豊臣体制論ノート

豊臣体制による支配構造を研究する上で、基本となる史料を幾つか挙げます。

羽柴秀吉がまだ織田信長の属将の頃で播磨国を支配した際の、天正8年(1580)9月21日付、一柳市助ひとつやなぎいちすけ宛羽柴秀吉判物はんもつによれば、

以揖西郡内弐千五百石、此内千石為自分遣

との記載がみられます。

一柳市助ひとつやなぎいちすけ直末なおすえ)は、播磨国揖西いっさい郡に2500石を宛行われた訳ですが、その内訳で1000石は「自分遣」、つまり直轄領として一柳ひとつやなぎ氏の生計に充てる事ができ、残りの1500石は軍役分として家臣に与える所領でした。

軍役分とは、秀吉が軍役として戦陣や城普請などに動員をかける時の基準となる知行の事を言います。

これに対して、「自分遣」というのは、軍役のかからない知行無役分を言います。

つまり、秀吉は知行の中で、一柳市助ひとつやなぎいちすけ直末なおすえ)の直轄領分と家臣を抱える分という様にその内容を指定しているのです。

そして、その比率は、1:1・5という基準でした。

― ◇ ◇ ◇ ―

天正19年(1591)3月13日付、小早川隆景宛豊臣秀吉朱印状によれば、小早川隆景は筑前を主に肥前・筑後を加えて30万7300石の知行を宛行われますが、その内訳は、

一、弐拾万石        軍役之分
   人数八千人 遠国たる之条、百石ニ付、四人宛之役也
一、拾万四千参百石    台所入無役
         此内五万石 在京料
一 参千石          安国寺


となっており、ここでも小早川隆景の知行を、軍役分20万石と無役分10万4300石に分けて宛行われています。

ここでは無役分を「台所入」といっていますが、小早川隆景の直轄領の事をいい、隆景が自分の裁量で賄える財政費用に相当する分を言います。なかに「在京料」とあるのは、隆景が領地から秀吉の許へ参勤する費用代として割り当てられた所領を言います。

― ◇ ◇ ◇ ―

次に挙げる佐竹義宣よしのぶなどは、この支配方法の恩恵によって、自身の支配体制を確立した1人です。

豊臣秀吉に臣従するまでの佐竹義宣の知行は25万5800石で、その内訳を見ると、

・佐竹義宣 11万石(うち蔵入分1万石)
・佐竹義重  1万石(おそらく隠居料か)
・東義久   1万石(一門衆)
・与力家来 12万8800石


となっていて、佐竹氏全体と与力家来分の比率は、50・2:49・8と均衡しており、佐竹氏の領主権力は著しく不安定であった事が分かります。

それが、豊臣体制に臣従した後に改めて宛行われた文禄4年(1595)6月19日付の佐竹義宣よしのぶ宛豊臣秀吉朱印状で宛行われた知行54万5800石の内訳を見ると、

一、拾五万石         義宣
一、拾万石  無役      内義宣蔵入
一、五万石  無役      義重
一、六万石  此内壱万石無役 佐竹中務太輔(=東義久)
一、拾六万八千八百石     与力家来
一、千石           佐竹中務 御代官徳分


となり、佐竹義宣よしのぶの軍役分15万石との無役分10万石の比率は1:1・5という基準になっているし、無役分を宛行われた事で、佐竹氏全体と与力家来分の比率は、66・2:30・9となり、ここに佐竹氏の領国内における絶対性が確立された事になります。

こうした佐竹氏など旧族大名に対する豊臣体制の政策態度から、朝尾直弘氏は豊臣体制による統一の過程を、領国内での支配を確立する方法を教える代わりに平和への実現を協力させる―というギブ&テイクな政治形態だと仰っています。

私の研究活動としては、朝尾先生が仰った内容を基本ベースに豊臣体制とは、秀吉権力が室町幕府体制をM&A=吸収合併した形態と捉え、進めている感じです。

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※(関連)豊臣体制論ノート(4)―「豊臣の子」―
※(関連)豊臣体制論ノート(3)―軍役体系―
※(関連)豊臣体制論ノート(2)―「在京賄料」について―

   

この記事へのコメント

  • あほやん

    ありがとうございます\(^O^)人(^O^)/
    2006年03月13日 23:47
  • 来夢来人

    こちらこそ、初めまして。

    あほやんさんのブログには僕も参考にさせていただくことが多くあります。

    リンクの件ですが、こんな拙い物でよければ是非、お願い致します。
    2006年03月13日 18:34
  • あほやん

    はじめまして、あほやんと申すものです。たまに訪れては、こちらのブログで勉強させていただいております。
    また、おいらの論文(『織豊研』と『ひすとりあ』の分です)を2つ、蔵書(ブックレビュー)に加えていただき、ありがとうございます。
    つきましては、私のブログにリンクさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?
    http://red.ap.teacup.com/katayann/
    2006年03月12日 23:34

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