ドラマスペシャル「遺恨あり 明治十三年 最後の仇討」

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江戸千代田城が無血開城し、明治という新時代を目前にした慶応4年(1868)5月24日未明、、九州の山間やまあいにある小藩・秋月藩筑前福岡藩初代藩主・黒田長政の三男・長興が藩祖)で、藩の執政とその妻が暗殺されるという事件が起こりました。

秋月藩の執政=正式には執政心得首座公用人=とは臼井亘理わたり(豊原功補さん)、その妻の名は清(濱田万葉さん)。

この2人が住む屋敷に同藩内で過激攘夷派の藩士の集団である干城隊(のち秋月の乱を引き起こす秋月党となる)24名が侵入。亘理の首を取っただけでなく、清までも惨殺したのです。

開国派のリーダーである亘理を気に召さない攘夷派の国家老・吉田悟助(石橋蓮司さん)がそそのかしたために起こった惨劇だったのです。

物音に気づいた侍女・なか(浅見姫香ちゃん)に起こされた亘理の息子・六郎(桑代貴明くん)は父の許に駆けつけますが、目の当たりにしたのは両親の惨い遺体と、暗い部屋の隅に呆然と座っている、まだ3歳の幼い妹・つゆ(荒田悠良ちゃん)の姿(…幸いにも、つゆは軽傷で命に別状はなかったようです)でした。

この惨劇の風景が心の中で焼き付いてしまった六郎の、消し去る事のできない怒りの火が芽生えた瞬間から物語は始まります―

― ◇ ◇ ◇ ―

その後、清の兄・四郎兵衛(相島一之さん)と亘理の弟で臼井家の跡を継いだ助太夫(田口浩正さん)が国家老の吉田に仇討を願い出ますが、吉田は藩の法度はっとで私闘は禁じられているとして、この事件を闇に葬り去ります。

さらに、干城隊へのお咎めは一切ないのに対し、臼井家は50石の家禄減知という、余りにも理不尽な処分が下されるのです。(…とはいっても、300石から250石に減っただけですけどね!)

それなら、“自分自身の手で!”と父母の仇討を胸に誓った六郎(藤原竜也さん)は、なか(松下奈緒さん)と力を合わせ、下手人を調べ上げ、遂に父を殺したのが一瀬いちのせ直久(小澤征悦さん)、母を殺したのは萩谷伝之進(岡田浩暉さん)であると嗅ぎつけます…

独り仇討への思いにかられ、黙々と剣の稽古を続ける六郎に、一瀬が東京へ行くという噂が届きます。

仇討決行を決意した六郎は、父の形見の脇差を手に、早朝、藩境の峠道に身を潜めて一瀬を待ちます。

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だが、一分の隙もない物腰の一瀬を見て、六郎は身動きすらできず、情けなさに身を震わせ、事の次第を聞いたなかも「うちも悔しかです…」と静かに涙を流すのでした―

そんな矢先の明治6年(1873)2月7日、太政官布告第37号「仇討禁止令」(復讐禁止令)を発布。(※1)これ以降の仇討は謀殺の罪として、死罪にされる事になってしまうのです。


※1 明治6年(1873)2月7日、太政官布告第37号「仇討禁止令」(復讐禁止令)を発布。
○仇討禁止令(復讐禁止令、明治6年太政官布告第37号)「復讐ヲ嚴禁ス」
人ヲ殺スハ國家ノ大禁ニシテ人ヲ殺ス者ヲ罰スルハ政府ノ公權ニ候處古來ヨリ父兄ノ爲ニ讐(あだ)ヲ復スルヲ以テ子弟ノ義務トナスノ風習アリ右ハ至情不得止ニ出ルト雖トモ畢竟私憤ヲ以テ大禁ヲ破リ私義ヲ以テ公權ヲ犯ス者ニシテ固擅殺(せんさつ)ノ罪ヲ免レス加之(しかのみならず)甚シキニ至リテハ其事ノ故誤ヲ問ハス其理ノ當否ヲ顧ミス復讐ノ名義ヲ挾ミ濫リニ相搆害スルノ弊往々有之甚以相濟事ニ候依之復讐嚴禁被 仰出候條今後不幸至親ヲ害セラルヽ者於有之ハ事實ヲ詳ニシ速ニ其筋ヘ可訴出候若無其儀舊習ニ泥ミ擅殺スルニ於テハ相當ノ罪料ニ可處候條心得違無之樣可致事(原文まま)
→太政官布告とは、明治時代初期に明治18年(1885)に内閣府が誕生するまで、維新政府の最高官庁だった太政官によって公布された法令の形式。

太政官によって発布される法令には、達(たっし)と呼ばれるものと布告に区別される。前者が「…云々候條此旨相達候事」または「…云々候條此旨可相心得候事」という文末の終わり方から見て、各官庁及び官員に対する訓示としての意味合いがあるのに対し、布告は「…云々候條此旨布告候事」という文末の終わり方をしており、全国一般(各地方自治体レベル)への布告すべきものと解釈された。従って、法令遵守の徹底が全国民レベルに行き届いていたとは限らない。
明治9年(1876)、秋月で小学校の代用教員の職に就いていた六郎は、遂に東京に出る決意を固めます。祖父である儀左衛門(平泉成さん)や助太夫には「勉学を重ねて官に職を得たい」と申し出ますが勿論、仇討の決意を秘めての事でした。

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「きっと、御本懐を遂げられますよう。お祈り申して上げております」―まるで武士の妻の様に指をついて六郎を送り出したなかは、福岡県庁で給仕の職に就く事を決めます。

県庁ならば、上京した人間の消息も聞こえてくるだろう、と六郎への一助のために一瀬の行方を探る心算つもりで決心します。

東京に出た六郎は、叔父・四郎兵衛の家に居候を始めます。

ある時、道場主の山岡鉄舟(北大路欣也さん)と知り合い、弟子入りする事を決めます。鉄舟旧幕臣の大物であり、現在は明治天皇侍従として宮内省に勤める人物です。

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六郎は、他の弟子と交わる事もせず、一心不乱に剣の稽古に励みます。

そんなある日、なかから一瀬が司法省の役人になったという事を知らせる手紙が届きます。

手紙が届いて以来、何処か殺気立った六郎の姿を見ていた山岡は彼の決意を見抜くのですが…

― ◇ ◇ ◇ ―

―以上が、「遺恨あり 明治十三年 最後の仇討」のストーリーのあらましです。

原作である吉村昭氏『敵討』(新潮社、新潮文庫)の中の短編『最後の仇討』をベースにまれた演出。

このドラマは上記の“最後の仇討”の実話を基に描かれています。

日本で公的に記録として残されている“最後の仇討”は、明治政府「仇討禁止令」を発布してから7年後の明治13年(1880)12月17日、東京市京橋区三十間掘(現在の東京都中央区銀座六丁目付近)にあった旧秋月藩最後の藩主・黒田長徳(※2)邸内の書生長屋で起きています。


※2 黒田長徳
多くの参考文献では黒田長徳子爵家となっていますが、長徳子爵となるのは、臼井六郎によるこの事件より4年後の明治17年(1884)7月7日付で発布された華族令以降なので、表現としては時宜に適わないため、除外します。
鎌倉開幕以来700年の長きに渡って“武士の美徳”とされてきた仇討ですが、時代は六郎にとって過酷な運命をもたらす事になります。

仇討は“美徳”?それとも“殺人”?

「仇討禁止令」によって仇討、イコール“明確な殺意ある殺人”という犯罪に変わってしまいます。

六郎を取り巻く人々は、六郎を“孝子の鑑”として賞賛するのか!? それとも単なる“殺人者”として裁くのか!?…時代の変化に翻弄され、大きな葛藤を抱えこむ事になります。

全てが終わった時、残ったものは、一体何だったのか…そして、最後に六郎が目にしたものとは…

主な登場人物は、

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  • 臼井六郎=桑代貴明くん→藤原竜也さん

  • 幕末の秋月藩士・臼井亘理は、源平争乱期の頃に下総国に勢力があった千葉のすけの支族で、臼井庄(現在の千葉県佐倉市臼井田付近)に本拠を置いた臼井氏の子孫で、勲功により源頼朝から筑前国嘉麻郡馬見荘、碓井荘(現在の福岡県嘉麻市)を賜って以降、その地に土着し、豊臣秀吉九州征伐以後は筑前国嘉麻郡の代官を任されます。その臼井家第18代の安宣の長男・宣辰が黒田長興秋月藩分封に伴い、秋月に移住し、秋月藩士となります。そして惣領は代々、「六郎」を称し、この子孫が臼井六郎という事になります。
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  • なか(臼井家に仕える侍女)=浅見姫香ちゃん→松下奈緒さん


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  • 一瀬直久(秋月藩士で干城隊幹部。六郎の父・亘理を殺害した実行犯。維新後、東京上等裁判所(※3)判事)=小澤征悦さん

  • ※3 上等裁判所
    現在の高等裁判所にあたり、大審院の下部、地方裁判所の上部に位置する裁判所。昭和22年(1947)の裁判所法(昭和22年4月16日法律第59号)により改変された。(変遷)上等裁判所→控訴裁判所→控訴院→高等裁判所
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  • 中江正嗣(東京上等裁判所判事、土佐の下級郷士の出で民権思想に傾倒している)=吉岡秀隆さん

  • …土佐で、中江姓で民権思想と来たので一瞬、中江兆民先生を思い浮かべちゃいました!

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  • 山岡鉄舟(旧幕臣。維新後は明治天皇の侍従)=北大路欣也さん


  • 臼井つゆ(六郎の妹)=荒田悠良ちゃん→井村空美さん

  • 山岡英子(鉄舟の妻)=松原智恵子さん

  • 山岡松子(鉄舟の娘)=芦名星さん

  • 一瀬さと(一瀬の妻)=戸田菜穂さん

― ◇ ◇ ◇ ―

放送日時はテレビ朝日系で、2月26日(土)午後9時から土曜ワイド劇場の枠内で放送されます。


― ◇ ◇ ◇ ―

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なお、臼井六郎が生まれた故郷にある秋月郷土館(福岡県朝倉市秋月)では、ドラマの放映に伴い、“最後の仇打ち”の特別展が現在開催中です。開催期間は5月31日までとの事。お問い合わせなど詳細は秋月郷土館まで。

― ◇ ◇ ◇ ―

※(参考)【日本最後の仇討ち】 旧秋月藩士 臼井六郎→
※(参考)幕末(日本最後の仇討ち)(「青春の城下町−筑前・秋月−」より)→
※(参考文献)小泉輝三朗『明治黎明期の犯罪と刑罰』(批評社)


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posted by 御堂 at 20:51 | Comment(1) | TrackBack(0) | 歴史:ドラマ
この記事へのコメント
江戸三大仇討は知っていましたが、この仇討は知りませんでした。
感動です!!!
Posted by 厳 一広 at 2014年01月28日 00:27
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