンドルを握ったまま、パク敬元キョンウォンは息絶えていた。腕時計は11時25分30秒を指し、愛用のハンドバックには拓務大臣(=永井柳太郎)などから「満州国」へ託された3通のメッセージが入っていた。…(中略)…敬元の遺体は村の火葬場で荼毘だびに付され、機体は多賀小学校に寄付されました
とあります。

パク敬元キョンウォンさんの一周忌の際、当時の多賀村長・西島弘さんが「鳥人霊誌」という題字の慰霊碑を建て、また日本飛行機学校の彼女の後輩たちによる追善飛行が行われ、墜落地点辺りに花束がまかれました。更に、7回忌には慰霊祭が行われています。

神奈川県熱海市梅園町にある熱海梅園の中に平成14年(2002)に造られた韓国庭園の一隅にパク敬元キョンウォンさんの記念碑「朴飛行士記念碑」があります。

記念碑には、
朴敬元女史 1901年 慶尚北道大邱府に生まれました。1925年に日本飛行学校へ入学して飛行機の操縦を学び大韓民国初の女性飛行士として二等操縦士免許を取ると、かねてからの希望であった故郷への訪問飛行を計画し、1933年8月7日その日を迎えることになりました。飛行機は単発小型機で、「青燕号」と命名されました。女性としては初めての長距離飛行となり、羽田空港では官民多数の盛大な見送りを受け、午前10時35分離陸しましたが、気象変化の激しい箱根上空で密雲に阻まれ方向を失い、熱海市側の玄岳頂上よりわずか50メートル下の山腹に激突し、不幸にも33歳の若さで墜落死してしまいました。
翌8日、女史の遺体は地元の多賀村の人々の手によって荼毘にふされ、翌年8月7日には、元多賀村長西島弘氏が私費で墜落現場に鳥人霊誌碑を建立し、そして1961年春には地元町内会の手で朴敬元嬢遭難慰霊碑が建立されました。地元の人々は、夢半ばにして破れた朴敬元女史の心安らかなる事を願い、毎年定期的に墜落現場までの草刈や慰霊碑の保全を行う等、大切に護持しています。…(後略)…
と刻まれています。

因みに、日本人初の民間人女性パイロットはというと、兵頭ひょうどうただしさんという方ですね。明治33年(1900)愛媛県北宇和郡東仲村(現、鬼北町東仲)の農家の四女として生まれた彼女は、お父さんの影響で飛行機に憧れ、済美高等女学校(現済美高等学校)を卒業後、上京し飛行家を目指します。

大正8年(1919)から11年(1922)7月まで、4年間津田沼海岸の伊藤飛行機研究所で、慣れない飛行機に取り組み、滑走練習、次いで滑走機練習を積み重ね、途中墜落事故(高度300mからエンジンを止めて滑空降下する飛行練習中、ミスを犯して墜落)を経験しながらも、翌10年(1921)4月、日本で航空取締規則が公布されて操縦免許制になった後の同11年(1922年)3月、3等飛行機操縦士免状を取得し、免許取得直後の同年6月、帝国飛行協会主催の飛行競技に出場しました。

そう言えば、昭和51年(1976)に放送されたNHK朝の連続ドラマテレビ小説「雲のじゅうたん」で主役だった小野間真琴(演じたのは、浅茅陽子さん)は、兵頭さんをはじめとして、当時数十人程おられた女性パイロットたちのエピソードを拾い集めたドラマでしたね。

― ◇ ◇ ◇ ―

彼女の想いは中途で潰えましたが、その志は後輩たちによって受け継がれていきました。でも、天国で彼女はこう言っているのではないでしょうか…

私の方がまだまだ飛べるわよ!って―


― ◇ ◇ ◇ ―

※ ユミン=笛木優子さんが演じた木部雅子という女性のモデルは木部シゲノという女性で、明治36年(1903)11月、福岡町築上郡八屋町に生まれ、3歳の時に両親と共に朝鮮平安道の鎮南浦に移住されたそうです。昭和55年(1980)他界されました。奇しくも、兵頭精さんと同じ年に亡くなられておられますね。(御二方ともご自身がモデルとなられたNHK朝の連続ドラマテレビ小説「雲のじゅうたん」を観てらっしゃって、どうお感じになった事でしょうね?)

― ◇ ◇ ◇ ―

Jang,Jin-young.jpg

この「青燕―あおつばめ―」パク敬元キョンウォンさんを演じられたチャン・ジニョンさんが9月1日に胃癌のためお亡くなりになってらっしゃいました。享年37歳という短い生涯でした。

チャン・ジニョンさんに哀悼の意を表します―

あなたが「青燕―あおつばめ―」で演じられたパク敬元キョンウォンさんの業績をここにしっかりと刻み込み、それを知る事ができたあなたの演技に感謝します




 

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NHKスペシャル・終戦特集ドラマ「気骨の判決 東條英機と闘った裁判官」

「気骨の判決」

太平洋戦争真っ只中の昭和17年(1942)4月30日、第21回衆議院総選挙が催されました。

当時、日本軍の戦況が優勢な時期でもあり、それが追い風となって投票率83・16%(といっても選挙権が有ったのは25歳以上の男性)という数字も手伝ってか、改選議員定数466に対し、大政翼賛会が推薦した候補者(翼賛政治体制協議会推薦候補者381名)が当選し、全議席数の81・8%を獲得します。

こうした結果から、この選挙を翼賛選挙とも呼び、以降戦争終結までの議会を翼賛議会と呼びます。


※だが、その一方で支援もなく、選挙干渉され続けた非推薦候補者も85名が当選しているのも事実。
◇非推薦で当選した政治家
芦田均、安倍寛、犬養健、尾崎行雄、河野一郎、斎藤隆夫、笹川良一、田中伊三次、中野正剛、西尾末広、鳩山一郎、平野力三、三木武夫、三木武吉、水谷長三郎 etc…
→結果として、翼賛選挙による政党政治の払拭は果たせなかった事実が分かります。


― ◇ ◇ ◇ ―

一方で、落選した非推薦候補たちは、不当な選挙活動への干渉を訴える訴訟を次々と起こしました。

その1つを担当した裁判官たちにより、選挙干渉の実態が明らかにし、且つ「選挙無効」判決を言い渡しているのです。

その事実をドラマ化したのが「気骨の判決 東條英機と闘った裁判官」です。

舞台となったのは、鹿児島県第2選挙区で、川内市・薩摩郡(現薩摩川内市、さつま町)・出水郡(現出水市、阿久根市三笠町、出水郡長島町)・伊佐郡(現伊佐市)・姶良郡(現霧島市、加治木町、蒲生町、姶良町、湧水町)が選挙管区になり、定数は4議席でした。

この鹿児島県第2選挙区において推薦候補者を当選させようと組織的に行われた選挙干渉がありました。

この理不尽な事実を司法に訴えた落選者に対し、大審院(当時の最高裁)第三民事部の吉田久裁判長と4人の陪席裁判官たちはは真相究明のために鹿児島へ出張し、実に187人もの証人尋問を断行します。

「何故人々は、戦争を熱烈に支持するのか?」「法律は、本当に市民を救えるのか?」という問いに苦悩しながらも、吉田久ら裁判官たちは自分の信念を貫き、想いの全てを「判決」に注ぎ込みます。

昭和20年(1945)3月1日、鹿児島県第二区選挙無効訴訟事件大審院判決(翼賛選挙無効判決)昭和十七年(選)第六号

判決―右当事者間ノ昭和十七年(選)第六号衆議院議員選挙ノ効力ニ関スル異議訴訟事件ニ付キ当院ハ検事田口環,亀山慎一立会ノ上審理判決スルコト左ノ如シ

主文―昭和一七年四月三十日施行セラレタル鹿児島県第二区ニ於ケル衆議院議員ノ選挙ハ之ヲ無効トス
大審院吉田久裁判長は、「自由で公正な選挙ではなく、規定違反の選挙は無効となる旨を定めた衆議院議員選挙法第82条に該当する」として選挙のやり直しを命じると共に「翼賛選挙は憲法および選挙法の精神に照らし大いに疑問がある」と指摘して国を厳しく批判します。

当時の状況から考えると、この吉田久裁判長の判決は命懸けの決断だった事でしょう。

吉田久裁判長は「私は政治理念に左右されない。若し政治理念に左右されるのであれば、裁判は死んでしまう。裁判が死ぬのなら私が死んでもいいから、裁判を生かしたい」と遺言状をしたためていたそうです。

実は、この判決の写しは残っていたのですが、原本は東京大空襲の際に焼失したとされていました。

戦後編纂された『大審院民事判例集』にも掲載されなかったために“幻の判決文”と云われていたのです。

ところが、平成18年(2006)8月、判決文の原本が61年振りに発見されたのです。何と最高裁判所の倉庫に眠り続けていたのです。

― ◇ ◇ ◇ ―

ドラマは、NHK大分放送局・清永聡記者の詳細なノンフィクションに基づいた原作『気骨の判決―東條英機と闘った裁判官』(新潮新書275)をベースにしたNHK名古屋放送局制作。この勇気ある大審院の裁判官たちの司法の独立を守った「気骨」溢れる生き様を描いた作品となっています。

放送日時はNHK総合で8月16日(日)午後9時〜10時30分まで。

主な配役は、
  • 吉田久 大審院第三民事部裁判長=小林薫さん

  • 西尾智紀 陪席判事(架空の人物)=田辺誠一さん

  • 梶原忍 陪席判事(架空の人物)=田中哲司さん


  • 林倫太郎 鹿児島地方裁判所長(架空の人物)=岡本信人さん


  • 原告 兼吉征司前代議士=渡辺哲さん(冨吉榮二代議士がモデル)


  • 被告側証人 伊地知健吉 国民学校校長(架空の人物)=國村隼さん

  • 被告側証人 木島浅雄 鹿児島県知事=篠井英介さん(薄田美朝県知事がモデル)

  • 被告側証人 松浦キク=京野ことみさん


  • 久の妻、節子=麻生祐未さん

  • 久の娘、良子=宮嶋麻衣さん

  • 久の息子、幸男=尾関伸嗣さん

  • 吉田家のお手伝いさん、田口安江=尾高杏奈さん


  • 特高警察 佐久間渡 刑事(架空の人物)=小市慢太郎さん


  • 児玉高臣 大審院長=石橋蓮司さん(霜山精一大審院長がモデル)

  • 竹下正弘 司法大臣=山本圭さん(松阪広政司法大臣がモデル)


  • 東條英機 前参謀総長、元内閣総理大臣、元陸軍大臣、元内務大臣、元外務大臣、元文部大臣、元商工大臣、元軍需大臣=岩崎ひろしさん
― ◇ ◇ ◇ ―

さて、吉田久裁判長は、翼賛選挙無効判決宣告の4日後、司法大臣に辞表を提出し裁判官を辞職します。

その後は大審院判事在職中より出講していた(当時は裁判官が大学や専門学校で教鞭をとる事が認められていた)母校の中央大学の講師を続けますが、その身は「危険人物」として終戦まで特高警察の監視下に置かれていました。

戦後は鳩山一郎の推薦により日本自由党に加入、同党の憲法改正要綱中の司法権に関する規定(司法権の独立強化と大審院長の天皇直隷、大審院長の下級裁判所に対する独立監督権、検察庁の裁判所からの分離を規定)を起草した。

昭和21年(1946)8月には貴族院議員に勅撰され、参議院議員選挙法の立案などに携わりますが、翌22年(1947)貴族院廃止により議員を退任し、以後は中央大学に復官し、教授として迎えたそうです。


※因みに、渡辺哲さん演じる兼吉征司のモデルにあたる冨吉榮二氏は、この無効判決によるやり直し選挙においても落選し、結果的に当選者の顔ぶれは変わらなかったのだそうですよ。しかしその後、戦後になって片山哲内閣の運輸政務次官、 芦田均内閣の逓信大臣を務めたそうです。

※(参考)矢澤久純「第21回衆議院選挙鹿児島第2区無効判決と司法権の独立」(『法学新報』108−2)

posted by 御堂 at 18:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史:ドラマ

新春ワイド時代劇「柳生武芸帳」

「柳生武芸帳」より

毎年恒例、1月2日にテレビ東京系列で放送される新春ワイド時代劇ですが、来年の作品は五味康祐氏原作の『柳生武芸帳』をドラマ化した「柳生武芸帳」に決まりました。

徳川幕府第3代将軍家光の治世、幕府転覆を実行するのに十分な資金や情報が書かれた巻物「柳生武芸帳」を巡り、それを奪おうとする反徳川派の大名と、将軍家剣術指南役柳生一族が争い、対決するストーリー。

この新春ワイド時代劇は今回で32作目にあたりますが、例年の如くならば10時間(シリーズ開始当初は12時間だったが…)ですが、今作は地デジPRを兼ねた7時間(3部構成)との事。(テレビ東京さんが地上デジタル放送では、チャンネルが「7」だからだそうで…)

主な配役陣は以下の通り、

  • 柳生十兵衛三厳=反町隆史さん

  • 十兵衛の弟、又十郎宗冬=速水もこみちさん

  • 十兵衛の父、但馬守宗矩=高橋英樹さん


  • 竜造寺家の遺児、夕姫=逢沢りなさん

  • 浮月斎の弟子、霞多三郎=山本太郎さん


  • 反幕派の公家、中ノ院大納言通村=京本政樹さん


  • 十兵衛の妹、於季=国分佐智子さん

  • 浮月斎の娘、あざみ=青山倫子さん

  • 夕姫の従者、賀源太=徳井優さん

  • 浪人、浮月斎の手下、川野黎左衛門=吹越満さん


  • 疋田陰流の頭領で、幕府転覆を狙っている、山田浮月斎=松方弘樹さん


  • 柳生新陰流の嫡流・尾張柳生、柳生兵庫介=松平健さん

  • 宮本武蔵=宅麻伸さん

  • 兵庫介の妻、春=羽田美智子さん


  • 松平伊豆守=風間トオルさん

  • 中ノ院の息子、神矢悠之丞=内田朝陽さん

  • 親幕派の公家、薮左中将嗣長=篠井英介さん

  • 葉室少将教平=斉木しげるさん

  • 柳生一門の高弟、寺沢半平=羽場裕一さん


  • 大久保彦左衛門=寺田農さん

  • 徳川家康=石橋蓮司さん


  • 中ノ院の娘、桔梗=菊川怜さん


  • 春日局=高島礼子さん
― ◇ ◇ ◇ ―

さて、五味康祐氏『柳生武芸帳』を原作にしたドラマで想い出されるのは、昭和60年(1985)1月2日に同局で放送された、12時間超ワイドドラマ(現在の新春ワイド時代劇)「風雲 柳生武芸帳」が想い起こされますね。

その時は、柳生十兵衛を北大路欣也さんが、柳生但馬守宗矩を芦田伸介さんが、柳生兵庫助利厳を天知茂さんが、柳生又十郎宗冬を堤大二郎さんが演じておられました。現在いまから想えば、かなり役者魂の濃い配役でしたよね、良き時代でした!)

― ◇ ◇ ◇ ―

※(参照)新春時代劇ワイド「国盗り物語」
※(参照)新春ワイド時代劇「忠臣蔵 瑤泉院の陰謀」
※(参照)新春ワイド時代劇「徳川風雲録」
※(参照)新春ワイド時代劇「寧々〜おんな太閤記」


 

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「天皇の料理番」

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懐かしい番組を再び観る事ができます。

それは「天皇の料理番」という作品で、昭和55年(1980)10月から翌56年(1981)3月まで全19話がTBS系列で放送された作品です。

宮内省大膳職主厨司長(総料理長の事、現在では宮内庁管理部大膳課主厨長をさす)を務めた秋山徳蔵氏の青年期から主厨司長になるまでを描いた作品となっています。

※(参照)秋山徳蔵氏の略歴
明治21年(1888)、福井県南条郡武生町(現・越前市)で料理屋を営む高森家の二男として生まれ、明治37年(1904)、華族会館料理部に就職。以降、同38年(1905)、精養軒料理部に就職、同40年(1907)、三田東洋軒料理部に就職などを経て、同42年(1909)、本格的な西洋料理修行のため渡欧。まず、ベルリンのホテルアドロン料理部へ就職。翌43年(1910)、パリに渡航し、在仏日本大使館付きの安達峰一郎参事官の推薦で、ホテルマゼスチィック料理部、次いで同45年(1912)にはレストランカッフェドパリ料理部に就職。帰国後、大正2年(1913)東京倶楽部料理部長に就職。同年6月、『仏蘭西料理全書』を刊行。同年7月、秋山俊子と結婚し、秋山篤蔵と名乗る。同年10月、宮内省大膳寮に就職。同年12月、厨司長に就任。同6年(1917)、宮内省大膳寮主厨司長となって以降、大正、昭和の2代にわたって天皇家の食事、両天皇即位御大礼の賜宴、宮中の調理を総括。昭和47年(1972)に辞任するまで、「天皇の料理番」と通称された。同48年(1973)、正四位、勲三等瑞宝章授賞。翌49年(1974)没、享年86歳。


(あらすじ)
明治36年(1903)、場所ところは福井県南条郡武生町(現・越前市)。旧家の次男坊として生まれた少年・秋山篤蔵(堺正章さん)は10歳の時に禅寺に入門していました。

或る日、禅寺の和尚の御供として鯖江の連隊(→鯖江だから陸軍歩兵第36連隊ですよね?)へ出かけた時の事。将校の集会場辺りから漂う香ばしい匂いが篤蔵の鼻先をとらえました。

今まで嗅いだ事もない素晴らしい匂いの元を料理担当の田辺伍長(目黒祐樹さん)に訊ねる篤蔵。それは「カツレツ」という西洋料理だったのでした。篤蔵は一口御馳走になり、余りの美味しさに驚きの声をあげる。そして、この出来事以来、篤蔵の西洋料理への憧れが大きくなっていきます…

東京へ出て、料理の勉強をしたいと願う篤蔵ですが、両親はそれを許しません。その上、トシ子(檀ふみさん)と否応なく見合いをさせられ、強引に祝言を挙げさせられてしまいます。所帯を持った篤蔵は、初めは大人しかったものの、その胸の内には「東京に出て、一流の料理人になる」という夢が膨らみ続けるのです。

そして到頭とうとう17歳の時、篤蔵はトシ子を1人残し夜逃げ同然の形で上京を果たすのです。時に、明治37年(1904)5月の事でした―

東京に上京した篤蔵は、西洋料理の道を只管ひたすら究めようと努力し、幾つかの名店で修行を積んだ後、フランスへ修行に赴きます。

本場フランスに渡った篤蔵ですが、最初は見習いからスタートし、その腕をどんどん蓄えて伸し上がり、やがてシェフにまで上り詰めます。

そんな折、天皇ために料理を作らないかと日本大使館から誘われた篤蔵は、フランスでの修行を終え、宮内省内での料理人としての人生が始まります。

そして、60年余りもの長きにわたり皇室の、いや天皇のために料理を作り続けていった…

ってな感じ!

(主な出演者)
  • 秋山篤蔵…堺正章さん

  • 篤蔵の妻、トシ子…檀ふみさん


  • 高村新太郎…鹿賀丈史さん

  • 新太郎の妻、フランソワーズ…セーラさん

  • 山本辰吉…明石家さんまさん

  • 辰吉の先妻、キミ子…田中裕子さん

  • 辰吉の後妻、みつ…朝加真由美さん


  • 篤蔵の父、周蔵…織本順吉さん

  • 篤蔵の母、お初…三條美紀さん

  • 篤蔵の兄、周一郎…近藤正臣さん


  • キミ子の父、松五郎…高城淳一さん

  • キミ子の母、あき…野村昭子さん


  • 新太郎の父、久次郎…小池栄さん

  • 新太郎の母、さよ…久松夕子さん


  • 田辺伍長…目黒祐樹さん

  • 倉橋八千代…山口いづみさん


  • トシ子の再婚相手、坂口勝五郎…山田パンダさん


  • 仙之助…穂積隆信さん

  • 梅…服部まこさん


  • 桐塚弁護士…柳生博さん

  • 華族会館グラン・シェフ(総料理長)、宇佐美…財津一郎さん

  • 華族会館シェフ、荒木…志賀勝さん


  • 在仏日本大使館参事官、安達峰一郎…平幹二郎さん

  • 在仏日本大使館事務官…東野英心さん


  • 精養軒シェフ、前田…木村元さん


  • 宮内省事務官、浅井…佐原健二さん

  • 宮内省大膳寮大膳頭、福羽逸人…鈴木瑞穂さん

  • 宮内省侍従、松平慶民…久米明さん

  • 宮内省事務次官…滝田裕介さん

  • 池田菊苗…穂高稔さん


  • 昭和天皇…中村芝雀さん


  • 語り…渥美清さん
(各話のサブタイトル)
  1. カツレツと二百三高地

  2. 夜汽車とコック帽

  3. じゃがいもと別離

  4. スープと紙風船

  5. オムレツと堪忍袋

  6. アイスフライと誘惑

  7. 爆弾とスペシャル・ディナー

  8. おかゆとジゴマ

  9. 熱い涙と大福餅

  10. フランスパンと娼婦

  11. 恋とゲテモノ料理

  12. 水飴とかけがえのない女

  13. すっぽんスープと短刀

  14. 紅マスと砲弾

  15. おでんと帰らざる時

  16. シャンパンと関東大震災

  17. ザリガニと天皇の料理番

  18. 蛙のフライと見果てぬ夢

  19. カツレツとパリ祭
― ◇ ◇ ◇ ―

実に懐かしい!ほぼ30年ぶりですしね…

実は、初めて鹿賀丈史さんという俳優さんの存在を知ったのがこの作品でした。

また、志賀勝さんの役どころは、料理の種類こそ違え、「前略おふくろ様」を想い出してしまっちゃいますよ(笑)

ドラマの見処としては、西洋料理のシェフを志す篤蔵の奮闘ぶり、そしてそれを見守る妻・トシ子との夫婦愛を軸に、様々な人々との出会いや別れに注目ですよ!

そうそう、番組のEDテーマだった堺正章さんが唄う「遥かなるレディー・リー」も良い曲です。たまにカラオケで唄ったりするんですよ!

CSのTBSチャンネルにて、あの再び感動を味わいたいと思います。


 

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NHK大河ドラマ「江〜姫たちの戦国〜」

再来年の平成23年(2011)のNHK大河ドラマ、実に記念すべき第50作目となる作品にごう〜姫たちの戦国〜」が決定しました。

主人公のごうとは織田信長の妹で浅井長政の正室・小谷の方(お市)の三女で、のちに徳川幕府第2代将軍となる徳川秀忠の正室となり、豊臣秀頼の正室となった千姫や第3代将軍となった家光後水尾天皇中宮となった和子(東福門院)の生母にあたります。主な配役として、

  • お江(のち崇源院)=上野樹里さん


  • 茶々(のち淀殿)=宮沢りえさん

  • お初(のち常高院)=水川あさみ


  • お市(小谷の方)=鈴木保奈美さん

  • 京極龍子(松の丸殿)=鈴木砂羽さん

  • 細川玉(ガラシャ)=ミムラさん


  • 浅井長政=時任三郎さん

  • …「炎立つ」(平成5年7月〜6年3月:1993〜1994)武蔵坊弁慶役、以来の大河出演ですね!

  • 豊臣秀長(羽柴小一郎)=袴田吉彦さん

  • 豊臣秀次(羽柴孫七郎)=北村有起哉さん

  • 黒田官兵衛(如水)=柴俊夫さん

  • …「草燃える」(昭和54年:1979)三浦胤義役、「春の波濤」(昭和60年:1985)三浦又吉役、「信長 KING OF ZIPANGU」(平成4年:1992)滝川一益役、「徳川慶喜」(平成10年:1998)寺岡勘十郎役、以来の大河出演ですね!

  • 前田利家=和田啓作さん


  • 石田三成(佐吉)=萩原聖人さん

  • 大谷吉継=鈴木一真さん


  • 京極高次(松の丸殿の弟、初の夫)=斎藤工さん

  • 織田信包=小林隆さん


  • 柴田勝家=大地康雄さん

  • …「太平記」(平成3年:1991)一色右馬介役、以来の大河出演ですね!

  • 明智光秀=市村正親さん


  • 森成利(乱丸)=瀬戸康史さん

  • 森長隆(乱丸の弟、坊丸)=染谷将太さん

  • 森長氏(乱丸の弟、力丸)=阪本奨悟さん


  • 佐治一成=平岳大さん

  • …「篤姫」(平成20年:2008)徳川慶喜役、以来の大河出演ですね!

  • 徳川秀忠=向井理さん


  • なか(豊大政所)=奈良岡朋子さん

  • …「花の生涯」(昭和38年:1963)おせい役、「天と地と」(昭和44年:1969)上杉定実の妻役、「春の坂道」(昭和46年:1971)北政所役、「風と雲と虹と」(昭和51年:1976)貴子の乳母役、以来の大河出演ですね!

  • おね(豊北政所)=大竹しのぶさん

  • …「花神」(昭和52年:1977)お里役、「獅子の時代」(昭和55年:1980)平沼(苅谷)千代役、「徳川家康」(昭和58年:1983)於大の方・伝通院役、「元禄繚乱」(平成11年:1999)大石りく役、以来の大河出演ですね!

  • 足利義昭=和泉元彌さん

  • …「北条時宗」(平成13年:2001)北条時宗役、以来の大河出演ですね!
  • 千宗易(利休)=石坂浩二さん

  • …「花の生涯」(昭和38年:1963)「赤穂浪士」、(昭和39年:1964)、「太閤記」(昭和40年:1965)石田三成役、「天と地と」(昭和44年:1969)上杉謙信役、「元禄太平記」(昭和50年:1975)柳沢吉保役、「草燃える」(昭和54年:1979)源頼朝役、「徳川家康」(昭和58年:1983)納屋蕉庵役、「八代将軍吉宗」(平成7年:1995)間部詮房役、「元禄繚乱」(平成11年:1999)吉良義央役、「新選組!」(平成16年:2004)佐久間象山役、以来の大河出演ですね!
  • 豊臣秀吉(羽柴藤吉郎)=岸谷五朗さん

  • …「琉球の風」(平成6年:1994)徳川秀忠役、以来の大河出演ですね!
  • 徳川家康=北大路欣也さん

  • …「竜馬がゆく」(昭和43年:1968)坂本竜馬役、「樅ノ木は残った」(昭和45年:1970)酒井忠清役、「新・平家物語」(昭和47年:1972)以仁王役、「独眼竜政宗」(昭和62年:1987)伊達輝宗役、「北条時宗」(平成13年:2001)謝国明役、「篤姫」(平成20年:2008)勝海舟役、以来の大河出演ですね!
  • 織田信長=豊川悦司さん

  • …「太平記」(平成3年:1991)吉次役、「炎立つ」(平成5年:1993)清原家衡役、以来の大河出演ですね!

各話タイトルは、
  1. 湖国の姫

  2. 父の仇

  3. 信長の秘密

  4. 本能寺へ

  5. 本能寺の変

  6. 光秀の天下

  7. 母の再婚

  8. 初めての父

  9. 義父(ちち)の涙

  10. わかれ

  11. 猿の人質

  12. 茶々の反乱

  13. 花嫁の決意

  14. 離縁せよ

  15. 猿の正体

  16. 関白秀吉

  17. 家康の花嫁

  18. 恋しくて

  19. 初の縁談

  20. 茶々の恋

  21. 豊臣の妻

  22. 父母の肖像

  23. 人質秀忠

  24. 利休切腹

  25. 愛の嵐

  26. 母になる時

  27. 秀勝の遺言

  28. 秀忠に嫁げ

  29. 最悪の夫

  30. 愛しき人よ

  31. 秀吉死す

  32. 江戸の鬼

  33. 徳川の嫁

  34. 姫の十字架

  35. 幻の関ヶ原

  36. 男の覚悟

  37. 千姫の婚礼

  38. 最強の乳母

  39. 運命の対面

  40. 親の心

  41. 姉妹激突!

  42. 大坂冬の陣

  43. 淀、散る

  44. 江戸城騒乱

  45. 息子よ

  46. 希望(最終話)
となっています。

脚本は「篤姫」(平成20年=2008)を手掛けた田渕久美子さんによるオリジナルだそうですよ。

― ◇ ◇ ◇ ―

NHKさんは何匹、どじょうを拾うつもりなのでしょう?―まぁ、田渕久美子さんって事なので「篤姫」路線なのはまる分かりですなんがね(泣)

また戦国、また織田・豊臣・徳川、またも女性目線がターゲット?そういう風潮が続く世情だし仕方ないけど…

所詮は、歴史など全く理解のない田渕久美子さんが創る創作劇に収まりそうなので、個人的には今回も視聴はするけど、録画するほどの貴重価値はない、と感じています。

個人的に感じるのは、(鈴木保奈美さんが出演されるからって訳じゃないけど…笑)昔あった大映ドラマ「おんな風林火山」っぽいシチュエーションな予感が!(笑)

最近、韓流の時代劇モノを観てるせいか、もっと広い視野(時代や人物)を考え付かないのかな?

かと言って、この時代を専攻している私としては、ドラマに便乗しての書籍の出版刊行、新史料等の発見・発表に期待度は大きいです!(笑)

― ◇ ◇ ◇ ―

個人的な期待としては、ごうと2番目の夫・豊臣秀勝(小吉)との間に生まれた娘・豊臣完子さだこの存在をどう描いてくれるかな?ってトコですかね。

この完子さだこ淀殿の猶子として養育(『慶長日件録』)され、後に五摂家九条忠栄(後の幸家)の正室となります。

豊臣秀頼の娘である天秀尼が正保2年(1645)に入寂し、嫡流は断絶。更に、この完子さだこが万治元年(1658)に薨去した事で傍流も途絶える事になります。

昔、この完子さだこをメインに扱った修士論文を見つけた事があったのですが、記録するのを忘れちゃって…(笑)

ps.
そうそう、余談ですが、三姉妹の長女である茶々ですが、いまだに「淀君」って差別用語で呼称されていますね。

ましてや、「淀殿」という呼称にしても、正式名称である「大坂殿」とか「二の丸殿」って感じに歴史考証して欲しいんですけどね。(この点、時代考証の先生方がいくら史実の絶対性を叫ぼうとも、ドラマの展開の面白さ重視のみしか考えない制作スタッフからすれば無視され続けるのでしょうけど…)

― ◇ ◇ ◇ ―

※(関連)特別企画「浅井三代と三姉妹―大河ドラマ「江〜姫たちの戦国〜」の登場人物とその生き様を知る展覧会―」テーマ展「謎の秀吉子息たち〜三人の秀勝〜」展→
※(関連)浅井長政とお市の結婚時期→


   

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NHK金曜時代劇「寺子屋ゆめ指南」

CSの時代劇専門チャンネル「寺子屋ゆめ指南」の放送が始まりました。

平成9年(1997)9月から翌10年(1998)3月までNHK総合で金曜時代劇枠で全24話放送された作品で、江戸時代の後期、寺子屋の師匠を引き受ける事になってしまった旗本の次男坊が、生徒たちとぶつかりながらも互いに成長していく“学園ドラマ”チックな時代劇です。

主な配役には、

  • 寺子屋の師匠、泉水道場の師範代、桂木正二郎=高橋和也さん

  • 正二郎の幼馴染み、同心、森川源之助=東幹久さん

  • 正二郎の幼馴染み、公人くにん朝夕人ちょうじゃくにん、宍倉兵之進=畠中洋さん

  • 又十郎の娘、泉水美雪=西田尚美さん


  • 正二郎の兄、桂木新一郎=伊藤洋三郎さん

  • 正二郎の義姉、里織=吉宮君子さん

  • 髪結い、徳次=中条きよしさん

  • 徳次の女房、お吉=小林幸子さん

  • 桔梗屋の女将・おりん=美保純さん

  • 正二郎の乳母、卯女うめ=中村玉緒さん

  • 道場の師範、美雪の父、泉水又十郎=千葉真一さん

  • 蘭方医で寺子屋「白雲堂」の経営者、良庵=愛川欽也さん


  • 小助=伊藤隆大さん

  • お絹の弟、仁吉=中倉健太郎さん

  • お末=須藤美咲さん

  • 伝蔵=車邦秀さん

  • 留吉=明石亮太朗さん

  • お菊=上脇結友さん

  • 弥吉=清水佑樹さん

  • おたね=末広ゆいさん

  • 政太郎=山田一統さん

  • お咲=井上真央さん

  • 庄助=湯前慶大さん

  • お京=西秋愛菜さん

  • 平太=高村祐穀さん

  • お駒=石川由佳子さん

  • 清吉=小川一樹さん

  • お染=大野美苑さん

  • 健吾=西谷有統さん

  • お絹=清野優美さん


  • 松丸=青柳翔さん


  • お咲の父、清兵衛=三遊亭楽太郎さん

  • 伊佐次=堤大二郎さん

  • 平太の父・辰三=徳井優さん

  • 平太の母・お豊=広岡由里子さん

  • お京の母・お勢=花井紫さん

  • 健吾の父、市次郎=大橋吾郎さん

  • 小助の父、玄朴=鴈龍太郎さん


  • 又十郎を父の仇と恨む、垣内志乃=真瀬樹里さん
各話タイトルは以下のとおり―
  1. お師匠様がやってきた

  2. 将軍のおしっこ

  3. 道場破り

  4. 留吉がみていた?

  5. めだかの手習い

  6. 居残り正二郎

  7. なみだ雨

  8. 兄の背中

  9. 美雪の縁談

  10. いじめっ子

  11. 侍にっぽん

  12. 女剣士と女盗賊

  13. 寺子屋やめます

  14. 大晦日(おおつごもり)の人質

  15. 正二郎と二人の母

  16. はぐれもの

  17. 北斎まんが

  18. 果たし合い

  19. 巣立ち

  20. いちばん大切な人

  21. ほつれた夫婦

  22. 時の壺

  23. 又十郎最期

  24. 夢まっしぐら
― ◇ ◇ ◇ ―

この作品で印象的だったのは、やはり桂木正二郎役の高橋和也さんでしょうね。元男闘呼おとこのメンバーでしたが、この「寺子屋ゆめ指南」が初の時代劇出演でしたからね。

現在では、韓流ドラマ「オールイン 運命の愛」でのイ・ビョンホンさんの声の吹き替えなどが有名ですね。

他に、宍倉兵之進役の畠中洋さんもNHKの時代劇初出演ですね。この後のNHK大河ドラマ「徳川慶喜」での松平容保役もすごく印象に残ってます。

さらに、泉水又十郎役の千葉真一さんもこれがNHK時代劇初出演だったんですよね。しかも、娘さんの真瀬樹里さんが垣内志乃役で親子共演なされていますし…(確か、NHK大河ドラマ「風林火山」でも共演されましたね…)

それ以外で注目なのは、お咲役の井上真央さんもそうなんですが、僕にとってはお菊役の上脇結友さんですね。

ちょうど同じ時期に放送していた「ぽっかぽか」での田所あすかちゃん役で好感持ってましたからねぇー。
あすかちゃんと同時期に同じ年頃の役どころなので、イメージがかぶっちゃって…(笑)

ドラマのエンディングに流れる五木ひろしさんが唄う「雑草」も耳に残るテーマソングですね(…しかも、作曲が永井龍雲さんなので余計に良いんですよね。


主題歌:五木ひろしさん「雑草」(1番の歌詞のみ!)
♪空の青さに
 叶うような
 一途な心で
 いたかった

 誰かのために
 できることを
 自分の夢に
 したかった

 つまずいた石さえ
 拾ってやれる
 大きな手しか
 ないけれど…

 笑わば笑え 笑えばいい
 どんな道に咲く 雑草でもいい
 ふりむかないで ふりむかないで
 まっすぐ空に 手をかざし♪
― ◇ ◇ ◇ ―

さて、正二郎たちが活躍した時代は江戸時代のどの辺りだったのでしょう?

確証できるシーンとして、

第1話おける「文化・文政の頃」という台詞
第22話における「シーボルト事件」
が挙げられるでしょう。

先ず、「文化・文政の頃」と言えば、西暦で言うと1804〜1830年。源之助が言っていたロシアの船がしきりにどうこう…というのは主立って、文化元年〜2年(1804〜05)のロザノフの長崎来航や文化8年〜10年(1808〜1)にかけての「ゴローニン事件」を指すと思われます。

しかし、「シーボルト事件」が状況を更に狭めてくれます―

小助の父であり、良庵の弟子でもある玄朴が、文政11年(1828)9月から10月にかけて発覚した「シーボルト事件」に巻き込まれちゃんですね。

そう考えると、文政11年(1828)頃ってのが妥当かな?

― ◇ ◇ ◇ ―

ラスト、正二郎は長崎に向けて勉学の修行に旅立ちます。その先には前途洋々な夢が―って感じでエンディング。

まさに、福沢諭吉の言葉ではないけど、「ペンは剣よりも強し!」って時代が明けようとしてくるのです。

ところが…

いざ現実的な話ですが、蘭学を志す人たちは大いなる試練が訪れます。

前述した「シーボルト事件」(文政11年=1828)以降、「蛮社の獄」(天保10年=1839)という言論弾圧があり、ついには「蘭書翻訳取締令」が嘉永2年(1849)が幕府から発令されます。

ましてや…

開国の途が拓くと同時に、時代は洋学へと移り変わっていくのです…


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NHK金曜時代劇「十時半睡事件帖」

十時半睡事件帖

現在、CSの時代劇専門チャンネルにて放送中の十時ととき半睡事件帖」についていささか―

この「十時半睡事件帖」はNHK総合で平成6年(1994)9月から同7年(1995)3月まで「金曜時代劇」の枠内で全23回放送された作品です。

白石一郎氏の原作で、江戸時代後期の筑前黒田藩において要職を歴任し、一度は致仕(=隠居)するも、糟糠の妻の死後、総目付として思いがけず再出仕を命ぜられた十時半睡が藩内で起こった様々な事件に対して、その老練で味わいのある対処を施す―というストーリーです。

主な配役陣として、

  • 黒田藩総目付、十時半睡(一右衛門)=島田正吾さん


  • ・現在、65歳。
    ・80石御馬廻組の家に生まれるが、寺社奉行、郡奉行、勘定奉行、町奉行、大目付などあらゆる要職を歴任。禄高は600石を最高としてそれ以上は受けなかった。
    ・致仕した際、家禄のうち400石を返上し、残り200石を嗣子の弥七郎に譲っている。(御馬廻組の平均禄高が200石だから…らしい)
    ・62歳で隠居後は“半分眠って暮らす”という洒落っ気から「半睡」と号した。
    ・隠居した翌年(63歳の時)妻に先立たれる。
    ・直後 藩内の職制改革に伴い、再出仕を命ぜられ総目付となる。

  • 飛脚問屋・井筒屋の女将、多喜=池内淳子さん

  • 十時家の下僕、八助=坊屋三郎さん

  • 十人目付筆頭、松原藤十郎=河原崎長一郎さん

  • 十人目付、竹田新之助=内野聖陽さん

  • 半睡の遠縁の姪、矢田部絹=羽野晶紀さん

  • 十人目付、寺田勘右衛門=伊藤高さん

  • 黒田藩中老、立花平左衛門=小松方正さん


― ◇ ◇ ◇ ―

さて、「十時」という苗字からイメージが浮かぶのが、戦国時代立花道雪に所縁のあった人たちです。

例えば、“道雪四天王”の1人、十時摂津守連貞つれさだという人物。

この連貞はその後、道雪の養嗣子・宗茂にも仕える訳ですが、関ヶ原の合戦の論功行賞で所領没収となって柳川を離れて以降も、陸奥棚倉、そして筑後柳川に復帰するまでの浪人中においても、大坂の陣では大坂衆(豊臣方)の誘いを頑なに拒み通し、主君への節を曲げなかった人物として知られています。しかも、復帰し家老になって後、81歳で島原の乱に出陣しておられるってのは、まさに猛将ですよね。

「十時氏」は豊後国大野荘(大分県豊後大野市北部)にあって、土着の「豊後大神おおが氏」の流れを汲む氏族にようで、源平争乱で西国に進出してきた中原氏(のち大友氏)らにより勢力圏を圧迫され、その支配下に吸収されます。

戦国末期、その大友氏立花氏も改易されると、新たに進出してきた黒田氏に請われた「十時氏」の一族もいるようで、筑前黒田藩の家臣として仕官していた事になりますね。

― ◇ ◇ ◇ ―

各話のタイトルは、

  1. 丁半ざむらい

  2. 逃げる女


  3. かんなざむらい

  4. 妖しい月

  5. 合わせて一つ

  6. 人形妻

  7. 走る男

  8. 人まね鳥

  9. 奉行たちの宴

  10. 観音妖女

  11. 千本旗

  12. 閉門志願

  13. 庖丁ざむらい

  14. 楽しい男

  15. 女たらし

  16. さむらい志願

  17. 犬を飼う武士

  18. 勘当むすこ

  19. 鴫と蛤は漁師がとる

  20. 島定番

  21. 奇妙な仇討ち

  22. 老乃夢恋道行

― ◇ ◇ ◇ ―

次に、ちょこっと分かる範囲で、活躍中の十時半睡さんの時代背景を考えてみました。

まず、第2話「逃げる女」で目安箱に投書された書状を総目付・十時半睡さん以下、十人目付の方々が目を通す、というシーン―

筑前黒田藩目安箱が設置されたのが享保18年(1733)の事。

続いて、第3話「刀」で、登場した筑前黒田藩中老立花平左衛門の存在から―

この立花平左衛門という人物は、筑前黒田藩で代々、家老職を受け継いだ家柄とか…

とある史料を発見!―文化12年(1815)10月、立花平左衛門さんが吉田六郎太夫という人物に

私儀当冬江戸御留守詰被仰付候処、世帯向不覚悟之次第ニテ、於爰許旅用金難相整、…(中略)…依之奉恐入候得共、当時金子四百両拝借之儀、奉願候
と借金の申入れをしています。その時の借金申入書の記載の中に

同歳十月廿九日、立花平左衛門(中老)…(中略)…対談致セシ処
との記載ありました。(『立花平左衛門横折』)

ここでいう、立花平左衛門(中老)どうやら、は立花増毘ますひでという人物が該当します。

以上の点から、

目安箱が設置された享保18年(1733)以降で、
立花平左衛門が隠居している文化12年(1815)10月まで
十時半睡さんが活躍している時代かな!?と思うのですが、いかがなもんでしょうね!

白石一郎氏の『十時半睡事件帖』シリーズですが、文庫本として

  1. 『庖丁ざむらい』

  2. 『観音妖女』

  3. 『刀』

  4. 『犬を飼う武士』

  5. 『出世長屋』

  6. 『おんな舟』

  7. 『東海道をゆく』


の7作品が出版されています。


  
  

posted by 御堂 at 23:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史:ドラマ

「殿さま風来坊隠れ旅」


CSの時代劇専門チャンネルにおいて「殿さま風来坊隠れ旅」が放送されます。(時代劇専門チャンネルでは2度目の放送となるので、同チャンネルではあと残り1回の放送で見納め!ですね)

この作品はテレビ朝日系列で平成6年(1994)4月から10月まで全21話放送されました。

徳川幕府第10代将軍徳川家治、そして側用人老中田沼意次の御代。次代将軍にとの呼び声が高い紀州大納言・徳川治貞尾張大納言・徳川宗睦むねちかが、互いに将軍の座を嫌い藩邸から抜け出し、それぞれ町の人の暮らしを実体験するための旅に出ます。

2人は往く先々で、はびこる悪人たちを成敗します。悪役を成敗する際、鷹の鋭い鳴き声が響き、破邪顕正の鏑矢が突き刺ると、2人が登場!

最初は普段の格好だが、いざ成敗となると、衣を脱ぎ捨て、

「紀州大納言・徳川治貞、参上!」「尾張大納言・徳川宗睦、見参!」

決め台詞を言って大変身!殺陣シーンでは悪人どもをばっさばっさとぶった斬ります。

成敗した後には、鷹の羽が残され、2人の噂を聞きつけて駈け付けた甚左鶴姫が途方に暮れる…

といったお決まりでエンディングロール―ってな感じなのですが…

◇主な配役陣

  • 紀州・徳川治貞(春田治之進)=三田村邦彦さん

  • 尾張・徳川宗睦(尾張屋宗太郎)=西岡徳馬さん


  • 村垣市蔵(家治の命を受け、2人を助ける公儀隠密)=京本政樹さん

  • 安藤甚左衛門(紀州藩江戸留守居役)=神山繁さん


  • お京(板東松之丞一座の役者)=岡本夏生さん

  • 坂東染吉(板東松之丞一座の役者)=石井洋祐さん

  • 平賀源内=火野正平さん


  • 鶴姫(宗睦の妹)=五十嵐いづみさん


  • 田沼意次=遠藤太津朗さん

  • 田沼意知=原田大二郎さん

  • 松平定信=ひかる一平さん


  • 水戸・徳川治保はるもり=深江卓次さん

  • 清姫(治保の妹)=松本友里さん


  • 徳川家治=仲谷昇さん


◇各話タイトル

  1. 青年藩主失踪!!次期将軍の座を捨て、混乱の市中へ!田沼悪政に正義の鷹が翔ぶ!

  2. 命も売ります!?大名行列あと始末

  3. 仇討ち大好き!殿、ご乱心

  4. 日本一の殿様宣言

  5. 泣き虫男の超激安戦争!

  6. おらんだ遊女の夢

  7. あやしい街 乙女の涙

  8. 治之進、一世一代の恋

  9. 世にも高貴な用心棒!

  10. 闇を走る鉄仮面!

  11. 渡る世間は泥棒ばかり

  12. 二人の夫を持つ女

  13. 魔神の山!黄金の裸女

  14. 女剣豪・赤頭巾ちゃんの冒険

  15. 初恋探し・宗太郎おんな道中

  16. お京が怒った!天晴れ仇討ち

  17. わがままナマイキ松平定信

  18. 女を捨てた!?天才女医

  19. 惚れたらダメよ・極道のお姫様

  20. 消えた大名行列!?

  21. 次期将軍は誰!?御三家女の乱(最終回)




― ◇ ◇ ◇ ―

この「殿さま風来坊隠れ旅」ですが、元ネタがあります。

それは東映の時代劇作品で、

・「殿さま弥次喜多 怪談道中」(昭和33年=1958)
・「殿さま弥次喜多 捕物道中」(昭和34年=1959)
・「殿さま弥次喜多」(昭和35年=1960)

の三部作がそうです。

尾張の殿様・徳川宗長を中村錦之助(のち萬屋錦之助)さんが、紀州の殿様・徳川義直には中村賀津雄さんを演じられ、2人が東海道五十三次を珍道中するといった内容。

京都に住んでいると、KBS京都で嘗ての東映時代劇を観る機会も多々あるわけですが、この作品については観た事がありません。

観られる機会があれば、チェックしなきゃ!(そう考えたら、東映作品のリメイク候補っていっぱいあるもんですよね…)

― ◇ ◇ ◇ ―

正直、この「殿さま風来坊隠れ旅」という作品で徳川治貞徳川宗睦という人物を初めて知りました。

治貞の方は、紀州宗家の分家筋にあたる伊予西条藩の出自で初めは頼淳よりあつと称していたのですね。しかし、紀州宗家の当主・重倫が素行不良で早々に隠居させられた事もあり、重倫の実子・治宝はるとみへの中継ぎとして紀州宗家を相続します。

治貞が藩主になった頃の紀州宗家吉宗が藩主だった頃よりも財政が窮しており、そのため治貞は質素倹約に勤しみます。

治貞が亡くなる頃には財政も安定し、多額の蓄えも有しますが、その財力を背景に大奥とパイプを通じ、幕末期には“南紀派”と呼ばれる勢力を形成してゆくのです。

一方、宗睦は、こちらは宗春の代の景気の悪化&財政赤字の煽りをまともに食らった藩主さんで、結局は鳴かず飛ばずの改革状況、財政赤字は解消されないまま、次の代に移ってしまいという不遇な人だったりします。

しかも、宗睦の実子は全て早世、さらに尾張宗家の分家筋の美濃高須藩からの養子も早世、という事で尾張宗家一橋家から来た養子が相続します。

つまり、宗睦をもって徳川義直以来続いた尾張宗家の血筋は絶えてしまします。そういう意味では、宗睦は公私ともに不遇な人といえるでしょうね。

posted by 御堂 at 03:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史:ドラマ

NHK大河ドラマ「花神」第19話「上海みやげ」

NHK大河ドラマ「花神」はNHK総合で昭和52年(1977)1月2日〜12月25日に放送された第15作目の大河ドラマ作品です。

司馬遼太郎氏の作品のうち、『花神』『世に棲む日日』『伊達の黒船』(『酔って候』所収)、『十一番目の志士』『峠』の5作品をベースに脚本化されたものです。

主人公には村田蔵六を添え、幕末・維新期長州人の群像劇といえましょうか―

現存するソフトとしては、総集編のVHS版5本と、

  1. 第1回 革命幻想

  2. 第2回 攘夷の嵐
  3. 第3回 崩れゆく長州

  4. 第4回 徳川を討て

  5. 最終回 維新回天
同じく総集編のDVD版4枚組、
  1. 第1回 革命幻想

  2. 第2回 攘夷の嵐/第3回 崩れゆく長州

  3. 第4回 徳川を討て

  4. 最終回 維新回天
単発で第19回の「上海みやげ」の回が現存しているとの事。

VHS版については、発売して間もなく、直ぐ様購入し、DVD版については、ちょっと悩みましたが購入し揃えました。(実は、VHS版とDVD版とではパッケージに使用されている写真が全く違っていたので、今となっては購入して正解かな!と思ってます…)

※その後、第24回の「奇兵隊」と第39回の「周防の人々」の映像が新たに発掘されたようです。

実は、この「花神」から大河ドラマを観始めたのですが、高杉晋作が死去する回「晋作の死」以降からなんですよね。

んで、年が明けた昭和53年(1978)3月に総集編(全5回)があった際、その第4回「徳川を討て!」と最終回「維新回天」をカセットテープで録音し、後でそれを聞いてセリフなどをノートに書き写していた訳です。

※(参照)→すべてはこの時から―昭和52年!

私と同世代の皆さんって、やはりビデオとか録画できる機材がなかった時代(しかも再放送も期待できなかった時代…)を経験している方々が殆んどでしょうから、視聴した作品のその一瞬を無駄にすまいと考えていた事もあり、より深く、鮮明に記憶している方が多いようですね。(のちに同じ様に長州好きな方と話している時に感じられました!)

― ◇ ◇ ◇ ―

さて、4月にCSの時代劇専門チャンネルにて「大河ドラマアーカイブス」と題して企画されたシリーズの中でで、この「花神」第19回「上海みやげ」が放送されたのです。

※(参照)→NHK大河ドラマ「花の生涯」

OPが始まり、総集編と違う所は、タイトルバックが総集編の様に絵巻物ロールではないところ…このOPテーマは携帯の待ち受けに使用している程愛着があるので、心地良さが走ります。

この「上海みやげ」の回は、ちょうど『世に棲む日日』第2巻のラスト「上海みやげ」から脚色したものと思われますが、晋作がちょうど藩命で上海に渡航中な時期から始まります。

この上海での晋作の体験が後々の長州藩の進路をきめる事になります。

その頃、国内においては長井雅楽航海遠路策から即今攘夷に方向転換した時期と相俟って…

やがて晋作は帰国して同志たちと即今攘夷を実践せんと品川の土蔵相模でその時期を狙っている…

というのが、大筋です。

今回視聴してみて、改めて確信した事があります―

この「花神」で使用された音楽って、後のNHK水曜時代劇「真田太平記」で使用された音楽とある部分一緒かも?って事!(音楽だけ取ってみて「花神」の映像シーンをイメージできる方は、一度「真田太平記」でチェックしてみてください!)

但し、注意すべきは、こうして再放送なり、復刻なりで、私達は今現在、作品をこうして視聴できる訳ですが、一番注意しなければいけないのは、この映像なり、技術が当時(昭和52年放送当時)として最高の水準なのだから、視聴するこちら側も当時の気分で観る事が肝心ですね。

第19回「上海みやげ」の出演者テロップは以下の通り(登場順)―
  • 村田蔵六(大村益次郎)=中村梅之助さん

  • 高杉晋作(谷潜蔵)=中村雅俊さん

  • 桂小五郎(木戸孝允)=米倉斉加年さん

  • 緒方八重(洪庵の妻)=阪口美奈子さん

  • 粟屋菊絵=范文雀さん

  • 雅(晋作の妻)=岡江久美子さん

  • 赤根武人=溝口舜亮さん

  • 寺島忠三郎=池田秀一さん

  • 久坂義助(玄瑞)=志垣太郎さん

  • 天堂晋助=田中健さん

  • 井上聞多(馨)=東野英心さん

  • 五代才助(友厚)=桐原史雄さん

  • 中牟田倉之助=原康義さん

  • 有吉熊次郎=西条満さん

  • 品川弥二郎=荒川保男さん

  • 堀真五郎=千葉宏さん

  • 白井小助=平島正一さん

  • 長嶺内蔵太=村上正次さん

  • 毛利敬親=金田龍之介さん

  • 緒方洪庵=宇野重吉さん
他の競演された方々の中でも、印象深かったのが
  • お琴(蔵六の妻)=加賀まりこさん

  • 楠本イネ(蔵六を慕う)=浅丘ルリ子さん

  • おうの(谷梅処尼)=秋吉久美子さん

  • 野村望東尼=草笛光子さん

  • 幾松(木戸松子)=波乃久里子さん

  • お竜=島本須美さん

  • 吉田寅次郎(松陰)=篠田三郎さん

  • 周布政之助=田村高廣さん

  • 入江九一=今村民路(藤川矢之輔)さん

  • 伊藤俊輔(博文)=尾藤イサオさん

  • 山県狂介(有朋)=西田敏行さん

  • 時山直八=松平健さん

  • 寺島秋介=森次晃嗣さん

  • 御堀耕助=堀勝之祐さん

  • 槇村正直=池田鴻さん

  • 金子重之助=岡本信人さん

  • 神代直人=石橋蓮司さん

  • 白石正一郎=瑳川哲朗さん


  • 伊達宗城=大木実さん

  • 嘉蔵(前原巧山)=愛川欽也さん

  • 白石正一郎=瑳川哲朗さん

  • 三条実美=永井秀和さん

  • 一橋(徳川)慶喜=伊藤孝雄さん

  • 近藤勇=竜崎勝さん

  • 土方歳三=長塚京三さん

  • 沖田総司=森田順平さん

  • 河井継之助=高橋英樹さん

  • 小林寅三郎=伊武雅之(雅刀)さん

  • 大久保一蔵(利通)=高橋長英さん

  • 海江田信義=中丸忠雄さん

  • 中村半次郎(桐野利秋)=速水亮さん

  • 坂本龍馬=夏八木勲さん

  • 中岡慎太郎=横光克彦さん

  • 宮部鼎蔵=高橋悦史さん

  • 佐久間象山=南原宏治さん
など…数え上げればきりのない配役陣だと思います。

各話タイトルは以下の通り、
  1. 三条木屋町

  2. 旅行けば

  3. 寅次郎脱藩

  4. ペリーが来た

  5. 黒船を作れ

  6. 長崎の女

  7. 遙かなりアメリカ

  8. わが師わが弟子

  9. イネの恋

  10. 萩の乱暴者

  11. 討幕幻想

  12. ほととぎす

  13. 春夏秋冬

  14. あとを継ぐもの

  15. 長州へ参る

  16. 万延元年の男たち

  17. 妻を愛す

  18. 逆さひょうたん

  19. 上海みやげ

  20. 夷人館燃ゆ

  21. 秘密留学生

  22. にわか坊主

  23. 馬関海峡波高し

  24. 奇兵隊

  25. 江戸に別れを

  26. 火ふきだるま

  27. 京あらし

  28. たった一人の長州藩

  29. 馬関攘夷戦争

  30. 三人党

  31. 月明功山寺

  32. 霧の絵堂

  33. 消えた小五郎

  34. 蔵六上海へ

  35. 人斬り往来

  36. 益次郎誕生

  37. 亀山社中

  38. おたずね者蔵六

  39. 周防の人々

  40. 三兵塾

  41. 百姓大将

  42. 四境の敵

  43. 晋作の死

  44. 風雲に賭ける

  45. 鳥羽伏見の戦い

  46. 京の軍務官

  47. 徳川の城

  48. 決戦前夜

  49. 彰義隊

  50. 最後の武士

  51. 暗殺者

  52. 世に棲む日日
― ◇ ◇ ◇ ―

この「花神」を観たのが小学校6年生の時だったのですが、おかげで「歴史って面白いなぁ」と思う様になり、ましてや6年生辺りから社会科の授業で徐々に歴史関連を習い出した事も重なって、より一層歴史に対する興味を感じるようになった訳です。

周りの環境にしても、6年生時の担任も歴史好きな先生で色々なアドバイスを頂いたし、10歳上の従兄弟からは高校受験用に使っていた日本史の参考書を貰って読み始めるようになりました。(おかげで、同世代の友人たちと比べて憶えている日本史の知識量が全く多い訳です!笑)

総集編の第4回「徳川を討て」のラストの方で晋作が桜山招魂社に参った際、松陰先生の最期の回「春夏秋冬」で沼崎吉五郎に語った言葉になぞって、こんなセリフを言いました―

人間の命とは不思議なもんだ
たとえ少年の身で死のうとも
その短さの中にもやっぱり
春夏秋冬がある…

松下村塾で(松陰)先生に逢うたのがわし(=晋作)の春
先生を喪うて8年
儂の夏は小倉城を陥す事で終わった
いま、穏やかな晩秋の中におる
そして、冬が来る―


私はこのフレーズが一番好きです。「面白き事もなき世に面白く―」も好いけど、こちらの方が妙に胸に響くんですよね。

― ◇ ◇ ◇ ―

さて、NHKアーカイブスの「お宝発見ニュース」で「花神」の映像資料に関する情報提供の記事がありました。

NHKさん、やっと本腰を入れてくれたか!って感じです。録画した映像をお持ちの方、感動を共有させて下さいませ!!

詳しくはこちら→

― ◇ ◇ ◇ ―

※(参照)NHK大河ドラマ「花神」、新たに2話発掘される!→
※(参照)NHK土曜ドラマ「遠雷と怒涛と」→
※(参照)待ちに待った「風が燃えた」、33年ぶりの再放送!→
※(参照)映画「獄に咲く花」―松陰先生と久子女史を描いた物語→
※(参照)その時歴史が動いた「奇兵隊〜幕末に命を賭けた若き庶民たち〜」→
※(参照)「長州ファイブ」→
※(参照)すべてはこの時から―昭和52年!→


posted by 御堂 at 14:24 | Comment(2) | TrackBack(0) | 歴史:ドラマ

「新選組」


4月からCSの時代劇専門チャンネル「新選組」が始まりました。初回放送は昭和48年(1973)4月から9月にかけて計19話放送された作品です。

土方歳三ブームを引き起こした「新選組血風録」「燃えよ剣」(共に司馬遼太郎氏原作)を手掛けた結束信二氏が完全オリジナルな脚本で、しかも近藤勇を軸に作り上げた作品です。

主な配役と作品タイトルは以下のとおり―

(配役陣)
・近藤勇=鶴田浩二さん
・土方歳三=栗塚旭さん
・沖田総司=有川博さん
・永倉新八=伊吹吾郎さん
・斎藤一=左右田一平さん
・原田左之助=河原崎長一郎さん
・井上源三郎=田崎潤さん
・山南敬助=日下武史さん
・藤堂平助=中山克巳さん
・山崎蒸=山城新伍さん
・大石鍬次郎=待田京介さん

・芹沢鴨=遠藤辰雄さん
・新見錦=成田三樹夫さん

・桂小五郎=菅原文太さん
・幾松=中村英子さん
・宮部鼎蔵=北原義郎さん

・武田観柳斉=菅貫太郎さん
・谷三十郎=戸浦六宏さん

・隊士、藤田精一郎=藤岡弘さん
・隊士、北原健介=石田信之さん
・隊士、柴田直人=太田博之さん

・浪人、金沢=松山省二さん

・勘吉=田淵岩夫さん

(作品タイトル)

  1. 芹沢鴨死す、豪雨止まらず

  2. 池田屋にきらめく白刃

  3. 沖田総司を狙う刺客たち

  4. 千本通りに消えた銃声

  5. 桂小五郎襲撃の夜

  6. 三条大橋に黒い人影

  7. 祇園小路の人質

  8. 浪士糺の森に集結す

  9. 土方歳三清水寺に斬り込む

  10. 大坂天満橋の襲撃

  11. 士道に背く事を許さず

  12. 近藤勇に危機迫る

  13. 決死隊京へ突入す

  14. 奈良尼寺の急襲

  15. 油小路の闘いをこえて

  16. 誠の旗伏見へ

  17. 京竹田街道の待ち伏せ

  18. 鳥羽伏見の戦い(前編)

  19. 鳥羽伏見の戦い(後編)

― ◇ ◇ ◇ ―

この「新選組」では、何と言っても、圧倒的なオーラを出している鶴田浩二さんの近藤勇に尽きるでしょうね。

その当時は栗塚旭さんが演じる土方歳三の人気が凄く、近藤勇はどちらかと言えば脇役的存在でした。

しかし、この作品では、鶴田浩二さんテイストがふんだんに盛り込まれた近藤勇像だったように思います。

鶴田さんは戦時中に学徒出陣令により徴兵され、終戦まで大井海軍航空隊の整備兵として、特攻基地を出撃する特攻機とその仲間たちを見送ったという経歴の持ち主です。

また、結束信二氏も特攻隊員として熊本隈庄の飛行隊基地に配属され、爆撃機の搭乗員として出撃する直前に敗戦を迎えたという経歴の持ち主なのです。

結束氏が手掛けた「新選組血風録」「燃えよ剣」にしても結束氏自身の軍隊経験、なかでも(特攻隊の一員として)仲間たちに死に遅れた…という意識が脚本・演出に表れていたのですが、この「新選組」において、鶴田浩二が近藤勇に扮した事で、己の理想と同時に年長者として「誠」の旗の下に集った若者たちをまとめて導かねばならない苦悩など、新選組が辿る悲劇性に非常にマッチしていたと感じます。


posted by 御堂 at 21:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史:ドラマ

「プリンセス・シシー」3部作

「プリンセス・シシー」

CSのLaLaTVにおいて以下に挙げた「プリンセス・シシー(Sissi)」3部作をようやく観る事ができました。

(1)プリンセス・シシー(Sissi)
(2)若き皇后シシー(Sissi-Die junge Kaiserin)
(3)シシー ある皇后の運命の歳月(Sissi-Schicksalsjahre)

“シシー(Sissi)”と聞いて誰の事かってピンときますか?

そう!ハプスブルク=ロートリンゲン(Habsburg-Lothringen)家の一族が皇帝として君臨していたオーストリア=ハンガリー二重帝国の皇帝フランツ・ヨーゼフ1世(フランツ・ヨーゼフ・カール・フォン・ハプスブルク=ロートリンゲン:Franz Joseph I. Karl von Habsburg-Lothringen)皇妃エリザベートの愛称ですね。

皇妃エリザベート ハンガリー王妃エリザベート

皇妃エリザベート・アマーリエ・オイゲーニエ・フォン・ヴィッテルスバッハ(Elisabeth Amalie Eugenie von Wittelsbach)はドイツのバイエルン(Bayern)地方に君臨するヴィッテルスバッハ家(Wittelsbach)、別称「バイエルン王家」の傍流「バイエルン公家」の出身で、


マクシミリアン・ヨーゼフ・イン・バイエルン(Herzog Maximilian Joseph in Bayern)公、母マリー・ルドヴィカ・ヴィルヘルミーネ・フォン・バイエルン(Marie Ludovika Wilhelmine von Bayern)の次女として生まれます。

例えば、宝塚歌劇による公演の「エリザベート」は聞いた事があるって人が多いかもしれませんね。

今回、そんなシシーを描いた映画がLaLaTVにおいて先月放送されたのです。しかも、今まで「プリンセス・シシー3部作」で日本で上映されたのは1作目の「プリンセス・シシー」のみで、2作目の「若き皇后シシー」と3作目の「シシー ある皇后の運命の歳月」は日本では未公開だったんですよね。

オーストリアやドイツでは、現在でもこの3部作がシシーの誕生日でもあるクリスマス・イブ(12月24日)に合わせた時期に放送されているそうです。

ストーリー的には―

シシーは乗馬や釣りが大好きという、自由奔放な家庭に育った“お転婆な”お姫様。

16歳の時、母・ルドヴィカや姉・ネネー(ヘレーネ・カロリーネ・テレーゼ:Helene Caroline Therese Herzogin in Bayern)と共にオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世を訪ねた際、フランツ・ヨーゼフに見初められて婚約します。

実は、フランツ・ヨーゼフの母であるゾフィー大公妃(ゾフィー・フリーデリケ・ドロテア・ヴィルヘルミーネ・フォン・バイエルン:Sophie Friederike Dorothea Wilhelmine von Bayern)の計らいで姉のネネーを皇后候補として惹き合せようとしていたのです。

しかし、フランツ・ヨーゼフネネーではなく、シシーに心惹かれ、ゾフィー大公妃の反対を押し切って、シシーとの結婚を果たします。(→@)

しかし、そんな自由闊達な性格のシシーフランツ・ヨーゼフの母である厳格な姑、ゾフィー大公妃の考え方と相容れません。

2人の間に誕生した待望の皇女もゾフィー大公妃が養育する事になり、シシーは母親としての喜びを奪われます。

しまいには、度重なる姑・ゾフィー大公妃との意見の食い違い、窮屈な宮廷生活から飛び出し、何かと理由と口実を見つけてはウィーンから身を置きます。

しかし、フランツ・ヨーゼフを心から愛するシシーは「運命がシシーを必要としているのかも…」という父・マクシミリアン・ヨーゼフ公や母・ルドヴィカの言葉に勇気付けられ、宮廷に戻ります。

シシーにとって一番心安らぐ場所は当時オーストリア帝国の一部であったハンガリーでした。

やがて、オーストリア=ハンガリー二重帝国の成立と共に、シシーハンガリー王妃としてハンガリーの人たちの祝福を浴びます(→A)

窮屈なウィーンから遠く離れ、ハンガリー国内で好きな乗馬などを楽しむシシー。お側に仕える侍従官や侍女たちを全てハンガリー人たちで固め、第2皇女であるギーゼラ・ルイーゼ・マリー(Gisela Louise Marie von Österreich)皇女も自分の手許で育てています。

夫であるフランツ・ヨーゼフは皇帝としての政務に縛られる毎日ですが、シシーの事を忘れた事は一時とてありません。

そんなフランツ・ヨーゼフの献身的なシシーへの愛情が、シシーを再び宮廷に呼び戻す事となります。

しかし、シシーは体調を崩してしまいます。医師の診断は結核…永く生きられないというのです。

その事実を偶然にも聞いてしまったシシー。でも、愛するフランツ・ヨーゼフギーゼラと別れたくないという気持ちを持ったシシーは絶対治ってみせると心に決めて療養に努めます。

そうは言っても、1人寂しく療養に身を置くわけで、一向に快復に至りません。

母であるルドヴィカは、そんな娘の様子に居ても立っても居られず、娘の療養先を訪れ、シシーを励ますのです。

やがて、元気になったシシーフランツ・ヨーゼフと共に帝国内の領地を表敬訪問するのですが、イタリアの地に立ったシシーの前に、シシーを待ちわび、シシーの許に駆け寄ってくるギーゼラの姿がありました。

そんなシシーギーゼラの姿を見たイタリアの庶民たちはシシーフランツ・ヨーゼフ、ギ−ゼラに対し喝采の声を上げ祝福します…(→B)

って感じです。シシーにはウィーン出身の女優・ロミー・シュナイダー(Romy・Schneider)さんが演じて折られます。ロミー・シュナイダーさんはこのシシーの演技で、愛称自体が“シシー”と呼ばれていたそうです。

― ◇ ◇ ◇ ―

「プリンセス・シシー」 「プリンセス・シシー」

何と言っても、ロミー・シュナイダーさんのシシーの演技が素敵です。

色々と調べていくうちに、ロミー・シュナイダーさんが違う作品で皇妃エリザベートを演じておられる映画を見つけました。それは「ルートヴィヒ」(Ludwig)といって、バイエルン王ルートヴィヒ2世の生涯を史実に沿った形で描いた作品です。こちらもチェックしてみないと!

あと、微笑ましかったのはギーゼラちゃんですね。カワイイし…

※(参照)映画「プリンセス・シシー」3部作記念公式サイト→

※(参考)TVドラマ「エリザベート 愛と悲しみの皇妃」



参考としてピックアップするのは、シシー(エリザベート)の半生を描いた、ドイツ・イタリア・オーストリアの3か国合作のTVシリーズのミニドラマで「エリザベート 愛と悲しみの皇妃」という作品―

オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世に見初められ結婚。16歳で皇后となったバイエルン王国公女シシー。自由闊達な環境に育った彼女は、厳格な姑・ゾフィー大公妃との確執を深め、長女のゾフィーが旅先で夭逝するという悲劇に出遭う―

長女の死から立ち直ったシシーが激動する時代に翻弄されながらも自らの意志を貫いてハンガリー女王に戴冠するまでを描いた作品となっています。


  

  



posted by 御堂 at 04:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史:ドラマ

「落日燃ゆ」

「落日燃ゆ」

平成21年(2009)3月15日にテレビ朝日開局50周年記念ドラマスペシャルとして、「落日燃ゆ」が放送されます。

城山三郎氏によるフィクション小説『落日燃る』を原作としたドラマで、A級戦犯に指定され、極東国際軍事裁判(以下、東京裁判)で有罪か無罪かで賛否両論となり、唯一文官として絞首刑となった元首相・廣田弘毅の生涯を描いた物語です。主な配役は以下のとおり―

死刑判決を言い渡される瞬間の廣田弘毅

・廣田弘毅(首相・外相・駐ソ大使)=北大路欣也さん
東京裁判にてA級戦犯として絞首刑

・廣田の妻、静子=高橋惠子さん
・廣田の長男、弘雄=木村彰吾さん
・廣田の三男、正雄=山本耕史さん…廣田の秘書
・廣田の次女、美代子遠野凪子さん
・廣田の三女、登代子=原田夏希さん
・廣田の父、徳平=長門裕之さん

・花井忠(弁護士)=石丸謙二郎さん
連合軍最高司令部(GHQ)法律局の嘱託として東京裁判では廣田弘毅の弁護人を務める

・吉田茂(二・二六事件時の駐英大使、のち外相、首相)=津川雅彦さん

・岡田啓介(海相、二・二六事件時の首相)=窪田弘和さん
・斎藤實(首相、二・二六事件時の内大臣、西園寺元老の後継者)=織本順吉さん
・鈴木貫太郎(二・二六事件時の侍従長、終戦時の首相)=東孝さん
・高橋是清(首相、二・二六事件時の蔵相、青年将校により斬殺)=神山繁さん
・松尾伝蔵(二・二六事件時の内閣総理大臣秘書官、二・二六事件の際、岡田首相の義弟として身代わりとなって射殺)=江原政一さん

・荒木貞夫(陸軍皇道派、陸相・文相)=目黒祐樹さん
A級戦犯として終身刑
・寺内寿一(廣田内閣の陸相、教育総監、南方軍総司令官)=寺田農さん
二・二六事件後の廣田内閣で陸相となり、皇道派の追放や軍部大臣現役武官制を復活させる
・永田鉄山(陸軍省軍務局長)=笹木俊志さん
→陸軍皇道派の相沢三郎陸軍中佐によって斬殺される(相沢事件

・東条英機(統制派、首相・参謀総長・陸軍大臣)=小峰隆司さん
A級戦犯として絞首刑
・板垣征四郎(陸相)=石田太郎さん
A級戦犯として絞首刑
・武藤章(陸軍省軍務局長)=菅原大吉さん
A級戦犯として絞首刑

・杉山元(陸相、参謀総長)=西田健さん
・佐藤賢了(陸軍省軍務局長)=橋爪功さん

・山本五十六(海軍次官、連合艦隊司令長官)=内藤剛志さん
・近衛文麿(首相)=平田満さん
・西園寺公望(元老)=大滝秀治さん

・花山信勝=笹野高史さん
→浄土真宗本願寺派の僧侶で、巣鴨プリズンの教誨師として、A級戦犯の絞首刑に立ち会う

― ◇ ◇ ◇ ―

原作となる城山三郎氏の『落日燃ゆ』は何度となく読み返した書籍の1つです。そーいえば、同じ城山氏原作で“ライオン首相”浜口雄幸&井上準之助を描いた『男子の本懐』をドラマ化した際の浜口雄幸役にも北大路欣也さんは配役されておられましたね。北大路欣也さんがどんな廣田弘毅像を演じられるのか!楽しみです。


 

posted by 御堂 at 15:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史:ドラマ

大河ドラマの名作たちが甦る!―時代劇専門チャンネル「大河ドラマ・アーカイブス」


第1作目の「花の生涯」が放送されて以降、およそ半世紀の歴史を刻むNHK大河ドラマ

しかしながら、残念な事に、過去に制作されたNHK大河ドラマの全てを目にする事は叶いません。

嘗ての放送用ビデオテープは大変高価で、かつ貴重なものであったため、放送を終えた作品のテープは、別の作品を重ね撮りして再利用されていたからです。

NHK大河ドラマにしても、初期の作品については一部の話数しか保管されていません。

ところが今回、CSの時代劇専門チャンネルにおいて、大河ドラマ・アーカイブスと題して懐かしい大河ドラマ作品の中で現存している話数を放送して頂けるのだとか―

今回お目にかかれる作品のラインナップは以下のとおり!

・第1作「花の生涯」(昭和38年=1963)
  第1話「青柳の糸」
・第2作「赤穂浪士」(昭和39年=1964)
  第47話「討入り」
・第3作「太閤記」(昭和40年=1965)
  第42話「本能寺」
・第4作「源義経」(昭和41年=1966)
  第1話「鞍馬の火祭」
  第33話「壇ノ浦」
  最終話「雲のゆくえ」
・第5作「三姉妹」(昭和42年=1967)
  第19話
・第6作「竜馬がゆく」(昭和43年=1968)
  第16話
・第7作「天と地と」(昭和44年=1969)
  第50話「川中島の章 その四」
・第9作「春の坂道」(昭和46年=1971)
  最終話「かくれんぼ その三」
・第10作「新・平家物語」(昭和47年=1972)
  第46話
・第13作「元禄太平記」(昭和50年=1975)
  第18話「刃傷松の廊下」
・第15作「花神」(昭和52年=1977)
  第19話「「上海みやげ」


・第17作「草燃える」(昭和54年=1979)
  第3話「「二人義経」
  第6話「「密使は走る」
  第10話「鎌倉へ」
  第16話「人質」
  第18話「亀裂」
  第21話「義経凱旋」
  第24話「静の舞」
  第25話「頼朝上洛」
  第30話「大姫錯乱」
  第33話「姫君毒殺」
  第39話「頼家追放」
  第43話「父と子」
  第48話「船霊」
  第49話「実朝暗殺」

放送は1月10日より毎週土曜日の20時からオンエア中ですので要チェックですよ!(再放送:翌週土曜日の9時〜、翌々週日曜日25時〜)

― ◇ ◇ ◇ ―

今回の個人的な最大の注目は「花神」「草燃える」を挙げます。歴史が好きになったきっかけを与えてくれたのがこの「花神」で、以来“長州贔屓”な人間なので、待ちに待った!!って感じですね。総集編はVHSもDVDも購入してるので、新しい発見は嬉しい限りです…

「草燃える」は、他の大河作品が稀少なのに比べれば、結構残ってる方ですよね。この作品も全部視聴していたので、、タイトルだけで、どんな内容か想い出されますし…この作品で一番印象に残っている静御前(友里千賀子さん)や大姫(斎藤こず恵さん→池上季美子さん)の放送回が観られるってのも嬉し懐かし!!な感じです。

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※(参照)「樅の木はのこっていた!」(その1)→(NHKアーカイブス「お宝発見ニュース」より)
※(参照)番外編 お宝発掘キャンペーン 第2弾募集のお知らせ→(NHKアーカイブス「お宝発見ニュース」より)
※(参照)→“幻”の大河ドラマ「草燃える」を探しています!→放送リスト及び現存数一覧(NHKアーカイブスより)

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※(参照)→すべてはこの時から―昭和52年!
※(参照)→NHK大河ドラマ「花の生涯」
※(参照)→NHK大河ドラマ「花神」第19話「上海みやげ」




          

posted by 御堂 at 01:02 | Comment(3) | TrackBack(0) | 歴史:ドラマ