日本で最初に飾られたクリスマスツリーは函館だった!

以前、「日本で最初に飾られたクリスマスツリー―オイレンブルクの万延元年!」というブログ記事を書きましたが、新しい見解がある−とのご指摘を頂き、取り急ぎ調べてみました…

クリスマスツリー (Christmas Tree)が安政5年(1858)、日本で初めて江戸時代末期、すなわち幕末箱館(「函館」表記は明治9年以降)で立てられた可能性も…

日本で最初のクリスマスツリーは、一般的には154年前の万延元年(1860)に「プロイセンが派遣した東アジア使節団長、オイレンブルク伯爵が飾った」とドイツ大使館広報部はされていますが、箱館の方が2年早い事になるようですね。

安政6年(1859)12月22日付で初代駐日ロシア領事ヨシフ・アントノヴィチ・ゴシケーヴィチ(Iosif Antonovich GOSHKEVICH)箱館奉行所の役人(1)や近隣住民との交流を深めようと、奉行所宛に「ロシアの祭礼」への招待状を出していたそうです。そして、そこには―

「明後日(24日)の祭礼には奉行、副奉行が来て楽しんで欲しい」という内容で、そのために「高い所をきれいに整飾した」クリスマスツリーを思わせる表現があったそうです。

「高い所」には「ヨルカ(もみの木)を立てた」とするロシア側の資料も判明している事―

さらに昨年のように役人の子供たちも来ることを望む」との旨が書かれていたのだとか―

という事は、前年の安政5年(1858)にも催されていた事が分かりますね。

また、これらの裏付けとして、ゴシケーヴィチ自身がロシア海軍省の機関誌『海事集録』において、寄稿したと思われる、赴任した安政5年(1858)に迎えた箱館の年末年始の様子について報告している記事の中に、

「私はここの役人社会に接近するために、クリスマス週間(クリスマスから一月六日の主顕節までの期間)に際して色々な楽しい催し物を考え、そしてその目的に達したように思う。クリスマスの前日に、私の所では、彼等の子供たちのためにツリーが建てられ、それを見ようとすべての子供ばかりか、ほとんどすべての役人たちが訪れた」(佐藤守男「ロシア領事館の函館開設とその活動―一八五九年〜一八六二年の『海事集録』を中心に―」第二章第1項「最初の年末年始」より引用)
と書かれた安政6年(1859)2月1日付の「駐日ロシア領事の手紙の抜粋」(『海事集録』第43巻第9号、雑報欄)があったそうです。

(1)箱館奉行所の役人
箱館奉行は竹内下野守保徳、堀織部正利熈、村垣淡路守範正の3名で、2人が箱館在勤、1人が江戸詰めという交代勤務制を執っていました。なお、ゴシケーヴィチが領事として箱館に到着した時期の奉行は竹内下野守保徳だったようです。


― ◇ ◇ ◇ ―

(関連)江戸の町に初めて飾られたクリスマスツリー―オイレンブルクの万延元年!→
(関連)“戦場のメリークリスマス”―戦国時代のクリスマス休戦→

(参照)「日本初のツリーは幕末箱館*市民団体代表木村さん 史実に光*ロ領事の祭礼招待状に記述*『高い所をきれいに整飾した』弥生小付近、スギなど代用か」(2010年12月24日付夕刊『北海道新聞』)
(参照)「Xマスツリー華やかに…元町ホテル前に設置」、2014年11月25日付『函館新聞』より引用)
(参照)佐藤守男「ロシア領事館の函館開設とその活動―一八五九年〜一八六二年の『海事集録』を中心に―」、北海道大学法学部『北大法学論集』第46巻第3号、1995年9月29日


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posted by 御堂 at 22:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史:コラム
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