(トピックス)小牧山城の石垣から墨書石材が出土!―国内最古の確認例

発見された石材の墨書部分の写真発見された石材のイラスト図「佐久間」と墨書された石材の赤外線写真

愛知県小牧市の教育委員会によると、同市の小牧山城(小牧市堀の内、国史跡)の石垣から墨書(墨で文字が書かれたもの)のある石材が発見されました。石垣の石材としては国内最古の確認例なのだとか―

墨書のある石材は、教育委員会による発掘調査(小牧山主郭地区発掘調査)の中で、山頂付近の本丸北西側の斜面の石垣から発見された堆積岩の一種(長さ60cm、幅35cm、厚さ20cm、重さ93・5㎏)。

しかし、原形を伴っていない場所で発見されたために、石垣のどの部分に使われていたかは判り得ないのだとか―


名古屋市博物館に持ち込んで調査し、城郭に詳しい千田嘉博・奈良大学教授らが鑑定した結果、墨書で書かれた文字には石材の中央に大きく書くという特徴があるのですが、石材の平坦面中央部に草書体で縦書きされている範囲内(縦12cm、横6cm程度)に肉眼で3文字が確認でき、「佐久間」と判読できた模様。

小牧山城は織田信長が永禄6年(1563)に手掛けた最初の城郭で、“近世城郭の原型”とされます。

石垣の石材の中でも、墨書のある石材の事例から、墨書の内容には作業(石普請など)に関わった担当者の名前や官途名、作業上の目印となる記号(刻印)が記されているケースが多く、千田教授は「信長の複数の家臣が築造に関わった中で、城の心臓部とされる本丸の石普請は、信長の重臣であった佐久間信盛に代表される佐久間一族が関わっていた可能性が高い」と推察されました。

石垣の石材で墨書のある石材は、昭和17年(1942)に滋賀県教育委員会が調査した報告書の中で、信長が築城を開始した安土城(→天正4年=1576=)に墨書があったと記録されており、これが最古の確認例だったのですが、今回の事例でこれを13年も遡る結果となりました。

なお、今回確認された墨書のある石材は6月10日(金)~22日(水)に小牧市歴史館(小牧市堀の内)で、7月27日(水)~8月1日(月)に名鉄小牧駅前のラピオ(平和堂)内にあるまなび創造館4階の市民ギャラリーで一般公開されます。

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