天誅組暴動と五條代官

幕末期の文久3年(1863)8月17日、大和国五條に置かれた代官所を白昼堂々と襲撃した者たちがいました。吉村寅太郎天誅組の暴徒たちです。

“最初の武力討幕行動”として有名な出来事なのですが、果たして五條代官所に勤仕する者たちが悪事めいた行状を働いていたでしょうか?

当時の五條代官であった鈴木源内「温厚な性格で公平無私な人物」(『十津川記事』)と評判の人でした。

別段、何にも“悪代官”呼ばわりされる行状もしていないのに、天誅組ら暴徒は幕府の役人というだけで、彼と彼の家族、そして一番許せないのは、たまたま居合わせていた按摩あんま師までも血祭りに挙げたのです。

“正義”という名目に守られて…


 

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