(トピックス)「奈良京」と呼ばれた平城京、出土木簡に最古の表記

表面に「奈良京」との表記が見られる木簡。左側の半分は欠けている

奈良市二条大路南の平城京跡で平城京を指す「奈良京(ならのみやこ)」と書かれた木簡が見つかりました。

「奈良京」は、平城京の名称が一般化する前の都の表記の1つで、和銅3年(710)3月10日の遷都前後に記されたとみられます。

また、「奈良京」の表記はこれまで天平宝字2年(762)の『正倉院文書』に登場するのが最古とされており、それを半世紀ほど遡る事となります。

木簡は長さ252㎜、幅14㎜で縦に割れ、左半分は欠けています。表に平城京を発信元として示す「奈良亰申」、裏には薬らしいものを運ぶ役夫が逃走した事を伝える内容が書かれていました。

さらに、同じ土の層から大宝律令により施行された古代日本の地方行政の制度である国郡里制の行政単位「里」を表す木簡(※1)が出土している事から、この木簡も霊亀3年(717)までに書かれたものとみられています。

※「里」を表す木簡
「里」は、霊亀元年(715)に「郷」と改称され、郷里制に移行した。


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古代には同じ音と意味でも様々な漢字が使われるのが一般的でした。

「なら」の表記についても「那羅」「平城」「寧楽」などと表記されています。

平城京という呼称は平安時代に定着したものとされています。現在、イトーヨーカドー奈良店が建つ長屋王邸跡(奈良市二条大路南)で出土した木簡で「奈良宮」と書かれたものがありますが、「奈良京」と表記されたものは天平宝字2年(762)に書かれた『正倉院文書』でしか確認されておらず、平城京の造営段階から「奈良京」という呼称が一般的だった可能性もある史料として貴重な発見とされています。

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