「どてらい男」―モーやん、再び!

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昭和48年(1973)10月から昭和52年(1977)3月まで全篇181話放送された花登はなとこばこ先生原作・脚本の「どてらいヤツが29年ぶりに舞台で復活します。

「どてらい男」は、『週刊アサヒ芸能』で連載していた作品で、昭和の激動期に丁稚から社長へ上り詰めた“モーやん”こと山下猛造(モデルは大阪の機械商社である株式会社「山善」の創業者・山本猛夫氏)を描いた(第1部が全6巻、第2部が全5巻の計11巻)のををドラマ化したもので、西郷輝彦さんが主演でした。

この当時、西郷輝彦さんは、ちょうど歌手から役者への転機を迎えつつあった頃で、それが見事に当たった配役となり、西郷さんの代表的作品となりました。

面白いエピソードがあって、この「どてらい男」で共演された大村崑さんがなされる、くしゃみのギャグを僕に下さい!と直談判したのだとか―

大阪の立売堀いたちぼりがメインなドラマなので、関西で当初から爆発的な人気を博しましたが、東京では日曜日の午後9時に時間が変わって以降、遅まきながらも人気の火がついたようで、放送期間も延長に次ぐ延長を重ね、足掛け4年半の長期シリーズとなりました。

その人気から東宝系で映画化もされましたが、山下猛造(西郷輝彦さん)、尾坂昭吉(田村亮さん)の名コンビ以外は東京系のタレント中心に配役が全て変わり、おまけに脚本も花登先生ではなかったので、1作目でコケちゃってシリーズ化はありませんでした(同じ様な事がリメイク版「白い巨塔」でも見られましたよね!田宮二郎氏=京都市出身、山本學さん=茨木市出身=という関西出身者による演技に対し、唐沢寿明さん、江口洋介さん=東京都出身=では、味わいも滅茶苦茶だし、キャラクターの個性さえも消しさってしまった、丸っきりの駄作に終わっちゃいましたもんね!)

僕自身、ちょうど小学校の中学年〜高学年の頃で、チャンネル権はもちろん、親にあった訳ですが、この作品については、日曜日の午後9時、家族3人で一緒に観てました。

僕は茂子役だった梓英子さんの印象が今でもすごく残っています。確か再放送で観た、竹脇無我さんが主演した「清水次郎長」(昭和46年=1971)でお長役を演じた時の印象も好きでした…

一番印象的場面は僕もご多分に漏れず「戦争篇」でしょうかね。このシリーズで登場した配役の皆さんって強烈な印象です。

口達者な猛造やインテリタイプの海野(森次晃嗣さん)、コソ泥あがりの馬方(なべおさみさん)らを徹底的にしごき倒す坂田軍曹(藤岡重慶さん)の存在は圧巻で、今もあの「やまーしたー」(ご存知の方はイントネーションを付けて言ってみましょう!笑)のセリフは耳にしっかりと残ってますから…

そして、猛造や茂子の故郷でもある福井が地震(昭和23年=1948=の福井地震)に襲われて、茂子が猛造に看取られて亡くなるシーンは一番の涙モノでしょう…

京都・南座での上演は10月期(10月1日〜25日)で、立志篇(第一幕)、戦乱篇(第二幕)、激情篇(第三幕)の3部構成。これまでに個別に上演された戦前・戦中・戦後のシリーズ3部作を初めて一挙上演するそうですよ!


でも、こーなってくると、TVでの再放送復活に期待が込められてくるなぁー。今現在、テレビ大阪で「あかんたれ」も放送されているし、是非「どてらい男」も!!


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posted by 御堂 at 01:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | ドラマ・芸能
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