「蝶々夫人」その後…

歌劇「蝶々夫人」を演じている三浦環さんの銅像

NHK−BS2で放送している「NHK BSクラシック倶楽部」『マダム・バタフライ〜オペラ「蝶々夫人」100年の恋〜』というのを観ました。

イタリア人のダリオ・ポニッスィ(Dario Ponissi)さん(→NHK教育テレビの「イタリア語会話」や平成13年(2001)に放送されたNHK大河ドラマ「北条時宗」にマルコ・ポーロ(Marco Polo)役で出演されたましたっけ)が平成16年(2004)11月に長崎のグラバー邸で収録されたジャコモ・プッチーニ(Giacomo Puccini)の「蝶々夫人(Madama Butterfly=マダム バタフライ)」の歌劇(Opera=オペラ)のシーンに続き、アメリカで見つかった原作者でアメリカ人のジョン・ ルーサー・ロング(John Luther Long)の未発表の続編ドラマの一部が再現されたんですね。

「蝶々夫人」は、1890年代の長崎が舞台で、日本の芸者がアメリカ海軍士官の「現地妻」となり、やがて裏切られるという悲しい恋の物語。

アメリカ海軍士官のピンカートンは、現地妻として蝶々さんと結婚します。

蝶々さんは15才の芸者。長崎大村の武家の家に生まれたが、家庭の事情で没落し、芸者となっていました。

結婚生活も束の間、ピンカートンがアメリカに帰ってしまってから、3年が経過、

蝶々さんは彼の帰りをひたすら待ち続けています。2人の間にできた3才の子とともに―

長崎の港にピンカートンが所属する軍艦が入港してきました。蝶々夫人は彼の来訪に心待ちにしています。

ところが、彼は帰って来ません。

翌朝、蝶々さんが子どもと寝室で休んでいると、ピンカートンとその妻ケートが訪ねてきます。

ケートは子供を預かると言ってきました。

蝶々さんはピンカートンが迎えに来るなら渡すと言います。

そして、ピンカートンが駆けつけたときには、すでに彼女は父の形見の短刀で自害し果てます…

というのが「蝶々夫人」のあらましですが、続編では、

それから20年の後の話、蝶々夫人は短刀で自害を試みましたが、傷は浅く、一命を取りとめ、旅館の女将として暮らしています。

ピンカートンは第一次世界大戦に出征し戦死していました。

ある日、1人の若い海軍士官が日本人の女性を連れて宿泊に来ました。

その面影に蝶々夫人はピンカートンと自分の子どもであるピンカートンJrだと気付きます。

もちろん、ピンカートンJrは自分の母が蝶々夫人であるとは知りません。

ピンカートンJrは一緒にいる日本人の娘スミレと結婚すると言っています。

しかし、その娘は成金上がりで、以前から蝶々夫人に横恋慕していたヤマドリ公爵の娘でした。

ヤマドリ公爵はスミレを取り替えさんとやって来て、ピンカートンJrを殺そうと息巻きます。

蝶々夫人はピンカートンJrの命乞いをするのですが、ヤマドリ公爵は蝶々夫人が自分の許に来るのなら…と条件を出します。

蝶々夫人はピンカートンJrにスミレは諦めて、軍艦に帰るように諭します。

ピンカートンJrは聞き入れて軍艦に帰ります。

それを見届けた蝶々夫人はピンカートンの遺影に語り掛けるように、服毒自殺をするのです―

というのが、続編のあらましでした。やはり悲劇的な結末を迎えるのですね。

PS.画像は歌劇(Opera)「蝶々夫人(Madama Butterfly=マダム バタフライ)」で蝶々夫人を演じて以来、まさに蝶々夫人という冠を代名詞とした三浦環さんの銅像(長崎、グラバー園内)です。



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posted by 御堂 at 05:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽
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