「風林火山―信玄・謙信、そして伝説の軍師―」展

大阪歴史博物館で開催していたNHK大河ドラマ特別展「風林火山―信玄・謙信、そして伝説の軍師―」を観に行ってきました。

大阪歴史博物館へは「ファンと歩んだ70年 阪神タイガース展」以来の観覧です。

この展示は毎年、NHK大河ドラマに併せた特別展で、大阪での開催だったので絶対行こうと思ってたわけです。

“上杉謙信命”な大阪に住む学友(←卒論も上杉謙信でやった奴…笑)と阪神百貨店前で待ち合わせ、北新地駅から大坂城北詰で下車。そこから徒歩で博物館まで行ったのですが、かなり遠回りですよぉー。谷四(谷町四丁目)の方が近いのにねぇー(笑)

さて、今回の展示での特に印象深かった陳列品を以下紹介します。

・「プロローグ 伝説の軍師 山本勘助」

弘治3年(1557)6月23日付市河藤若宛武田晴信書状

山本勘助の名が登場する古文書ですね。武田晴信が北信濃に勢力を持つ市河藤若に対し書面を送り、「山本管助口上有るべく候」「山本管助」なる人物を使者として遣わした内容です。実物を拝めて感激しました!

佐野昌綱画像

佐野氏藤原秀郷の末裔で、藤原姓足利氏の庶流にあたる一族です。下野国安蘇郡佐野庄に土着し、唐沢山城を居城としました。

佐野氏といえば、謡曲『鉢の木』の主人公である佐野源左衛門常世とか、江戸幕府旗本老中田沼意次の子息、若年寄田沼意知を殺害した“世直し大明神”佐野政言のイメージしかありませんでした。

この佐野昌綱の代は、戦国真っ只中で、当初は古河公方に組し、その後、上杉氏後北条氏の間で翻弄されます。

ちょうど唐沢山城上杉氏の関東侵攻における進軍ルートにあったため、地政学的境界線だったわけですね。

この「佐野昌綱画像」佐野氏歴代当主としては唯一の画像なんだそうです。

・第2章「風林火山」の時代―戦国の武と文化―」
・第3章 決戦川中島

春日山城絵図

この絵図で注目したのは、上杉謙信の留守居役だった直江景綱の屋敷の位置が春日山麓の居館地区と本丸を結ぶ中間地点に描かれている点ですね。何となくですが、後の「御館の乱」直江兼続が先手をとって上杉景勝を勝利に導いた要因が見えてきた感じです。

・第4章 軍学と軍師伝説
・エピローグ 語り継がれる山本勘助

観覧を終えて、図録(2300円)を購入。関連グッズも販売していたのですが、友人は勘助の眼帯モチーフのキーホルダーを購入、僕は摩利支天(800円)を購入しちゃいました。


 

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