東芝日曜劇場「からくりや儀右衛門」

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CSのTBSチャンネルで放送された東芝日曜劇場「からくりや儀右衛門」(初回放送は昭和43年=1968=10月20日)を観ました。

“からくり儀右衛門”とは、江戸末期明治初期に活躍し、「万年自鳴鐘」「弓曳童子」「無尽灯」「雲竜水」「懐中燭台」などを製作した発明家・田中儀右衛門久重の事です。

儀右衛門は、筑後国久留米(現在の福岡県久留米市)で鼈甲べっこう細工師の長男として生まれます。

幼い時分よりからくり仕掛けに興味を抱き、その才能を発揮して幾つもの作品を作り上げ、全国にその名を知られます。

しかし、折からの大飢饉(天保の大飢饉)の影響下、倹約の風潮から「からくり興行」も厳しくなり、家業を弟に譲り、妻子共々大坂・伏見(現在の大阪市中央区伏見町)に移り住み、更に京・四条烏丸に機巧堂からくりどうを開店します。

京では天文学や蘭学などの西洋の文化技術を通して新しい知識の吸収にも努め、その蘭学の学び仲間である肥前佐賀藩士佐野常民の推薦によって佐賀藩「精煉方」として招かれ、また長崎の海軍伝習所で学んだりもします。その間、蒸気機関及び蒸気船などの製造に携わります。

その後、故郷である久留米藩の招きにも応じ、久留米藩製造所長となり、藩の軍艦購入や銃砲の鋳造にも関わって、久留米藩の殖産興業に尽くします。

明治になり、政府の要請で上京し、田中製作所を創業します。これが現在の東芝に繋がっているんですね。

ドラマの見処として、
田中儀右衛門は数々の珍しい発明品を考案して評判を得、また関白鷹司政通より日本一の鼈甲細工師の称を受けた。ある日、儀右衛門佐賀藩の重臣から、異国の船がしばしば現れるので、佐賀へ来て港の守りや、船や大砲の発明・製作の任にあたってほしいと頼まれる。幕末という激動期における自分の使命を感じ取った儀右衛門は、平和な職人生活を捨ててこの大役を引き受ける決心をする。そして、養子の弥三郎と共に佐賀へ向かい、着いたその日から蒸気船“凌風丸”を造る仕事に没頭する…
って感じで、幕末を舞台に、日本人だけの手による蒸気船“凌風丸”建造に全ての情熱をかける田中儀右衛門と、彼を献身的に支える妻・よし、そしてそんな両親を見て自らの生活を変貌させていく娘夫婦を通し、日本の近代化に生涯を捧げた先駆者たちの姿をホームドラマ的手法で描いた作品です。脚本が平岩弓枝さん、プロデューサーが石井ふく子さんの名コンビで作られた作品ですよ。

(主な配役)
  • 田中儀右衛門=山村聡さん

  • 妻、よし=京塚昌子さん

  • 娘、美津=松尾嘉代さん


  • 婿養子、弥三郎=高橋悦史さん


  • 孫、岩次郎=松村智枝さん

  • 孫、峰千代=松村ゆかりさん


  • 幸助=中村梅之助さん

  • うめ=青柳美枝子さん


  • 平吉=本郷秀雄さん

  • よね=原ひさ子さん

  • 喜兵衛=近江俊輔さん


  • 佐野栄壽(のち常民)=山形勲さん

― ◇ ◇ ◇ ―

→(参照)「田中久重ものがたり」(東芝の公式サイトより)



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posted by 御堂 at 04:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史:ドラマ
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