(トピックス)「海道一の弓取り」勇ましく 今川義元見参!

除幕式で披露された今川義元の銅像

静岡ゆかりの戦国時代の武将、今川義元の銅像が完成し、JR静岡駅北口広場に設置されることとなり、5月19日に除幕式が開かれました。

今川義元は駿河・遠江国の守護大名で戦国大名として三河国を実効支配した今川氏の第11代当主で「海道一の弓取り」の異名を持ちます。

義元といえば永禄3年(1560)5月には熱田湊から伊勢湾にかけての制海権を支配しようとして那古野なごや城を攻略するため駿河・遠江・三河の軍兵を率いて侵攻するも桶狭間おけなざまでの戦いで織田信長方の軍兵に急襲され、奮戦するも敗死し首級みしるしを奪われます。享年42歳。

今川義元の木像(臨済寺蔵)

義元公姿は今川家の菩提寺ぼだいじである臨済寺(静岡市葵区)の木像などが伝えています。

しかしながら、後世において義元を描いたイメージのほとんどが、烏帽子えぼし狩衣かりぎぬを身に着け、顔は白塗りにお歯黒、といった“お公家さん”キャラのいでたちで、戦国武将らしからぬ軟弱なキャラ立ちぶりだけが突出しているのが実情…

そんな「桶狭間で敗れた公家かぶれの武将」というイメージを払拭し、静岡のいしずえを築いた功績を広めようと今川義元公生誕五百年祭推進委員会(事務局・静岡商工会議所)が「生誕500年祭」を企画し、義元の銅像制作費をインターネットで資金を募るクラウドファンディングでまかなったところ、当所の目標だった300万円を超える517万5千円が集まったそうです。

銅像設置のためイメージとしてつくられた今川義元の粘土像

義元の銅像は台座を含め1・9m。彫刻家・堤直美氏が約2年の年月をかけて甲冑姿の銅像を作り上げました。

こうして、義元の銅像はその命日に当たる5月19日に除幕式が迎えることとなったわけです。

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