京都国際マンガミュージアム

京都国際マンガミュージアムに行って来ました。

目指す場所は烏丸御池―

なんですが…何を(自分で)勘違いしたのか両替町通を行っちゃいました。(♬からす両替りょうがえむろころも♬…って謡うもんね!)

あれ?おかしいなぁーでもよう見たら、建物の裏ですやん(笑)

でも、おかげで、大発見!

所在地で言えば、「京都市中京区両替町通御池上ル」になるのですが、旧龍池たついけ小学校跡地になります。

旧龍池小学校とは、明治5年(1872)の学制発布よりも前の明治2年(1869)に京都の町衆による小学校創設構想に基づき、当時の学校区)である「番組」で上京の第25番目として作られた「番組小学校」の1つで、都市化による少子化現象というべきドーナツ化現象の末、平成7年(1995)に廃校になった公立小学校です。

「龍池」という名は、ちょうどこの付近にあった二条殿邸宅の庭園の池「龍躍池」に由来したのだそうです。

― ◇ ◇ ◇ ―

二条殿址碑

その二条殿があった事を示す「此附近 二条殿址」という石碑を見つけたんですよね。

二条殿は、藤原氏九条流が所有し、支流である二条家の本邸宅で、室町時代に描かれた「洛中洛外図屏風」にも描かれています。

その後、安土桃山時代の天正5年(1577)に織田信長が移り住み、さらに天正7年(1579)に正親町天皇の東宮・誠仁親王に献上したので、「二条御所」と称されます。

しかし、天正10年(1582)の本能寺の変の際、織田信忠の手勢とと明智光秀の軍勢との戦闘の中で、信忠の自刃と共に焼失してしまいます。

まさに、侮りがたし、平安京って感じです!(笑)

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さて…って事で、ぐるっと1周して竹屋町通を東に入ってみると、ほとんど烏丸通に面したトコにありましたよ、京都国際マンガミュージアム

入場料500円を券売機で購入し、受付で「PASSPORT」なる折込案内図をもらって、いざ探検!

まず、お目にかかるのは「マンガの壁」ですが、
 
 1F…少年マンガ
 2F…少女マンガ
 3F…青年マンガ

の所蔵本が作家別に50音順で配架されていました。懐かしい作品がたくさんありましたよ!

地下には収蔵庫があって、マンガ雑誌が閉架状態で陳列されてましたし、まだ整理されてないのか、何杯かのダンボール箱が詰まれてました。

時期的にイベントとして、「世界のマンガ展」と「100人の舞妓展」が催されていたので、併せて展観しましたが―

「世界のマンガ展」で、地球環境などをテーマにした京都国際マンガ展入選作品の風刺マンガなど、結構面白かったですよ。

例えば、地球温暖化をテーマにした作品では、顔が地球の人が額には氷を乗せ、口には体温計を加え、ベットに横たわっています。そのベットには体温の上昇を示す折れ線グラフが書かれた紙が貼られている…みたいな感じですすね。

自然との共生をテーマにした作品では、旅客機と燕たちが仲良く横並びで飛んでいる…とかも面白かったですね。

「100人の舞妓展」では、100人のマンガ家さんたちが描く個性豊かな表情の舞妓さんの姿が壁に飾られて陳列してました。

友人と「えっ、この人も?」と驚いたのが、車だん吉さんです。

「車だん吉さん、あの喜劇役者さんだよね?」って感じだったんですが、そーいえば「お笑いマンガ道場」にレギュラで出演されてたし、そういう素養もあったのかな!とすぐに疑問は氷解しましたけど…

以上、こんな感じでしたよ!また行ってみようかな!と思わずにいられない場所でした。

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