「知るを楽しむ」 チャップリン なぜ世界中が笑えるのか

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NHK教育テレビにおいて6月期に放送された「知るを楽しむ」の「私のこだわり人物伝―チャップリン なぜ世界中が笑えるのか―」を観返しました。

第4回目の「チャップリンの愛した日本」の回ですが、興味を惹いたのは、

“歌舞伎になったチャップリン”という命題!

歌舞伎とチャップリン…「えっ?」って感じですが―

実は、「街の灯(City Lights:1931年=昭和6)がそうなんだそうです。

ちなみに、「街の灯」は街角で花売りをする盲目の少女とチャップリン演じる浮浪者の恋を描いたストーリーで、

街角で花売りをする盲目の娘は、なけなしのコインで一輪の花を買ったチャーリーを金持ちの紳士と誤解してしまいます。

浮浪者は大金持ちの紳士を精一杯装って、娘のために一所懸命働いて尽くし、娘もそんな彼に恋心を抱くのです。

しかし、ある日、浮浪者は娘の眼を治療するために大金を盗み、逮捕されてしまいます…

月日が流れ、釈放された浮浪者は、眼が治って街角で花屋を営んでいる娘と偶然再会します。

娘は目の前の薄汚い浮浪者を見ても、自分の恩人だとは気付きません。

娘は浮浪者を哀れに思って小銭を恵んでやろうと、彼の手をとった瞬間、娘の表情は変わります。

「眼は見えるの?」「ええ、見えます」…じっと見つめ合う2人の表情

―でエンディングロール!

この作品は、音響は音楽と効果音のみ、セリフも字幕というサイレント映画です。

僕はこういったサイレント映画が好きです。

例えば、「街の灯」でのラスト、見つめ合った後はどうなん?ってイメージ欲が描き立てられますもんね!(それが、観る人によって喜劇にもなり、悲劇にもなりますが…)

さて本題に!

この「街の灯」は日本では昭和9年(1934)に公開されたのですが、実は昭和6年(1931)8月に東京の歌舞伎座で「蝙蝠こうもりの安さん」という演目で上演されていたんだそうです。

脚本家の木村錦花氏が映画雑誌に載った筋書きをもとにして歌舞伎化したんだとか―

例えば、舞台を江戸時代の両国に置き換えたところや、映画の冒頭の記念碑の除幕シーンを大仏の開眼供養に置き換えたり、キャバレーのシーンを芸者遊びのシーンに、有名なボクシングのシーンは賭け相撲のシーンに、と上手く置き換えているのだとか―

「蝙蝠の安さん」とは、歌舞伎作品の「与話よわなさけ浮名うきなの横櫛よこぐし」に登場する人物だそうで、役どころがそのままチャップリンの演技に似ている―として引用したのだとか―

これって、例えば、明治19年(1886)に「ハムレット」を「葉武はむ列土れつとやまとの錦絵にしきえ」に置き換えた浄瑠璃の作品での主人公・ハムレットを「葉叢丸はむらまる」って名前に置き換えたのと違ってすごく“粋な”感じがしちゃいました。

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