安倍晋三内閣発足!

安倍晋三自民党総裁が第90代内閣総理大臣に就任しましたね。

亡き父・安倍晋太郎氏の悲願とでも申しましょうか。一族・係累にとっての念願とでも申しましょうか。

とにかくも、山口県=長州系8人目の総理大臣が誕生したわけです。

世間一般で取り沙汰されているのは、

安倍晋太郎の息子
岸信介の孫
・大叔父には佐藤栄作
・外戚に松岡洋右

という、まさにサラブレットな“長州閥”な人物ですね。

さらに、歴史的な事を言えば、

安倍晋三首相は、前九年の役(永承6年~康平5年:1051~1062)で朝廷軍に破れ、伊予国桑村郡(現在の今治市上徳周辺)に配流された安倍宗任(ほら、ほらっ、大河「炎立つ」では川野太郎さんが演じてた人物ですよ!)を祖とする一族でのようです。

安倍宗任は平安時代の陸奥国の豪族・安倍頼時の三男で、北上川流域の奥六郡(現在の岩手県内陸部)を治め、衣川柵(奥州市衣川区)及び厨川柵(盛岡市)を主な拠点としていました。

そのルーツははっきりしていませんが、『陸奥話記』には、安倍宗任の祖先である、忠頼東夷の酋長)―忠良頼時の3代について、朝廷に従った蝦夷えみし俘囚ふしゅうの流れとして記載されていますね。

さて、安倍宗任は配流とは名ばかりで、河内源氏(頼義・義家)にとって安倍宗任は殺すには惜しい武将だったのでしょう、河内源氏嫡流のステータスシンボル・伊予守の本拠である伊予国にその身柄を留め置き、領地を与えました。

その後、筑前国宗像郡大島に配流され、その地の武将・宗像氏に味方し、その地で安倍宗任は永眠します。

安倍宗任には男子が3人いて、

長男である安倍宗良は大島太郎・安倍権頭と名乗り、大島の惣領を継ぎます。

次男の安倍仲任は薩摩に行ったとか…

三男の安倍季任は肥前国松浦に行き、松浦まつらの娘婿となって松浦三郎大夫実任と名乗ります。その子孫は北部九州の水軍松浦党を構成する一族になったとも云われています。

この安倍季任(松浦実任)の子孫の松浦高俊は、平清盛の側近で平家方の水軍として活躍したために、源平の争乱(治承・寿永の乱)以降、長門国大津郡(現在の山口県長門市油谷)に流罪となり、源氏からの迫害から逃れるために安倍氏に復した―

で、その子孫にあたるのが、安倍晋三首相ってわけです。

以上を踏まえて、今回の安倍晋三内閣の成立を

蝦夷と呼ばれた俘囚の、倭寇と呼ばれた海賊の子孫が一国の長になった―とみるのも一興ですね!

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