昭和20年8月、樺太の悲劇―その2 ドラマ「天北原野」と三船殉難事件

私が初めて昭和20年(1945)8月の樺太の悲劇について知ったのは、あるドラマがきっかけでした。

それは、昭和52年(1977)4月6日〜8月31日に全22話で放送された天北てんぽく原野」というドラマで、三浦綾子さんの同名小説『天北原野』が原作のドラマでした。

ちなみに、天北原野とは、北海道北オホーツク一帯に属する、天塩川と頓別川の下流から北方の平野地帯を指し、道北地区側のサロベツ原野(豊富町と幌延町の海岸線沿いに200kuに及ぶ広大な湿原)とオホーツク地区側の猿払さるふつ原野(稚内市、猿払村、浜頓別町、枝幸町の海岸線沿いに500kuに及ぶ湿原帯)を指し、北海道に嘗て存在した旧塩国と旧見国から一字を採って呼んでいます。

ドラマのあらすじは―

舞台は大正末期から昭和の敗戦直後に道筋を置いており―
北海道ハマベツ。
貧しいこの土地で生まれ育った美しい少女貴乃きのと、小学校校長の息子孝介は、お互いに愛し合い、結婚の約束を結んでいた。
しかし製材所の息子完治の恐ろしいたくらみによって、孝介は遠い樺太へと旅立ち、残された貴乃には完治の執拗な求愛が続く…
激しい運命の嵐に翻弄される貴乃と孝介。二人の仲が引き裂かれるほど、心の奥で愛は静かに燃え上がる。完治はあくどい方法で財をなし、その妹あき子はロシア人の青年イワンとの不倫の恋に苦しむ。
平和に見えた樺太にも戦争の影は近づき、やがてソ連軍が侵入してくる…
といった展開。主な配役は、
  • 菅井貴乃=山本陽子さん

  • 池上孝介=北大路欣也さん


  • 須田原完治=藤岡琢也さん

  • 須田原あき子(完治の妹、孝介の妻)=松坂慶子さん


  • 須田原伊之助(完治の父)=小沢栄太郎さん

  • 須田原フク(完治の母)=赤木春恵さん

  • 須田原達吉(完治の兄?弟?)=松山英太郎さん

  • 須田原加津夫(完治と貴乃の子)=佐久田修さん

  • 須田原弥江(完治と貴乃の子)=杉田かおるさん


  • 池上太郎(孝介の父)=加藤嘉さん

  • 池上定子(孝介の母)=三宅くにこさん

  • 池上京治(孝介の養子、実はあき子とイワンの子)=ジョナサン・クラウセンさん


  • 菅井兼作(貴乃の父)=三国連太郎さん


  • 梅香(完治の愛人)=倍賞美津子さん


  • 五郎治後家(樺太の網元)=清川虹子さん


  • 石田=山本麟一さん


  • イワン・シーモノフ(あき子の浮気相手、京治の実父)=デニス・ファレルさん


  • ナレーション=森繁久彌さん
が演じられています。

それぞれ、各話タイトルは、
  1. 冬の花びら

  2. 恋ごころ

  3. 今日をかぎりの

  4. さいはての便り

  5. かなしい再会

  6. 恋の残り火

  7. 女ふたり

  8. 愛の行方

  9. 白夜の宴

  10. 満たされぬ日々

  11. 女のしあわせ

  12. かえれない女

  13. ばらの散る日

  14. 罪の子

  15. 秘密

  16. 孤閨の女たち

  17. 日蔭の女

  18. 別れ

  19. その前夜

  20. 戦火のさなかに

  21. いのち哀し

  22. 海の墓(完)
となっています。

― ◇ ◇ ◇ ―

このドラマの中で、樺太の悲劇を描いたのが第20話以降になりますが、こちらは樺太でも最南端の大都市・豊原が舞台で、まさにソ連軍から避難しようとする樺太在居留民たちの悲劇がまざまざと描かれているのです。

第二新興丸の積み荷で、多数の犠牲者の血で染まっていた「血染めの米」

その主な歴史的事象は「三船殉難事件」が挙げられます。

「三船殉難事件」というのは、昭和20年(1945)8月22日、北海道留萌沖の海上で樺太からの婦女子や老人を主とする引揚者を乗せた日本の引揚船3隻(小笠原丸、第二新興丸、泰東丸)が国籍不明の潜水艦による攻撃を受け、小笠原丸と泰東丸が沈没し、第二新興丸が大破したという、判明しているだけで1708名以上が犠牲となった事件です。

まず、8月22日午前4時20分頃、逓信省の海底ケーブル敷設船小笠原丸が留萌沖の海上で国籍不明の潜水艦の雷撃により撃沈され乗員乗客638名が死亡。生存者はわずか61名でした。

続いて午前5時13分頃、大泊からの引揚者約3400名を乗せていた特設砲艦第二新興丸が留萌沖北西33kmの海上で、同じく国籍不明の潜水艦の魚雷が右舷船倉に命中し、重油が漏れ出します。さらに浮上した2隻の潜水艦により銃撃を受けたため、応戦します。

しかし、第二新興丸は船体に大きな損害を受けたものの機関に異常はなかったため留萌港に入港。船内で確認された遺体は229体。行方不明者も含めると400名近くが犠牲となりました。

同日午前9時52分には、引揚者を乗せていた貨物船泰東丸が北海道留萌小平町沖西方25kmの海上において、浮上した国籍不明の潜水艦の砲撃を受けます。同船には武装設備がなかったため戦時国際法に則り白旗を掲げたのですが、潜水艦はこれを無視して砲撃を続けられて沈没。乗員乗客約780名中、667名が死亡しました。

― ◇ ◇ ◇ ―

さて、「天北原野」の中では、「三船殉難事件」は次の様に描かれています。

貴乃は孝介の母・定子と息子の京治、自分の娘である弥江と共に上記の第二新興丸で樺太からの緊急疎開を図りますが、貴乃と京治が乗り遅れ、定子と弥江が先に乗船して本土に向かったのです。そこに潜水艦による攻撃で第二新興丸が大破し、定子は死亡、弥江は海にさらわれて行方不明となってしまいます。

実際のところ、樺太からの緊急疎開に成功したのは、全樺太住民の1/4以下しか避難できなかったと云われています。

その後、海域はソ連軍により封鎖されてしまい、自力で帰国する術はほとんどなくなったのです。

これらのシーンを観ていた訳ですが、当時小学校6年生だった自分としてはかなり強烈なインパクトがありました。ちょうどまた、歴史の授業を習い始めた学年でもあったので、余計心に残ったのでしょうね!

私の母方の祖母も実は樺太に住んでいた事があって、その親戚の皆さんは稚内や留萌に住んでおられますが、樺太から本土に帰って来られたんですよね。

実際、亡き祖母から樺太にいた頃のお話を聴く機会はなかったのですが、このドラマにようにとても恐ろしい体験をしての帰国だったようです。

最初に視聴した時から33年の年月が経ちましたが、再び観てみたい気がします。でも、昨今のテレビ事情じゃ、リメイクされないと、再放送という形で便乗されないのでしょうねぇー(悲!)

― ◇ ◇ ◇ ―

※(参照)北海道新聞社編『慟哭の海―樺太引き揚げ三船遭難の記録』

― ◇ ◇ ◇ ―

※(関連)昭和20年8月、樺太の悲劇―その1 映画「樺太一九四五年夏 氷雪の門」と真岡郵便電信局事件(1)→
※(関連)1945年8月15日→
※(関連)北方四島の話→


    


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posted by 御堂 at 03:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史:ドラマ
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