「われら青春!」


スカパーのファミリー劇場「われら青春!」が始まりました。

沖田俊先生(中村雅俊さん)が先生の青春ドラマです。舞台は太陽学園。(山梨県に実在する学校です!)

顔触れも懐かしさでいっぱいです。杉田校長(有島一郎さん)、江川教頭(穂積隆信さん)、塚本先生(柳生博さん)、そして“丹頂鶴”(笑)杉田陽子先生(島田楊子さん)、そして3年D組のメンバーたち…山本大作(穂積ペペさん)や神野吾郎(千葉裕さん)もすごく懐かしいです。

ちなみに女子生徒のメンバーの中では年上のお姉さんへの憧れもあったからでしょうか、白川梨絵(大原福美さん)が好きでした。ところが、現在この年齢になってみて、改めてドラマを観返してみると、チビ、こと原田弥生(橋本裕子さん)が良い感じだったりして…

ドラマの中で使用された音楽もいまだに耳に残ってるくらい印象深いです。主題歌の「帰らざる日のために」はモチロン!中村雅俊さんのデビュー曲で大ヒットした「ふれあい」の実はA面だった「青春貴族」も良かったしなぁー。

第1話の感動シーンは、伝説の!そう、あの伝説の線路をはさんでの(ラクビーボールの)ボールまわし。何度観ても感動!感動!感動の嵐です。

あと、1トライできたら、ユニフォームが作れるという試合での山本から神野へのライン際の友情パス!のシーンや最終回でトライできたら逆転勝利のプレーで神野がダンプにタックルされてトライできずノーサイドになったシーンもウルルンものです。

そして、最も印象的なシーンは、ラグビー部が部費増額をかけて運動部対抗マラソン大会で上位10位以内に3人を送り込まなければならないって状況になったのですが、考えた作戦が鈍足で太っちょな細井太郎(堤昭夫さん)をペースメーカーに仕立てて他の部の有力選手を撹乱させようというもの。

ところがこの細井は”高校時代の思い出に完走したい”と日々練習していたんですね。これを知った他の部員たち、皆細井同様にペースメーカーになって猛ダッシュ!

作戦で上位を確保しようとしていた3人も途中から“全員で完走する”ことを沖田先生に訴えます!そしたら沖田先生も感動して、さぁー例の名セリフ―“涙は心の汗だ”―が決まります。

ましてや、ラクビー部を含め運動部で他にも参加していた全員が完走を果たした時、1位になった運動部の生徒よりも完走を果たした生徒1人1人に賛辞を送る杉田校長のシーンにもウルルンときちゃいます。(何せ、マラソン大会が始まって初めての全員完走だったのです―)

何よりも、この番組を観て、ラクビーが好きになったし、(京都やけど、「スクールウォーズ」ネタ=伏工(伏見工業、現京都工学院)の優勝、よりもこちらが先だよ!)僕にとっての理想の教師像は沖田俊先生なんですよね!

…この「われら青春!」の小説?があるそうなんですけど読んでみたいです。

♪インドの山奥で、修行をし~て~♪―レインボーマン


スカパーのファミリー劇場で放送中の「レインボーマン」を懐かしく観てます。

この「レインボーマン」は私が小学校1年生だった昭和47年(1947)から1年間(全52話)に放送された作品で、原作は「月光仮面」で有名な川内康範氏です。

インドの山奥、ダイバ・ダッタのもとで修行をし、ヨガの秘術を極めた若者・ヤマトタケシが、日月火水木金土の7つに化身して、日本人抹殺をもくろむ秘密結社「死ね死ね団」と壮絶な戦いを繰り広げます。

化身(変身ではない!)する時の呪文「アノクタラサンミャクサンボダイ」も子供ながらに一生懸命憶えた記憶が懐かしいです。のちに仏教系の大学に就職した際に、式典の前に「般若心経」を読経するのですが、このフレーズが「阿耨多羅三藐三菩提(アノクタラサンミャクサンボダイ)」というのだと知った時にはカルチャーショックものでした(笑)

歴史的な小ネタですが、藤原五摂家のうち、近衛家の江戸時代初期の当主で“寛永の三筆”の1人で京都・五山の送り火の1つ、大文字の送り火の「大」の字体のモデルであったり、滋賀・近江八景の風景を大津・膳所城から眺めて詠った人物としても知られている近衛信尹のぶただの号は「三藐院さんみゃくいん」というのですが、このフレーズから来ているんですよ!

さて、この「レインボーマン」ですが、ストーリーはもとより、一番印象に残っているとすれば、タイトルにも挙げた♪インドの山奥で、修行をし~て~♪というOPでしょうかね。色んな替え歌もあったような…(僕が知っているのは、♪インドの山奥でんでん虫かたつむり~♪ってフレーズの奴ですが…皆さんの地域ではどのような替え歌でしたか?)

さらに、1クールまで(~13話)までのEDだった「ヤマトタケシの歌」も印象深いですね。例えば、こんな感じ―

♬どうせこの世に生まれたからにゃ
お金も欲しいさ 名も欲しい
自分の幸せ 守りたい
ぼくだって人間だ ぼくだって若いんだ
けれども その夢捨てさせる
この世の悪が 捨てさせる♬

うぅーん、このヒーロは苦悩してる!って感じがありありですね。

2クール目以降(14話~)の挿入歌「死ね死ね団の歌」はもっと強烈で「♪死ね 死ね 死ね死ね死ね死ね死んじまえ♪」で始まり、


「黄色いブタめ(←黄色い、東洋人っていうか日本人を指してるのがありありデス)をやっつけろ」とか「日本人は邪魔っけだ」「世界の地図から消しちまえ」「地球の外へ放り出せ」といったフレーズが飛び交います。(放送禁止っていうか、放送自粛されまくりな感じ!)

配役人も個性溢れる方々で固めていて、主役のレインボーマン=ヤマトタケシには水谷邦久さん(「江戸を斬る」での魚政のメンバーの一員だったり、「飛び出せ!青春」での県立東高のキャプテンでの印象も強いですが…)、「死ね死ね団」の首領・ミスターKには平田昭彦さん、レインボーマンと死闘を繰り返すメンバーのうち、エルパンダに大月ウルフさん(←「大鉄人17」のハスラー教授といい、色濃いキャラです 笑)、アマゾンの魔女イグアナに塩沢ときさん、ゴッドイグアナには曽我町子さん(←「5年3組魔法組」のベルばらとかも印象的ですが…)が見事に怪演されています。

タケシの妹・みゆき役だった石川えり子さんもこの当時の子役として顔はすごく覚えてます。

改めて知った事は、OPやEDを唄っていた安永憲自さんって方は声優の水島裕くんだったのですね。のちになって、レインボーマン」のアニメ版が放送された時にヤマトタケシの声を演じられていたのもそういう理由だったのですね。

個人的には、ダッシュ1が興味あり!かな(笑)

月の化身で、ヨガの体術の極意を会得し、頭と同じ大きさの穴を、体の関節をはずして通り抜けたり、針を刺されても平気な肉体―ってのは子供心に微妙な印象深さがあったのを覚えています。

「みすゞ」

映画「みすゞ」

田中美里さん主演の映画「みすゞ」日本映画専門チャンネルで放送されたので観ました。ほぼ3年ぶりかな!

大正期から昭和前期にかけて一世を風靡した童謡詩人・金子みすゞさんの一生を描いた映画なんですが、ちょうど映画公開の前の年に高島屋京都店で催されたいた「金子みすゞ展」の招待券をいただいて観に行ったのをキッカケに金子みすゞさんの作風や感性に感じ入ってしまったんですよね。

テレビでは松たか子さん主演で「明るいほうへ 明るいほうへ」という作品で放送されましたが、こちらの作品は生憎と僕にはあまりにも演じていた松たか子さん自身が都会風な色を出し過ぎてしまったようで(実際の、山口とか、下関の)素朴な田舎っぽさや風景が台無しだなぁ、と非常に残念に思っていたんですよね。(どうして、東京のテレビ局の制作ものって、登場人物の雰囲気や時代背景、主役などが暮していた環境そのものを原作が没都会でないのにもかかわらず、何でもかんでも❝東京ナイズ❞しちゃうのかな?作品の素地が全て台無しになっちゃうのに…)

ところが、田中美里さんが演じた「みすゞ」には素朴さというか、没都会風な感じがみられたので作風の中に安堵感が生じるんですよね。

しいて言うのなら、金子みずゞをイメージした際に松たか子さんが演じたドラマを最初に想い浮かべる様な皆さんは“文学的センスの欠片”が微塵もない感覚の持ち主といえるでしょう!

金子みすゞさんを表現する上で、松たか子さんのような都会的な感覚を出していては金子みすゞさんのイメージをはき違えている様にみえてしまい、まさに金子みすゞさんを冒瀆する感じがありありと視えるのですが、田中美里さん演じるこの「みすゞ」は真実の金子みすゞさんを匂わせる雰囲気が味わえますよ。

さて―

金子みすゞさんの詩の中でも「私と小鳥と鈴と」というのが一番好きです‼

私が両手をひろげても
お空はちっとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のように、地面を速く走れない。
  
私がからだをゆすっても、
きれいな音は出ないけど、
あの鳴る鈴は私のように
たくさんな唄は知らないよ。

鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがって、みんないい。

「みんなちがって、みんないい」っていう響きが良いと思いませんか。「みすゞ」に出演された田中美里さんも役づくりで悩んでいた時に金子みすゞさんの忘れ形見である“ふうちゃん”=ふさえさんからこの詩を頂いて吹っ切れたそうです。

“みんなちがって、みんないい”―すごく癒されます!