TBS時代劇「雲を翔びこせ」

市販されたいる「雲を翔びこせ」のVHSビデオテープのパッケージ写真

CSのTBSチャンネルにおいて、東京商工会議所創立100周年を記念して制作され、昭和53年(1978)9月28日に放送された「雲を翔びこせ」がCS初放送として放映されます。

ドラマの趣旨としては―

近代日本の経済界に大きな足跡を残した渋沢栄一の青春期を描いた大型ドラマ。“近代日本、明治を作ったのは、薩長土肥の侍たちだけではなかった”。本作の主人公・渋沢栄一も武蔵国の農家出身だ。単なる偉人伝ではなく、渋沢栄一という一人の青年の人間形成の過程を追う。決して天才肌の男ではなかった栄一が、試行錯誤を繰り返しながら、自分の生きる道を探り当てていく姿と、それを取り巻く青春の群像を描く
という感じで、あらすじはこんな感じ―

安政5年(1858)、武蔵国榛沢郡血洗島村(現、埼玉県深谷市血洗島)の豪農渋沢家の息子、栄一は尾高家の長女・千代を嫁にもらう。尊王攘夷の意気に燃える栄一は、従兄弟の喜作、千代の兄弟・尾高新五郎、長七郎、平九郎らと英国公使館の焼き討ちを計画。

だが、焼き討ちは長州藩士に先を越され、そのとばっちりで栄一たちはバラバラになってしまう。

やっとの事で京都に辿(たど)り着いた栄一と喜作は、妙な縁で一橋コ川慶喜の家臣になった。そして、慶応2年(1866)、慶喜は15代将軍に就任。倒幕の志を持ってい栄一たちはいつの間にか幕府側になってしまった…
というもの―

主な出演者は、

  • 渋沢栄一=西田敏行さん
    渋沢栄一は、幕末・維新期から大正の初めに活躍した官僚で、のち実業家となり、“日本資本主義の父”と云われ、日本の歴史を代表する経済人として、千円札の肖像候補として最終選考に残った経緯がありますが、結果として、偽造防止の観点から肖像に髭(ひげ)をたくわえた伊藤博文に持って行かれたそうです。

    日本国際児童親善会を設立し、日本人形とアメリカの人形(→青い目の人形)を交換するなど、交流を深める事に尽力。大正15年・昭和元年(1926)、昭和2年(1927)にはノーベル平和賞の候補にもなったそうです


  • 栄一の従兄、喜作=武田鉄矢さん
    渋沢成一郎(明治以降は喜作と名乗る)、一橋家当主だったコ川慶喜将軍になると奥右筆に任じられ、上洛。慶喜の東帰に随ったのち、一橋家家臣団を中心に彰義隊を結成し、頭取に就任。慶応4年(1868)4月、慶喜が謹慎場所を江戸から水戸へ移すと、彰義隊で内部対立が起こり、成一郎は副頭取の天野八郎と対立、彰義隊を脱退。成一郎尾高新五郎一橋徳川家の所領地があった武蔵国高麗(こま)郡の下直竹村、上畑村、大河原村、原市場村、唐竹村、赤沢村(現、埼玉県飯能市)で募集し組織された農兵と上野戦争で遁走した軍兵を中心に振武軍を結成。新政府軍と飯能戦争で衝突しますが敗走。それでも徹底抗戦の考えを貫き、新五郎と共に榎本武揚ら脱走艦隊に合流し、箱館まで転戦しますが、五稜郭陥落と共に新政府軍に投降。大赦ののち、大蔵省に出仕し、欧米視察を経て実業界に転進。大正元年(1912)75歳で没。


  • 栄一の妻、千代=池上季実子さん


  • 千代の兄、尾高新五郎=柴俊夫さん
    尾高新五郎惇忠、新政府軍の東征の折り、渋沢成一郎らと振武軍の結成に榛沢新六郎という変名で参加し、会計頭取となります。新政府軍と飯能戦争で衝突するが敗走。成一郎と共に榎本武揚ら脱走艦隊に合流し、箱館まで転戦しますが、五稜郭陥落と共に新政府軍に投降。栄一の大蔵省出仕に伴い、新五郎維新政府に出仕し、同省勧業寮富岡製糸場掛に属すや、同製糸場の建設および運営に尽力。同製糸場の初代工場長に「就任します。

    余談ですが、新五郎の長女・勇(ゆう)は父・新五郎が心血を注ごうとする富岡製糸場の操業を支える工女の募集不足に苦労している姿を鑑み、第1号の伝習工女に志願して父に扶助します。「工女」という語から、『あヽ野麦峠』の様な女工哀史的なイメージを思い浮かべるかもしれませんが、明治初期の「工女」は伝習工女といって、技術の伝習を行うフランス人教婦から技術を学び、最先端の技術を学ぶパイオニア的存在でした。伝習工女は研修期間を終えて帰郷すると、その技術を地元に伝習する指導者的存在なのです。伝習工女は地域によっては“糸姫”と呼ばれて敬われています。

    また、新五郎は伝習工女に対して、「繰婦(=工女)は兵隊に勝る」んだよ、と女性の労働力は男性のそれに劣るものではない、と自信と誇りを持ち、人間性を重視した指導を行ったと云います


  • 千代の兄、尾高長七郎=Char(チャー)さん
    尾高長七郎弘忠幕末・維新期に水戸派の思想に傾倒し、坂下門外の変に参加しようとするも、兄・新五郎に制止され断念。文久3年(1863)、栄一や兄・新五郎らが高崎城を乗っ取って武器を奪い、横浜を焼き討ちにしたのち長州と連携して幕府を倒すという計画を立てた際には、懸命に説得し、思い止(とど)まらせています。翌文久4年(1864)正月、江戸から古里に戻る途中、突如錯乱して通行人を殺傷してしまい、板橋宿で捕縛され、伝馬町の獄に繋がれてしまいます。

    獄に繋がれる事4年経った明治元年(1868)、新五郎が身柄を引き取り、出獄。同年11月18日、口論から実母を惨殺し、異変に気付いた新五郎によって斬られます。享年31歳。(『実業家奇聞録』172、尾高惇忠弟を斬る)


  • 千代の弟、尾高平九郎=川ア麻世さん
    尾高平九郎昌忠、のちに栄一がパリ万博に将軍の名代として出席するコ川昭武の随行員として海外渡航するに際、幕府の規則で見立養子縁組(仮養子)を組まねばならず、栄一の養子となり、渋沢平九郎と名乗る。新政府軍の東征の折り、兄・新五郎と共に振武軍の結成に参加し、組頭となります。新政府軍と飯能戦争で衝突するが敗走。平九郎は変装して逃走しますが、黒山村(現、埼玉県入間郡越生町)で新政府軍に捕捉され負傷、平九郎は割腹して自決、享年22歳。


  • 栄一の父で渋沢「中ノ家」当主・市郎右衛門=大滝秀治さん

  • 栄一の母・エイ=入江杏子さん

  • 栄一の叔父で渋沢「東ノ家」当主・宗助=佐野浅夫さん


  • 川添愼之助(水戸浪士、天狗党)=三浦洋一さん

  • 鳥飼(もと上州の百姓→民部省・大蔵省の官吏となる)=平田満さん


  • 平岡円四郎(一橋家用人=家老並)=田村高廣さん

  • 土方歳三(新選組副長)=中山仁さんさん

  • 祗園の芸妓・小菊=三林京子さん


  • 水戸藩士・某=横尾忠則さん→平岡円四郎を殺害する

  • →平岡殺害の実行犯である水戸藩士の江幡広光か、林忠五郎にあたるのかな?
  • 武蔵岡部藩の領主=長谷川哲夫さん

  • →栄一が関わった時代の当主は安部(あんべ)信宝(のぶたか)か、その息子・信発(のぶおき)だと思われます

  • 大隈重信(栄一が民部省・大蔵省出仕時の民部大輔、大蔵大輔)=石坂浩二さん

  • 井上聞多(のち馨、栄一が民部省・大蔵省出仕時の民部大輔、大蔵大輔)=関口宏さん

  • 伊藤博文(栄一が民部省・大蔵省出仕時の工部大輔)=大和田伸也さん


  • 阪田彌左衛門=中村敦夫さん

  • →実際には、のちの三菱財閥・岩崎弥太郎でしょう!

  • 西郷吉之助(隆盛)=金田竜之介さん

  • 岩倉具視=渡辺文雄さん

  • 木戸孝允=細川俊之さん

  • 大久保利通=井上孝雄さん


  • 一橋コ川慶喜=片岡孝夫(現、当代(第15代)片岡仁左衛門)さん

― ◇ ◇ ◇ ―

放送日時は、

7月15日(日) 12:20〜14:00
です。要チェックなさいませ!!
― ◇ ◇ ◇ ―

※(参照)待ちに待った「風が燃えた」、33年ぶりの再放送!→


  


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posted by 御堂 at 03:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史:ドラマ
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