「アジア古都物語」第6集「京都 千年の水脈たたえる都」

わが街・京都―

桓武天皇によって平安京(城)がこの盆地に出現したのは、今から1200年も前の事。

江戸時代末期の儒者・頼山陽は京の都を山と水と2つの自然がマッチした「山紫水明」と表現しています。

「山紫水明」とは、山の翠色が陽ざしに映えて紫にかすみ、川の水も明るく澄みきっていて美しい、と自然の景色を形容しているのです。

北東から鴨川、東から白川、西から桂川が流れ込み、やがて淀川へと合流。これに、琵琶湖疏水の通水も加わる事で京都の人々の文化や生活を支えて続けています。

加えて、中央部一帯は無尽蔵ともいわれる豊富な地下水盆地が存在が存在し、至る所で名水が湧き出ているのです。

そんな地下水盆地の構造を科学的に検証したのが、NHKスペシャル「アジア古都物語」第6集「京都 千年の水脈たたえる都」という番組です。

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番組の中では、関西大学工学部・楠見晴重教授の研究グループが「京都盆地の地下の砂礫層に存在する地下水の量を211億tと試算。琵琶湖の貯水量である約275億tに匹敵する数値である」と解析されました。

― ◇ ◇ ◇ ―

南北約33q、東西12qの京都盆地は三方を山に囲まれ、しかも南側も男山(八幡市)と天王山(大山崎町)に挟まれた形で絞り込まれ、まるで満々と水を湛えたお盆みたく天然の貯水ダムのような構造になっています。

京都の地下水は適度なミネラルを含んで美味しく、「金気」が少ない性質なため、この豊富な水から多種多様な文化を創造してきました―伏見に代表される日本酒造り、豆腐や湯葉などの食文化、京友禅などの工芸、そしてなによりお茶やお花など…京文化のほとんどは良質で豊かな水の賜物なんですよね。

その中の1つとして―

京都市左京区下鴨、賀茂川に架かる葵橋東詰の北に明治初期まで賀茂御祖みおや神社(下鴨神社)はふり(神官)を務めた鴨脚いちょうの屋敷があります。

今年の2月、この鴨脚家の屋敷内にある庭園が京都市指定名勝に決まったのですが…

京都市指定名勝に決まった鴨脚家庭園

実はこの庭園内にある泉というのが、鴨川の伏流水による湧水で、この泉に貯まる水量が、イコール平安京(城)内の貯水量と測定できたのだそうです。

そして、

この泉の構造がよくできていて、凡そ3段階で貯水量が測れるのだとか―

(1)泉全体に水が溢れている
(2)泉の中底あたり、人工的に丸く作られた箇所までしか水嵩がない
(3)泉の奥底あたり、人工的に四角く作られた箇所までしか水嵩がない

つまり、(3)の状態になっていると、かなりの水不足だというわけです。

このように、鴨脚家の当主は代々、水量の変化を家職として管掌していたのだそうです。

― ◇ ◇ ◇ ―

京都は勿論、隣国の滋賀や三重の一部などに降った雨は京都盆地に集まっているそうです。その量は年間約120億tほど―

そのうちの約30億tは蒸発し、残りの約90億tの半分が川に流れ、半分が地下に浸透するといいます。

京都の地下水は非常に豊かで、枯れる心配はないと言われていますが、近年では急速なマンション建設や道路のアスファルト舗装など都市化の波によって、地下に浸透する水の量が減ってきているそうです。

マンションの建設は地下水を生活用水として利用するため、豊富な地下水も汲み上げられ過ぎて空洞化し、地盤沈下の波が押し寄せてきているようです。

道路のアスファルト舗装化にしても、土の上にアスファルトを覆い被せる訳ですから、自然に呼吸できていたのが、人工的に窒息させられている状態と同じで、水の量も水質さえも変化が起きるんですよね。

京都の風光明媚な装いも風前の灯火の様相ですね!


 


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posted by 御堂 at 07:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史:書籍
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