(トピックス)ジュスト高山右近没後に妻子らは帰国していた!

宣教師の書簡の写し。指で指している部分に高山右近の娘ルチアら3人の帰国の記述がある

現在、NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」でも登場中の摂津高槻城主キリシタン大名ジュスト高山右近(※1)加賀前田家に客将の身分として暮していましたが、慶長18年(1613)12月、突如として江戸幕府禁教令を発します。

翌19年(1614)正月17日、右近らは人々の引き留める中、金沢を退去して、坂本(現、滋賀県大津市)→大坂(現、大阪市中央区)→長崎と護送されます。

当所、幕府右近の処分を決めかねていたようでした。

折りから大坂方(豊臣氏)と風雲急を告げる状況であり、大坂方には明石掃部かもん全登てるずみキリシタン浪人が続々と入城しており、右近を処刑でもすれば各地に散らばるキリシタン勢力やシンパたちの反発を買うような、火に油を注ぐ状況をもたらしかねませんでした。

そこで、苦肉の策として国外追放という前代未聞の処分が下されます。

ただ、イエズス会年報によれば、10月7日、右近一行らが出港した後、徳川家康にわかに右近らが乗船した船を撃沈してしまおうと思い立ち、長崎奉行に急使を立てたと云われています。

右近らが乗船した船は、フィリピンのマニラに12月に到着します。

ようや辿たどり着いたマニラですが、過酷な船旅の無理がたたったのか、右近は高熱を発し床に伏せてしまいます。

そうして、マニラ到着から約40日後の翌20年正月8日(西暦1615年2月4日)、右近は創造主の許へと召されます。

― ◇ ◇ ◇ ―

さて、右近と共にフィリピンのマニラに渡ったのは、ジュスタ夫人、娘ルチア、亡くなった長男ジョアン夫妻の子で右近の孫にあたるフランシスコら5人ですが、このうち、娘のルチアら家族3人が右近が客死した後にマニラから帰国していた事を記したポルトガル人宣教師の書簡が確認されました。

右近の没後400年を来年に控え、新たなキリシタン史が掘り起こされた事になりますね。

※1 ジュスト高山右近
洗礼名はポルトガル語で❝正義の人❞を意味するジュストで、高槻城主時代に署名された自筆の花押は「重出」「寿須」「寿子」の文字を当てているので「ジュスト」と発音していたと考えられます。最近では、ローマ・カトリックの共通標準語であるラテン語の「ユスト」と呼称する傾向にあるようですが、過去において、右近「ジュスト」の表音をしている以上、勝手に表現するのはおかしいと感じます。


― ◇ ◇ ◇ ―

書簡には「そこ(加賀藩領内)には、かって右近殿もともに滞在していた。われらの主は、彼をマニラで御許おんもとに召したもうた。彼の妻、娘および、孫たちの一人は日本に戻ってきており、秘密にしているが、キリスト教徒である娘の婿が彼らに会った」と記述されていたそうです。

この書簡は宣教師が別の神父による加賀領内の報告として元和2年(1616)7月18日付で長崎から発信されており、彼の妻、娘および、孫たちの一人というのは、妻がジュスタ、娘がルチア、孫がフランシスコ(ともに洗礼名)とみられます。

因みに、
右近の妻は名は妙、洗礼名をジュスタ
子女には、

嫡男に長房(十次郎、左近)、洗礼名をジョアン、
嫡孫に長房、洗礼名をフランシスコ
次男に忠右衛門、
三男に亮之進(助之進)、
長女に初、洗礼名をルチア
の名が確認できます。

キリスト教徒である娘の婿とは、右近の娘ルチアの夫であり、加賀前田家の重臣で筆頭家老の横山長知ながちかの嫡子・康玄やすはるを指します。

慶長8年(1603)、ルチアが12歳の時に結婚し、高山家の影響を受けて洗礼を受けていたようですが、右近前田家を追放される事になった際に右近からルチアと離縁するよう説得され、受け入れたために、以降、両家は決別したというのがこれまでは定説だったそうです。

書簡はスペインのトレド文書館に保存されており、元カトリック金沢教会職員の木越邦子さんが、撮影された原文の写しを手に入れ、慶応大学の高瀬弘一郎名誉教授(キリシタン史)が翻訳した。

ルチアがマニラに向かう際に子どもを預けた伝承が石川県志賀町二所宮にあり、木越さんは「ルチアが帰郷後に能登に匿われた可能性がある。記録が残されていないのも藩が隠した証しでは」と推定。

高瀬名誉教授は「3人が帰国したという事実は大きい。離縁した夫と会った事も興味深い」と話されています。

尚、この成果はキリシタン文化研究会編『キリシタン文化研究会報』に発表されたとの事。

― ◇ ◇ ◇ ―

余談ですが、過去に大河ドラマ枠で高山右近を配薬された役者さんは、

鹿賀丈史さん(『黄金の日日』昭和53年〔1978〕1月〜12月)
沢村一樹さん(『利家とまつ〜加賀百万石物語〜』平成14年〔2002〕1月〜12月)
生田斗真さん(『軍師官兵衛』平成26年〔2014年1月〜放映中〕
の皆さんですが、私個人的には最初に右近として観た鹿賀丈史さんの演技が何というか❝右近らしさ❞がすごく奏でていて未だに鮮烈な印象を持たせて頂いてます。


 


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posted by 御堂 at 00:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史:コラム
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