映画「大地の詩―留岡幸助物語―」


明治から昭和初期にかけて“感化事業の父”と呼ばれたの社会事業家で富岡幸助という人物がいました。彼は岡山県高梁市に生まれ、生後まもなく、米屋を営む商家の養子となります。

ある日、留岡は漢学塾に通っていた折り、武家の子供と喧嘩して打ち負かし、怪我させちゃいます。

その事が原因で米屋を営む実家は商売に支障が出てしまい、留岡は養父から厳しい折檻を受け、通っていた小学校を退学させられた挙句、商人になる事を強いられた留岡は家出をし、高梁にあったキリスト教会に逃げ込み、やがて洗礼を受けます。

留岡は幼いながらも不平等な身分社会に憤りを感じ、のちキリスト教の伝道に際しては「士族の魂も町人の魂も赤裸々になって神の前では平等」の精神を貫いたと云います。

その後、同志社英学校(別科神学科邦語神学課程)に入学。この時代に、徳富蘆花と交友を結びます。(蘆花の小説『黒い眼と茶色い眼』の中の登場人物で「邦語神学の富岡君」留岡がモデルなのだとか―)

卒業後、丹波第二教会(現、京都府福知山市)の牧師となります。18世紀のイギリスで監獄改良を訴え続けたジョン・ハワード(John,Howard)の伝記を伝を読んで強い影響を受けた留岡は、監獄の改良を志し、妻子を連れて北海道・空知集治監しゅうじかん教誨師となりますが、非行少年教化事業の必要を嫌という程痛感します。

集治監とは、刑務所の前身にあたります。当時、空知集治監を含めた北海道の集治監では、収容者たちを開拓のための労働(樺戸や網走では道路建設、空知や釧路では炭鉱、硫黄鉱山の労働使役に動員)に従事するとして、強制労働的な使役を強いていました。

留岡は、監獄改良と行刑制度の確立に務め、その中で犯罪の芽は幼少期に発する事、幼少期での家庭教育の大切さに気づき、教誨師を辞めてアメリカに留学し、監獄制度や感化事業を学びとり、帰国後は、非行少年感化を実現すべく感化院(現在でいう児童自立支援施設の事)の設立のために奔走します。

また、巣鴨監獄(現、東京都豊島区巣鴨)の教誨師となり、巣鴨の地に少年感化のための教育の場として「巣鴨家庭学校」(東京家庭学校、現、東京都杉並区高井戸)を創設します。

「家庭学校」とは、留岡によって創設された、非行少年のための自立支援施設(旧感化教護施設)の事で、キリスト教精神を基本とし、二宮尊徳「報徳思想」や“民衆教育の父”と呼ばれ、教育による社会改革及び、民衆の救済を目指していたヨハン・ハインリッヒ・ペスタロッチ(Johann Heinrich,Pestalozzi)の実践的教育思想を参考に、もっぱら職業を与えて、徳育・知育・体育の発達を図りつつ、少年たちに家庭的な愛情を薫陶させ、家庭生活も学校生活も共生できる理念の下に「家庭学校」と名付けられました。

その後、巣鴨の地が都会的になると、ジャン=ジャック・ルソー(Jean-Jacques,Rousseau)の著書『エミール または教育について(Emile ou de l'éducation)』に書かれた「子供を育てるには大自然の中が一番」という文言に感銘を受け、大自然の中で「流汗鍛錬」を信条とする労働体験(=自ら汗を流して体験してこそ、初めて何かを得る事がある、という考え方)を通じて感化事業を行おうと、北海道上湧別かみゆうべつ村字社名淵しゃなぶち(現、北海道紋別郡遠軽町)の地に「家庭学校」の分校と農場を開設(「北海道家庭学校」)。終生、少年感化や監獄改良、教化事業に尽くしました。なお、「北海道家庭学校」(北海道紋別郡遠軽町留岡)の地名には「留岡」という名称で現在に至っています。

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そんな留岡幸助が非行少年の社会更生に尽力し一生を捧げた姿を映画化したのが「大地の詩―留岡幸助物語―」という作品です。

すでに5月上旬に北海道を皮切りに上映公開がなされており、下旬以降、東京や首都圏、そして全国各地で公開されるようですね。わが在所・京都には7月2日以降なので、楽しみに待っておきます!

主な配役は以下の通り―
  • 留岡幸助=村上 弘明さん


  • 留岡夏子(幸助の先妻)=工藤夕貴さん

  • 寺尾きく子(巣鴨家庭学校の保母、のち夏子の死後、幸助の後妻)=笛木優子さん


  • 原胤昭 =さとう宗幸さん

  • 最後の江戸南町奉行所与力、日本で最初のキリスト者教誨師となり、“更生保護の父”と呼ばれる。また、日本で最初のキリスト教女学校「原女学校」を創設、現在の十字屋楽器店の前身でキリスト教関係の書籍を扱った十字屋書店を東京・銀座に開業する
  • 石井十次=村田雄浩さん

  • “児童福祉の父”と呼ばれ、日本で最初に孤児院を創設する
  • 有馬四郎助=隆大介さん
  • 空知集治監典獄長・のち留岡幸助から受洗し、“クリスチャン典獄”と呼ばれた
  • 留岡金助(幸助の養父)=石倉三郎さん

  • 留岡勝子(幸助の養母)=和泉ちぬさん


  • 好地由太郎=市川笑也さん

  • 留岡が北海道空知監獄の教誨師となった際、好地由太郎はそこに収監されていた。留岡の先妻・夏子が特に好地由を可愛がり、亡くなる間際まで好地由の事を案じていた、という話を留岡より知り感激する。のち特赦により出獄し、以降は巡回伝道師として活動する
  • オーティス・ケリー(Otis,Cary)=アーサー・ホーランドさん

  • アメリカン・ボード宣教師、神戸女学院初代理事長を務めている
  • 金森通倫=小倉一郎さん

  • 同志社の神学生、岡山基督教会(のち日本基督教団岡山教会)初代牧師
  • 古河市兵衛=秋野太作さん


  • 大井上輝前=中条 きよしさん

  • 明治期の北海道樺戸集治監初代典獄。釧路集治監典獄の時、看守を全国公募し、有馬四郎助を抜擢。また、教誨師に原胤昭や留岡幸助らキリスト教徒を採用


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※(参照)映画「大地の詩―留岡幸助物語―」公式サイト→


 


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posted by 御堂 at 14:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史:ドラマ
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