大河「義経」…宇治が舞台その1―「橋合戦」

江戸時代後期、文久3年(1863)に出版された『宇治川両岸一覧』に描かれた「扇の芝」

NHK大河ドラマ「義経」でわが町・宇治が舞台として描かれました。(ホンの数分!やけど…)

“京武者”源頼政率いる摂津源氏の兵が平等院で平家方の軍と争って敗死しちゃうのですが、番組的には軽く流されちゃってました(唖然…笑)

この戦い、“橋合戦”というのですが、頼政の養子で実は木曽義仲の実兄である兼綱の奮戦や、園城寺(三井寺)の僧兵である筒井浄妙坊一来法師との合戦中のかけ合い…(祗園祭での浄妙山の実際のモデル)など観るべきところはあったんですけどねぇー(呆然…)

更に頼政平等院の境内の芝生で自刃する(→現在、「扇の芝」として有名!)のですが、ドラマでは何と芝生の上ではなく御堂の中で自刃しちゃってます(…嘲笑!)

源平争乱期の研究の第一人者である方が開いている某大学の研究室サイトの掲示板にも嘆きの書き込みがあったけど、最近の「大奥 第一章」といい、脚本を面白くするためとはいえ、捻じ曲げてはいけない事実をこうも曲解してしまうとは…

嘗ては大河ドラマを題材にして授業や講義を展開していけたのに、昨今の番組を手本にすると、間違ったことを教えてしまう―との発言をされる方もいらっしゃるようで…

また、そこで知った情報では一応、時代考証の専門家(OPのタイトルにも名が挙がってますが…)もその存在は有名無実だとか…番組スタッフから意見は聞かれるそうですが、苦言を呈しても、番組スタッフたちは聞く耳をもたないのが現実!だとか…(それならば、名前を挙げないで欲しいと悔しがっておられました)

個人的な意見として、視聴している僕の側から観て、ここ数年の大河ドラマは「関東(=東京)から見た歴史」って感じが否めません。「武蔵 MUSASHI」しかり、「新選組!」しかり…)

関東(=東京)、つまり武士贔屓から見た歴史観といえばいいんでしょうか。

チョット寒気がします!僕は「百姓」(→農民じゃないですよ!一般大衆の意を込めた「百姓」です)あっての歴史と考える人なので、すごく嫌悪感が走ります―

ましてや、源平争乱期坂東武者鎌倉武士団なぞ、集団で暴力を正当化した暴力団ヤクザみたいなモノ。賛美する価値などありますか?まぁこうした流れは、虐げられてきた人たちの抵抗って感じですかね?


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posted by 御堂 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(1) | 歴史:ドラマ
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犬山城
Excerpt: oojijisunです,青春18切符で行きます お城巡りを準備中です、参考になります。
Weblog: 青春18切符で行く,日本の「城」巡り41
Tracked: 2011-01-10 11:47