NHKスペシャル・終戦特集ドラマ「気骨の判決 東條英機と闘った裁判官」

「気骨の判決」

太平洋戦争真っ只中の昭和17年(1942)4月30日、第21回衆議院総選挙が催されました。

当時、日本軍の戦況が優勢な時期でもあり、それが追い風となって投票率83・16%(といっても選挙権が有ったのは25歳以上の男性)という数字も手伝ってか、改選議員定数466に対し、大政翼賛会が推薦した候補者(翼賛政治体制協議会推薦候補者381名)が当選し、全議席数の81・8%を獲得します。

こうした結果から、この選挙を翼賛選挙とも呼び、以降戦争終結までの議会を翼賛議会と呼びます。


※だが、その一方で支援もなく、選挙干渉され続けた非推薦候補者も85名が当選しているのも事実。
◇非推薦で当選した政治家
芦田均、安倍寛、犬養健、尾崎行雄、河野一郎、斎藤隆夫、笹川良一、田中伊三次、中野正剛、西尾末広、鳩山一郎、平野力三、三木武夫、三木武吉、水谷長三郎 etc…
→結果として、翼賛選挙による政党政治の払拭は果たせなかった事実が分かります。


― ◇ ◇ ◇ ―

一方で、落選した非推薦候補たちは、不当な選挙活動への干渉を訴える訴訟を次々と起こしました。

その1つを担当した裁判官たちにより、選挙干渉の実態が明らかにし、且つ「選挙無効」判決を言い渡しているのです。

その事実をドラマ化したのが「気骨の判決 東條英機と闘った裁判官」です。

舞台となったのは、鹿児島県第2選挙区で、川内市・薩摩郡(現薩摩川内市、さつま町)・出水郡(現出水市、阿久根市三笠町、出水郡長島町)・伊佐郡(現伊佐市)・姶良郡(現霧島市、加治木町、蒲生町、姶良町、湧水町)が選挙管区になり、定数は4議席でした。

この鹿児島県第2選挙区において推薦候補者を当選させようと組織的に行われた選挙干渉がありました。

この理不尽な事実を司法に訴えた落選者に対し、大審院(当時の最高裁)第三民事部の吉田久裁判長と4人の陪席裁判官たちはは真相究明のために鹿児島へ出張し、実に187人もの証人尋問を断行します。

「何故人々は、戦争を熱烈に支持するのか?」「法律は、本当に市民を救えるのか?」という問いに苦悩しながらも、吉田久ら裁判官たちは自分の信念を貫き、想いの全てを「判決」に注ぎ込みます。

昭和20年(1945)3月1日、鹿児島県第二区選挙無効訴訟事件大審院判決(翼賛選挙無効判決)昭和十七年(選)第六号

判決―右当事者間ノ昭和十七年(選)第六号衆議院議員選挙ノ効力ニ関スル異議訴訟事件ニ付キ当院ハ検事田口環,亀山慎一立会ノ上審理判決スルコト左ノ如シ

主文―昭和一七年四月三十日施行セラレタル鹿児島県第二区ニ於ケル衆議院議員ノ選挙ハ之ヲ無効トス
大審院吉田久裁判長は、「自由で公正な選挙ではなく、規定違反の選挙は無効となる旨を定めた衆議院議員選挙法第82条に該当する」として選挙のやり直しを命じると共に「翼賛選挙は憲法および選挙法の精神に照らし大いに疑問がある」と指摘して国を厳しく批判します。

当時の状況から考えると、この吉田久裁判長の判決は命懸けの決断だった事でしょう。

吉田久裁判長は「私は政治理念に左右されない。若し政治理念に左右されるのであれば、裁判は死んでしまう。裁判が死ぬのなら私が死んでもいいから、裁判を生かしたい」と遺言状をしたためていたそうです。

実は、この判決の写しは残っていたのですが、原本は東京大空襲の際に焼失したとされていました。

戦後編纂された『大審院民事判例集』にも掲載されなかったために“幻の判決文”と云われていたのです。

ところが、平成18年(2006)8月、判決文の原本が61年振りに発見されたのです。何と最高裁判所の倉庫に眠り続けていたのです。

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ドラマは、NHK大分放送局・清永聡記者の詳細なノンフィクションに基づいた原作『気骨の判決―東條英機と闘った裁判官』(新潮新書275)をベースにしたNHK名古屋放送局制作。この勇気ある大審院の裁判官たちの司法の独立を守った「気骨」溢れる生き様を描いた作品となっています。

放送日時はNHK総合で8月16日(日)午後9時~10時30分まで。

主な配役は、
  • 吉田久 大審院第三民事部裁判長=小林薫さん

  • 西尾智紀 陪席判事(架空の人物)=田辺誠一さん

  • 梶原忍 陪席判事(架空の人物)=田中哲司さん


  • 林倫太郎 鹿児島地方裁判所長(架空の人物)=岡本信人さん


  • 原告 兼吉征司前代議士=渡辺哲さん(冨吉榮二代議士がモデル)


  • 被告側証人 伊地知健吉 国民学校校長(架空の人物)=國村隼さん

  • 被告側証人 木島浅雄 鹿児島県知事=篠井英介さん(薄田美朝県知事がモデル)

  • 被告側証人 松浦キク=京野ことみさん


  • 久の妻、節子=麻生祐未さん

  • 久の娘、良子=宮嶋麻衣さん

  • 久の息子、幸男=尾関伸嗣さん

  • 吉田家のお手伝いさん、田口安江=尾高杏奈さん


  • 特高警察 佐久間渡 刑事(架空の人物)=小市慢太郎さん


  • 児玉高臣 大審院長=石橋蓮司さん(霜山精一大審院長がモデル)

  • 竹下正弘 司法大臣=山本圭さん(松阪広政司法大臣がモデル)


  • 東條英機 前参謀総長、元内閣総理大臣、元陸軍大臣、元内務大臣、元外務大臣、元文部大臣、元商工大臣、元軍需大臣=岩崎ひろしさん
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さて、吉田久裁判長は、翼賛選挙無効判決宣告の4日後、司法大臣に辞表を提出し裁判官を辞職します。

その後は大審院判事在職中より出講していた(当時は裁判官が大学や専門学校で教鞭をとる事が認められていた)母校の中央大学の講師を続けますが、その身は「危険人物」として終戦まで特高警察の監視下に置かれていました。

戦後は鳩山一郎の推薦により日本自由党に加入、同党の憲法改正要綱中の司法権に関する規定(司法権の独立強化と大審院長の天皇直隷、大審院長の下級裁判所に対する独立監督権、検察庁の裁判所からの分離を規定)を起草した。

昭和21年(1946)8月には貴族院議員に勅撰され、参議院議員選挙法の立案などに携わりますが、翌22年(1947)貴族院廃止により議員を退任し、以後は中央大学に復官し、教授として迎えたそうです。


※因みに、渡辺哲さん演じる兼吉征司のモデルにあたる冨吉榮二氏は、この無効判決によるやり直し選挙においても落選し、結果的に当選者の顔ぶれは変わらなかったのだそうですよ。しかしその後、戦後になって片山哲内閣の運輸政務次官、 芦田均内閣の逓信大臣を務めたそうです。

※(参考)矢澤久純「第21回衆議院選挙鹿児島第2区無効判決と司法権の独立」(『法学新報』108-2)

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